2011年

暑い夏の日のはなし。(現代恋愛)

 大学のゼミ仲間だった彼と付き合い始たのは暑い夏の日だった。

 彼はとっても真面目で器用な人で、ゼミ生をひっぱるリーダー格の存在だった。イケメンか否か、と問われれば文句なしにイケメンだった。だから、ほぼもれなく女子学生は彼と付き合いたいと口にしていたと思う。それは私も例外ではなかった。

 でも消極的で、大人数で騒ぐよりは信頼のおける親友一人とのんびりと話していたい私には彼はまぶしすぎた。だから、彼への気持ちを口にすることはなかった。

 きっと彼の隣には化粧っ気もなく地味な存在の私とは正反対の、綺麗で絵になる女の子が並ぶのだ。そう思っていた。

 だから彼に「付き合って欲しいんだけど」と言われた時に、私が素直に「いいよ、どこに付き合えばいいの?」と答えたのは至極当然の流れだったと思う。

 言い淀んだ様子もなく、ゼミの発表会用の資料を印刷している最中にさりげなく言われて誰がそれが告白だなんて思うだろうか。

 二十歳すぎまでご縁というご縁が本当になかった。だから人生二十年目にしての初告白、しかもゼミ生女子の憧れの的であるイケメンに告白されただけでも本当に御の字だった。私も彼を好き、彼も私を好き、つまり両想い。こんな完璧な状況ってあるだろうか。十分なはずだった。むしろここを逃したら次のチャンスなんていつ来るか。

 でもやはり、告白するならそれなりのシチュエーションというものがあるじゃないか。

 手紙……は古いからメールかなんかで呼び出されて、二人きりになってどきどきしながら、あれ、これもしかして……と思いながら言葉を待つ、とかそんな状況に憧れていた私にとっては二十年近く持っていた夢を壊された気分だった。

 だからつい「こう……ムードとかさ……」と言葉を濁したら、彼は頭を掻きながら「ごめん!」と思いきり謝ってきた。

 ずっと言おうと思ってたんだ。でも、改まると緊張して何も言えなくてさ。もうこうやってさりげなく言うしかないと思って。本当に、ごめん。でも言い方は軽い感じになっちゃったけど、俺一年の頃からずっと君の事いいなって思ってたんだ。真剣なんだよ、友達からでいいから、付き合ってくれると嬉しい。お願いします。

 風通しが悪くて暑さがこもっているせいなのか、緊張ゆえの冷や汗なのか、とにかくも額に汗をにじませながらたどたどしく、だけど一生懸命私への思いを伝える彼をみて、思わず言葉を失った。

 普段は器用にみんなをまとめるリーダーは、こと恋愛に関しては奥手で不器用だったのだ。

 そのギャップに私の母性本能がものの見事にくすぐられたのは言うまでもない。


*      *      *


 いわゆる男女の関係が恋人の本当のスタートとするならば、一年半くらいは友人だったといった方が正しいだろうか。

 互いに消極的故に、私たちの恋愛は亀さんよりものろい進行だった。

 だけど、そんな私たちでも一年、また一年と月日を重ねていくごとに(一般レベルから見ればまだまだだろうけど)恋人らしくなっていき、結婚を意識するくらいに絆は確かなものになっていた。

 そして五年目の、暑い夏の日。その日は訪れた。

 今度は最高のロマンチックなシチュエーションで……とはいかなかった訳だけど。


*      *      *


「結婚しよう」  綺麗な夜景の見えるホテルのレストランで、スーツをばっちり……ではなく、彼は海パンに青のパーカーを羽織っていた。場所は炎天下の海の家だ。

 氷いちごをすくっていたスプーンを手元から滑らせた私をみて、彼は慌てて頭を掻く。ああ、五年前告白された時と同じだ。

「ご、ごめん。……でもやっぱ俺、こういうの緊張してダメなんだよなぁ……ホントごめん」

「いいよ、知ってる」

 全然女性をリードするタイプではないけど、不器用なりに私のためにいつも一生懸命何かをやってくれようとする所も、全部解ってる。それも含めて私はあなたが大好きなのだから。

「すみませーん。ビール、小ジョッキで二つー!」  プロポーズの返事を今か今かと待っていた彼は面喰って目を丸くしている。

「なに、飲むの? というか二つって俺も?」

「うん。祝杯」

 それで返事を理解してくれたのか、彼はどこか照れくさそうな笑みを見せた。

 付き合った年から毎年必ず二人で来ている海は、ぐんぐん伸びている入道雲を連れてキラキラと光っていた。

「お父さんとお母さんに会う時はちゃんとびしっとスーツで決めてきてよね」

「……努力します」

 真夏日の炎天下の暑い暑い夏、でも始まりの日と同じよう心はとても温かかった。

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