2006年

シニガミノユーウツ(現代ファンタジー?)

 横たわる女の子を見下ろしながら、溜め息一つ。その下に広がるのは真っ赤な血の海。まあ、実際はそんな綺麗な言葉で表現できるものではないけれど、ここでは敢えてそう考えるようにしている。で、そんな訳だから、彼女も無事では有り得ない、というよりもうそこに生の気配はない。

「死んでも楽にならないって知ってたら、この人死ななかったかな」

「死人を前にそんなこと問いて何になるってんだ」

「……それはそうだけどさ」

「こいつが死神になるのは決定事項なんだからよ」

 そんな事も解り切っているけれどもさ。言葉を押さえながら今度は目前にそびえ立つこの町では一番の高層マンションの屋上部分を仰ぎみる。彼女が生を放棄した場所を。もっと解りやすい言葉でいえば…飛び下り自殺。彼女は自らを殺した。現実世界では自殺した人間は憐れみを受けるものだけれども、こちらの世界。俗にいうあの世では、扱いが全く逆だ。

 現世で他人を殺せば、裁かれるように、こちらでは自らを殺したものへの裁きが ある。否、問答無用で刑が課されるという点では裁きとは言えないかもしれない。そう、自らの生を放棄した上で必ず課される罰……或いは宿命、と言った方がしっくりくる気がする。

「ま、丁度人手不足だったから、良かったんじゃねえの」

「あんまりそんな事言うと生まれ変わるのが、遅くなるよ」

 僕ら死神は、魂を狩り、魂を運ぶ。死に関わることで、命の貴さと、そしてそれ を自ら放棄した罪の重さを思い知る。それが僕たちに課せられた罰。許されるその時まで、気の遠くなるような長い間、それを永遠に繰り返す毎日。僕も長い事そんな日々を過ごしている。いつから、なんてもう覚えてはいない。死んだ時の事も、然り。

 そもそも僕らは死神になるのと引き換えに、生きている時の事を全て忘れさせられる。だったら、こんな事するのに何の意味があるんだ。…そんな憤りも、いつしか麻痺されて、ただ生まれ変わりたい、それだけを願って死神は魂を送り続ける。本当に命の貴さとやらはどこへやら、といった感じ。果ては自己の欲求しか残ってないんじゃ、話になりはしない。…でもって誰もそれに気付こうとしない。

「またこんな運命に辿り合うなら、生まれ変わりたいなんて思わないね」

 僕らの様な少数派を除いては。

「そんな事も言ったら消されるかもよ」

「願ったりだな。むしろ世界ごと消えちまえばいいんだよ」

 彼の場合は少数派を通り越して異端、と仲間内では嫌悪されている。死神としての存在意義を無視して、あろう事かこの世界の在り方を全否定するとは、なんて嫌なやつだと。ならばこの死神世界になんの疑問も抱かずに、へこへこ主サマに頭を下げている、あんたたちは嫌な嫌なやつだね。いや、それじゃ足りないから嫌な嫌な嫌なやつ、かな。本音をいえばそれでもまだまだ足りないけれども、これ以上は舌を噛みそうだからやめておく。

「……と、無駄話は一旦止めだ。さ、魂のお出ましだ」

「はいはい。……あ今聞いた事は取りあえず、胸にしまって置くから」

「悪いお目付け役さんだな。チクってくれた方がお別れが早まっていいってのに よ」

「だって君の問題発言を逐一報告していたら僕が疲れるだけだもの」

 それに君に消えて貰っても困るもの。じゃなければこんな役目、わざわざ受けた り何かしないしね。

 ……つくづく真面目に、忠実に働く「フリ」をしていて良かったなと思う。全面の信頼を得ているから、思うほど彼は悪い性格をしている訳ではありませんよ、とか僕がなんとかしてみせますよ、と自信たっぷりの顔をして見せれば、お前がそういうならば大丈夫なのだろう、と主サマは疑いもしない。ホント、そんな自信過剰な所も、嫌な嫌な嫌な奴。

 せいぜい勘違いしていればいいさ。……僕が反旗を翻すその時までにね。まあ、協力者の調教が結構時間が掛かりそうだからそれまでは長生きできるよ。ちらり、と上目遣いで魂を手にしている「未来の協力者候補」に視線を移す。

「ま、せいぜい足掻くこったな……新顔さんよ」

 君もせいぜい恨んでよ、この世界を。いつか、この世界を滅ぼすその時まで……ね?

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