2008年

リンク(恋愛)

「映画の時間までちょっとあるからゆっくり歩こうか」

「え?う……うんっ」

「? どうしたの? さっきからぼうっとしちゃって」

「ご……ごめんね!」

「別に良いけど、具合が悪いとかだったらちゃんと言ってね?」

「うん……。あ、具合とかは悪くないからね! 元気、元気」

「それなら良いけど……」

 心配顔を振り切るかのように私は視線を地に向けて、すぐにそれを後悔した。

 今のは絶対に感じ悪い! 別にイヤでそうしたんじゃないのに、そういう風に思われちゃってたらどうしよう。気になるけど、嫌な顔してたらと思うと怖くて見れない。一大決心が、大きく迷いに揺り動かされる。動悸がどんどんと加速していくのを感じながら、彼のがら空きの左手を横目に映す。

 あどけなさのまだ残る顔と正反対な、大きな手。私も女の子にしては大きい方だけど、それでも容易に包み込んでくれそうな、逞しい男の子の手。そう思うや否や、その手に限り無く近付いていた私の右手がパッと離れた。さっきから私の右手は同じ動作を繰り返しては、目的を達成出来ずにいる。

(こんなんじゃ駄目だよ……え~ん、ユキぃ~)

 目的の提案者である親友の姿を思いながら、泣きたくすらなっている自分に幻滅したくなる。この意気地無し。手を繋ぐなんて恋人同士ではなんてことのない行為じゃないか。……と、幾度言い聞かせてもやっぱり照れくさいものは照れくさい。その証拠に、手を繋ごうと色々と画策している段階にすぎないと言うのにこんなにも顔がほてって汗を掻きそうになっている。きっと顔も赤くなっているに違いない。気付かれて変に思われたらどうしよう。そう思うと怖くて、顔を上げられない。自然と視線は地を彷徨い、そして彼から見た私は結局俯いてばかりの格好になる。

 解ってる、解ってるよ。彼はそんな事くらいで、私に愛想を尽かすひとじゃないのは。彼は優しい。以前、触れようとした手を、恥ずかしさの余り思いきり払ってしまった私に対して文句を言うでもなく、イヤな顔もせず。突然びっくりさせてごめん、って済まなさそうな顔をしながら謝ってきた。

 全然彼は悪くないのに。つきあってるんだから手くらい繋ぐのなんて、当たり前の事なのに。そう、思ってるのに結局その日。私の手はバッグの紐をしっかりと握り締めているだけだった。その日だけじゃなく、次の時も、その次の時も……今日までずっと。

『それはもうアンタから動くしかないと思うよ?』

 ユキの言うとおり。私がためらっているのを彼は知っているから、きっと私がその気になることを待ってくれている……はずだ。だから私が一歩を踏み出さなければダメなんだ。

 胸の鼓動が聞こえてしまうんじゃないかってくらい大きな音を立ててなっている。だから、どうだっていうんだ。私は堂々と手を繋いで、彼女として歩いていたいって、そう思ってるんでしょう? だから、勇気を出して。張り詰めた緊張感の中、そっと手を伸ばした。

 触れたその手は暖かかった。それはすぐに、火照った顔の熱さにかき消されそうになってしまったけれど。目に映った彼の表情が、びっくりした表情からやわらかなそれに変わる。妙に気恥ずかしく、くすくす、と笑いあった後、特に何かを言うこともなく、再び同じように歩き出す。しっかり繋がれた手を除いては。

 張り詰めた緊張感がやがて、心地良いものになった時。手と同じように、二人の心もちゃんと繋がったような気がした。

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