【第7章・野良犬の独り言(未来編)】『超☆未来』
少女は得意満面にこちらに駆け寄ってきた。そして、頼んでもいないのに喋り始めた。
「大丈夫だった? おにいさんたち!」
「あ、はぁ」
曖昧に相槌を打つ。
「ふふん。あたしは未来のヒーロー、ミルキー・ザ……」
彼女は言葉を途中で切り、反応を窺うように覗きこむ。おれは何を求められているのかもわからず、黙り込んだ。
……。
沈黙。彼女は首を傾げた。
「ボーっとしてないで、もっかい行くよ? せーの、未来のヒーロー、ミルキー・ザ……」
彼女はこちらに目配せをして、囁き声で「ほら」と煽るが、何も言えない。
何の「せーの」なんだ、一体。
彼女は痺れを切らし、大仰な動きを伴い騒ぎ立てる。
「……ザ・ジャスティス! ミルキー・ザ・ジャスティスだよ! 知らないの、あたし、ミルキー・ザ・ジャスティス! 未来ヒーロー!」
彼女が地団駄踏んで抗議するのを遮り、「細かいことを言うようですけど、ここが未来なら、この世界の人たちからしたら貴方は未来のヒーローではないのでは?」と指摘した。さらに言えば、どっちかって言うとレスラーみたいだぞ。
「未来じゃない! 超☆未来だよ!」
そこじゃないでしょう、論点。
しかし、美佐子さんは優しさからか、ズレているだけなのか、少女に尋ねる。
「超未来ってなんだい?」
「超未来じゃなくて超☆未来だよ!」
意気揚々と言う少女に、美佐子さんはあきれ顔だ。
「ふーん。ま、どっちでもよくないかい?」
少女は美佐子さんに対し、ふくれっ面をした。
しかしあなた、下ネタ以外だとテンション低いですね。美佐子さんは、宇宙人が撃退されてしまったのが、ひどく不満らしい。
「いいえ、大事なんでしょう。その☆が」
拗ねている少女に対し、優しく声をかける。それを見て美佐子さんが、「坊やはこういうバカが好みなんだね」としみじみと言った。
違うわ、どっちかって言うとあんたがタイプだよ、おねーさん。
少女は嬉しそうにおれの手を取り、ぶんぶんと振る。
「あー、さすがわかってるな! わかってる、トラさんはわかってるな!」
……?
「おれの名前を知ってるんですか?」
尋ねると、少女は明後日の方を見て、「あ、いや、知らない。知らん」と、どぎまぎと否定した。生憎、未来の知り合いはいない。
「……あんた、みるくだろう?」
黙って「ミルキー・ザ・ジャスティス」を観察していた美佐子さんが言った。
「な、なにを言ってるの? 私は、ミルキー・ザ……」
「どうなってんだい? みるく?」
「シカトっすか! 美佐子さん、そりゃない……」
「私の名前も知ってるんだね」
「……ううー」
ここからは、どこまでが真実かわからない、みるくの話である。急激に人格が豹変した理由が、まずは気になるのだけれど。
彼女は言う。ひどく、整理されていない言葉で。
「あたしはコンサートの前日、冷蔵庫が少し開いてるのが気になって、近づいたの。そしたら、なんとなくいつも社長がやってるタイムトリップをやってみたくなって、中に入ろうとしたところを、社長に見つかって。怒られるかと思ったら、この衣装を渡されて、『ミルキー・ザ・ジャスティス』として、ある人について捜査してくれって。最初は頑張ってたんだけど、手がかりも見つかんないし、帰り方わかんないし」
彼女の話には、彼女自身の真意を測る言葉が何もない。
「その探し人ってのは誰なんだい?」
「忘れちゃった。でも、変な名前の人だったな。ハトメなんとか?」
おれはそれを聞いて目を丸くした。ここで、その名前が出てくるとは。
鳩目ウロ。この世界の終末を告げたバカ野郎。
だとしたら、鳩目ウロは未来の人間だってのか?
しかし、おれは彼女にそれ以上なにも尋ねなかった。この物語に、鳩目ウロは何の意味も持たないことを、おれは確信していたからだ。
ただ、情報にノイズを混ぜ、おれたちを惑わすだけで。
みるくは続けた。
「この世界には、あたしを必要としてくれる、みんながいるから、あたしはここでいいやって思ったの」
みるくの言う「みんな」とは誰のことかわからない。この世界の住人のことだろうか。
「でもあたし、エリカさんには、悪いなって思ってるんだよ。ライブすっぽかしちゃったもんね。テヘ」
「テヘじゃない。そのせいで……」
現状を説明しようと思ったが、面倒なのでやめておいた。今、喜瀬川がみるくに代わってアイドル(と、呼んでいいのかわからないが)を務めているのだと説明することは、誰の得にもならない。真実を述べることは、嘘をつく以上に無意味だ。
おれにとっても、貴方にとっても。
みるくは俯くと、砂を噛むような顔をしてこう言う。
「トラさんたちは帰ろうって言うかもしれないけど、あたしはこの世界が好き。助けを求めている人がいて、みんなにはあたし、ミルキー・ザ・ジャスティスが必要なんだもん」
誰かから必要とされる快感とはなんだろう。
おれにはわからない。
「助けを求めている人?」
「人間がいるのかい、この世界には? さっきからイカしか見かけないけどもね」
そう言って美佐子さんはさっきの出来事を思い出して、うっとりと目を潤ませる。
「うん。見て見て、超☆未来シアター!」
彼女は腕のブレスレッドを宙にかざすと、立体映像が映し出された。憎らしいほど、安っぽい。過剰なハイテクというのは、滑稽で安易で間が抜けている。
浮かびあがった映像は、まともには見ていられないものだった。
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