第90話 妹は妹の暴露を知らない

 行くところがない、と言っても――

 北斗冬舞ゆきがまさか、家なき子なわけがない。

 そういうわけで、春太は冬舞の自宅を聞き出した。


 冬舞が祖母と暮らしていた家は、今も残っているらしい。


 距離的にも、北斗由景よしかげと会ったホテルからたいして遠くない。

 とりあえずは、そこまで送るのが一番穏当だろう。


 春太が冬舞を連れて、ホテルを出たところで――


「ユキ、今夜は帰りたくなぁい」

「……まずはメシでも食うか」


 春太は、早くも方針変更を迫られてしまった。

 まだ夕方だが、少し早めの食事を取ってもいい時間ではある。


「いいねぇ、お腹空いてるしぃ」

「冬舞ちゃん、なんか食べたいものあるか?」

「ユキ、お寿司大好きなんだよねぇ」

「…………」


 雪季も寿司が大好物だ。

 血の繋がった姉妹だからといって、好物が似るわけでもないだろうが……。


「じゃあ、回る寿司でいいか?」

「いぇーい、ユキ、回るお寿司大好きぃ!」

「そりゃよかった。近くにあるのかな……」


 小さい子供は、堅苦しい高級店より気楽な回転寿司のほうが嬉しいだろう。

 高級店に行くほどの金は、元から持ち合わせていないが。


 春太はスマホを取り出して、検索する。

 このあたりは、家からも遠くはないが店などはまったく知らないエリアだ。


「ねえ、お兄」

「ん?」

「お姉も呼んで、一緒にご飯食べない?」

「ダメだ」

「ばっさりぃっ!?」


 ぴょんっ、と冬舞がその場で跳び上がる。

 リアクションの激しい少女のようだ。


「えぇ~……ユキのたった一人のお姉に会いたいってだけなのにぃ……うっ、ぐすっ、ぐすっ」

「わかりやすい嘘泣きすんな」


 冬舞は手で目を覆っているが、明らかに口元が笑っている。

 嘘泣きは下手らしい。


「ちっ、バレた。でも、なんでダメなのぉ? お姉、会ってみたいのにぃ」

「別に意地悪を言ってるんじゃない。雪季は受験生なんだ」


 腹違いの妹との対面はイベントとして大きすぎる。

 これで雪季のメンタルが不安定になって、受験に影響が出たら笑えない。


「受験まであと一ヶ月なんだよ。この時期に、突然妹と会わせてびっくりさせたくない」

「妹って、突然出てきたらびっくりするもんなのぉ?」

「……さぁな」


 春太は突然出てきた妹に、これ以上ないほど驚かされた経験があるが。


「というか、冬舞ちゃんのほうはどうなんだ? いきなり実の姉がいるって言われても困るんじゃないか?」

「んーん」


 冬舞ちゃんは、ふるふると首を振った。


「姉がいるって話だけは、前から聞いてたしぃ。でも、どこにいるのかは全然知らんかったねぇ。電車ですぐの距離にいるとは思わなかったよぉ」

「なるほど……」


 冬舞が祖母と暮らしていた家は、確かに桜羽家からも電車ですぐの距離ではあった。


「写真を見たのも今日が初めてだったよぉ。お父、全然見せてくれなかったし。んー……」

「なんだ?」

「というかお父、お姉の写真、持ってないのかも」

「…………」


 別れた妻が娘を引き取ったといっても、父親が娘の写真も持ってないなんてことがあるだろうか?

 今の家庭を大事にしたい、というならわかるが――


 春太が見た限り、北斗はそんなデリカシーのあるタイプとは思えなかった。


「お父の前の奥さんと、よっぽど揉めたのかなぁ。まー、ウチのお父、ナチュラルにノンデリだからねぇ」

「別にそんなことは……」

「初めて会った高校生に娘を預けてどっか行っちゃう人が、繊細な神経の持ち主とでも?」

「……君、ホントに小学生か?」


 まったく反論の余地がない。

 ただ、冬舞は大人びているというか、マセているというか……。


「可愛げないかなぁ? ユキ、こーんなに可愛いのに」


 冬舞は膝丈スカートの裾をつまみ、くるくると回ってみせる。

 通りかかった女子大生たちが、「可愛いー」と微笑ましそうに見てきた。


「なんか、雪季に似てんな……」

「え? 普通に似てるんでしょ?」

「そうなんだが、内面的にもというか……」


 自分の可愛らしさをしっかり自覚していて、それを見せびらかしてくるところが共通している。

 別に、可愛い女子では珍しくもない仕草かもしれないが。


「あー、なるほどぉ。たぶん、お父の遺伝だねぇ」

「お父……さんの?」


「ウチのお父、変わってるでしょぉ? おばあが言うには子供の頃から変だったって」

「変って」

「特に勉強も運動もできなかったけどぉ、周りからすっごく可愛がられてきたんだってぇ。お父も気にせず、周りに甘えてたってぇ」

「それは……ほら、冬舞ちゃんのお父さんはイケメンだろ」


 俳優と言われても信じそうなくらいの整った顔立ちに見えた。

 あれだけ顔がよければ、周りも嫉妬する気すら起きないのかもしれない。


 それはまさに、雪季にも言えることだ。


「お父、ゲーム好きで運良くゲーム会社に入ったけど、スキル全然なかったらしくてさぁ。けど、周りが熱心に世話してくれて、グイグイ上手くなっていったらしいよぉ」

「そ、それは凄いな」


 スキルゼロから、世界的タイトルのアートディレクターに。

 夢がある話ではあるが、ちょっと信じがたくもある。


「その熱心に世話してくれた人たちを押しのけてねぇ。お父の先輩たち、お父の部下になったのはまだいいほうで、仕事取られて会社辞めちゃった人も何人もいるとか」

「……君、ずいぶん詳しいな」


 父親の仕事のことなど、あまり知らないものではないか?

 北斗と冬舞、離れて暮らしていた親子ならなおさらだろう。


「ユキのお母も同じ会社なんだってぇ。だから、いろいろ教えてくれたんだよねぇ」

「ああ、そうだった……」


 離婚した冬舞の母親は健在で、娘を引き取りはしなかったものの、接点は充分にあるらしい。


「ユキもさぁ、勉強もスポーツも全然ダメだけど、お父みたいにお仕事上手くいくかもねぇ」

「努力はしないとダメだろ」

「ただし、人生はメチャクチャかもねぇ。お父は二回離婚してるし、前の先輩とか仲間とかとあんま仲良くなくなってるしぃ」

「…………」


「娘にも嫌われてる」


 ぼそっ、と冬舞がつぶやいた。

 甘ったれた、舌っ足らずな口調ではなく、鋭い言葉だった。


 春太はなんとなく――

 今一瞬だけ見えた姿が、冬舞の本当の姿なのかもしれないと思った。


「なんてねぇ! 親父は親父、ユキはユキ、お姉はお姉だよねぇ!」

「そ、そうだな」

「あ、そうだ、回らないお寿司だったぁ! ユキ、マグロ大好きなんだよねぇ!」

「……雪季もマグロが大好物だよ」

「ガチぃ!? いつか、お姉と一緒にマグロ食べたいなぁ!」

「…………っ」


 冬舞は、春太の腕にしがみつくようにして歩いて行く。

 身長は年相応の冬舞だと、長身の春太にはくっつきにくそうだ。


 だが――

 今の冬舞の話は、引っかかりを感じる。


 雪季が父に似ているとして、もしも人生まで似てしまうようなことがあれば――


 雪季には家族があって、親友たちがいて、春太の周りの晶穂や松風とも親しい。

 いつか、そんな幸せな人間関係が壊れる日が来たりするのか?


 いくらなんでも心配しすぎだと思いつつも――

 春太はなにか、不吉な予感がしてならなかった。


「あ、お兄」

「ん?」

「ウチに来るなら、一緒にお泊まりだよねぇ?」

「え? いや、さすがにそこまでは……」


 別に春太は冬舞の兄ではない。

 いくら小学生が相手とはいえ、女子一人の家に泊まり込むのは気が引ける。


「でも、こんな子供を一人にして帰るのぉ?」

「うっ……」


「じゃ、決まりだねぇ。一緒にお風呂、入ろうねぇ!」

「…………」


 さあ、地獄の始まりだ。

 春太は、自分がトラブルを引き寄せる体質であると認めざるをえなかった。

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