第89話 妹は妹をまだ知らない

「やあ、はじめまして。あらためて自己紹介しておこう。北斗ほくと由景よしかげです」

「北斗……さん」


 春太は、ホテルの喫茶ルームで、テーブルを挟み一人の男と向き合っている。

 言うまでもなく、雪季の実父――


 年齢は四〇代前半というところか。

 見た目は若々しく、長めの髪を茶色に染めているようだ。


 スーツ姿でノーネクタイ、堅苦しすぎずカジュアルすぎない格好だ。


 身体はシュッと細く、身長は180以上はありそうで、細いせいかかなりの長身にも見える。


 なにより、かなりのイケメンだ。

 俳優です、と言われても信じてしまいそうなほど顔が整い、妙なオーラまで漂っている。


 これが雪季の父親――

 並外れた美少女である雪季の血縁者として、一目で納得してしまいそうだ。


 それに加えて――


「そして、こっちは僕の娘でね。北斗冬舞ユキだ」

「よろしくぅ、ユキだよぉ」


 そのイケメンの隣に座っているのは、赤毛の美少女。

 オレンジジュースを美味しそうにすすっていたが、春太のほうを見て、ピースしてきた。


 先ほどゲームセンターで、クレーンゲームで遊んでいた少女だ。

 彼女も待ち合わせがあって、早くに着いてしまい、時間を潰していたらしい。


 そして、春太とは待ち合わせの場所も同じで――


「ああ、“冬に舞う”と書いて、“ユキ”と読むんだよ」

「もー、ガチでややこしぃ。フツーに読めた人いねぇよって名前なんだよねぇ」


「冬に舞うでユキ……」


 春太は、ぼそりとつぶやいた。


 雪季は、“雪の季節”で“ふゆ”。

 ネーミングセンスに共通するものを感じる。


 確認するまでもなく、雪季と名付けたのは父親のほうだったのだろう。


「あ、ユキのことはユキでいいよぉ。小学五年生、11歳だよぉ」

「そ、そうか……ああ、俺は――僕は桜羽春太、高二です」


 舌っ足らずな甘えたしゃべり方に、春太は少し圧倒されつつ。

 一応自己紹介して、ぺこりと頭を下げる。


「春太くん、そんなにかしこまらなくていいよ。ただ、悪いね、僕もこの子を連れてくるつもりはなかったんだが」

「ユキ、お父のスマホをチェックしてるからねぇ」

「怖い子だなあ」


 雪季の父――北斗は、冬舞に目を向けて苦笑している。

 娘が父親のスマホを盗み見て、父は笑って許容する。

 良好な父娘関係と思っていいのだろうか。


「スケジュールアプリで、君に会うのをこの子に知られてしまって。どうしても一緒に行くと言って聞かなくてね」

「いえ、別に……かまいません」


 むしろ、雪季の実父と二人きりでなくて助かったくらいだ。


 母は同行しようかと言ってくれたが、仕事で多忙な母をそれだけのために、電車で三時間かかるこっちに戻らせるのは悪い。


 かといって、雪季を連れてくるわけにもいかなかったので、冬舞がいてくれて少しほっとしている。


 もっとも、春太は冬舞にはどうも苦手意識を感じてしまっているが……。


「ああ、いや。いろいろ戸惑わせてるみたいだね。先に冬舞も来ることを言っておくべき――冬舞の存在を教えておくべきだったな」

「え、いえ……」


 まったくそのとおりだが、肯定するほど無遠慮にもなれない。


「簡単に説明すると、僕は雪季の母親白音さんと離婚したあと、再婚してね。それから生まれたのが冬舞だ」

「なるほど……」


 つまり雪季と冬舞は、腹違いの姉妹ということになる。


 雪季と冬舞は、四つ違い。

 父親が離婚したあとの子供なのは間違いない。

 いや、たとえ前の結婚中にできた子供であっても、春太がどうこう言うことでもないが。


「実は、僕は白音さんとは親戚でもあるんだよ。ハトコってヤツでね、そう近い親戚ではないんだが」

「ハトコ……」


 はい、また血縁が出てきたよ――と、春太はもう驚かなかった。

 ハトコというのは、親がイトコ同士のケースだったか、と春太は頭の中で家系図を描いてみた。


「さっきから、春太くんがずいぶん冬舞を眺めているところを見ると、冬舞と雪季は似てるのかな?」

「え? あ、はい、ええ……」


 北斗は、なかなかめざといらしい。


「僕と白音さんはまるで似てないんだがね。母親が違うのに、娘同士が似ることなんてあるんだな」

「そうみたいですね……」


 血縁があるとはいえ、雪季と冬舞は似すぎている。

 従姉妹同士である雪季と透子もかなり似ているが、それ以上だろう。


 春太は、四年前の雪季に再会したような気がしてならない。


「ねえねえ、お兄。お姉の写真、あるんでしょ? 見せてぇ」

「お、お兄?」


 俺は君の兄さんじゃない。

 春太はそうツッコミたかったが、小学生相手にそれも大人げない。


 春太はスマホを操作して、最近の雪季の写真を表示する。


「これが、ウチの雪季だ」

「へぇー、どれどれぇ」

「うおっ」


 いつの間にか、冬舞が春太の隣にいた。

 しかもなにを思ったか、小柄な身体を割り込ませて春太の膝に座ってきた。


「お、おい、冬舞……ちゃん?」

「これがユキのお姉ちゃんかぁ……」


 冬舞は春太の戸惑いなど気にもかけず、春太のスマホを手に取ってまじまじと眺めている。

 小学五年生にしては、ずいぶんと無邪気で無防備すぎる。


「お姉ちゃん、すっごい可愛い――って、えぇ? これ、AIでユキの写真を取り込んで成長させた……?」

「そんな手の込んだモン、事前に用意するわけねぇ」


 やはり、本人が見ても似ていると思うらしい。

 実際、冬舞のサイドテールの髪が赤、瞳の色がグリーンであることを除けば、あまりにもそっくりだ。


「冬舞は、母親がアイルランド人でね。ああ、僕は普段はフランスの会社で働いてて、そこで知り合ったんだ」

「アイルランド、フランス……凄いですね」


 フランスの会社員とか奥さんがアイルランド人とか、マウントを取られている気がする春太だった。


「ヴィジョネストって会社なんだけど……まあ、知らないよね」

「ヴィジョネスト!?」

「わっ、声でかっ」


 春太の膝に乗ったままスマホを眺めていた冬舞が、驚いて身体をのけぞらせる。


「それって、CS64を開発してる会社じゃ……!?」

「ああ、CS64を遊んでくれてるのか。それは嬉しい。世界的には人気高いんだけど、日本ではイマイチらしいからね」

「い、いえ……俺の周りでは人気ですよ。俺も好きで、ランクSSです」

「おおっ? ランクSSは相当に人生捨てる勢いで遊ばないとなれないよ?」

「それほどでも……」


 人生は捨てていないが、春太がCS64をかなりやり込んでいるのは事実だ。


「えーと、北斗さんはCS64のスタッフなんですか?」

「そうだよ。本社はフランスだね。僕も元は日本支社にいたけど、本社に移ってからはアートディレクターをやってる。今手がけてるタイトルは明かせないけど」

「しかもアートディレクター……!?」


 グラフィック周りを統括する役職、だろうか。

 春太はゲーム好きだが、あまりスタッフのことには詳しくない。

 CS64は海外のゲームなので、日本人スタッフはいないと思っていたくらいだ。


「冬舞はフランスで生まれたんだが、お恥ずかしいことにまた離婚してしまって、僕が引き取ることになってね」

「えっ、あ、そうなんですか」

「お父はもう結婚しないほうがいいねぇ」

「まったくだ」


 冬舞はまだスマホを見ながら、父をからかっている。

 離婚のことは、この小学生にはダメージはないらしい。


 こっちもまた離婚か。

 春太は、大人たちの人間関係の難しさに気が遠くなりそうだった。


「ただ、仕事が忙しくて冬舞を手元で育てるのが難しくて、僕の母――この子の祖母に預けてたんだけど、母も高齢で入院してしまって」

「おばあも、もう子育ては無理だねぇ。ユキもまだまだ手がかかるしぃ」


 この冬舞という少女は、自分が面倒くさいことを自覚しているようだ。


「母には悪いことをした。今のところ命に別状はないんだが、急遽、僕が戻ってきたというわけだ」

「はぁ、なるほど」


 北斗家の事情はよくわかった。

 冬舞が雪季に似ていることは驚いたが、春太がどうこう言うことでもない。


 ただ、春太には――雪季の実父が自分に会いに来た理由はさっぱりわからない。


 そこが一番、肝心なところだろう。


「それで、日本に戻ってきて――っと、失礼」


 北斗は、スーツのポケットからスマホを取り出した。


「え? おい、嘘だろう? ちょっと待て、いきなりそんなこと言われても仕様は――いや、そうか。そうだな、やりようはある」


 それから、なにやら慌てた様子で話をしてたかと思うと――

 突然、ちらりと春太のほうを見た。


「春太くん、悪いがちょっと冬舞を預かってくれないか。また連絡する」

「へ?」


 そう言うと、北斗は伝票を引っつかんで、あっという間に喫茶ルームから出て行ってしまった。


「え……? もしかして、ガチで行っちまった……?」

「お父、夢中になると周りが見えなくなるからねぇ。お仕事のトラブル、多いみたい。でもユキから見れば、トラブル起きると楽しそうでねぇ」


「……冬舞ちゃん、慣れてるみたいだな」

「ユキをおばあに預けたときも、こんな感じだったらしいから。それから10年後――って感じで、この前お父が現れたんだよねぇ」

「まさか、10年預かれって置いてったんじゃねぇだろうな……」


 春太が呆れていると、ようやく冬舞が膝から降りてくれた。

 それから、冬舞は春太にニヤリと笑いかけて。


「あ、ユキ行くところないから。よろしくねぇ、お兄♡」

「……よろしく」

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