第87話 妹は新しいチャレンジがしたい

「わー、またこのコメント来てる」

「なんだ?」


 居候の晶穂は、春太の部屋に入り浸っている。


 寝起きは雪季の部屋だが、さすがの晶穂も受験生の邪魔はできないわけで。

 居候の身ではリビングでふんぞり返っているのも、気が引けるようだ。


 というわけで、晶穂が春太の部屋に落ち着くのは必然ではあった。


 今日もパーカーに太もも丸見えのショートパンツというくつろいだ格好で。

 春太のベッドの上でゴロゴロ転がりつつ、スマホを見ている。


 本当に完全に入り浸っているので、春太も言いたいことはあるが――

 今の晶穂には、好きにさせてやりたい。

 春太にできることは、そのくらいなのだから。


「ほら、見て見て、ハル」


「んー、『AKIHOさんのゲーム実況が見てみたいです』……ああ、前からこういうコメント多いよな」

「あたし、ガチでゲームやんないからねえ」

「つーか、チャンネルの趣旨が変わるだろ」


 春太もAKIHOチャンネルのスタッフだ。

 視聴者のコメントも確認しているので、この手の意見が多いことは承知している。


 だが、晶穂が音楽以外をやるとは思えないのでスルーしていた。


「あたしは、音楽以外もやってみてもいいけどね」

「え、そうだったのか?」


「なんなら、いきなりソロキャンプやってもいいし」

「そんな危ないことは俺が許可しない」

「即答!? ハル、あたしのなんだっけ?」


 兄――ではあるが、それはまだ表向きは認めていない。


「晶穂がただのクラスメイトでも止めるっての」

「でも、若い女子が普通にソロキャンやってたりするよ?」


「そりゃ、よっぽど管理がしっかりしたキャンプ場じゃないのか? それなら……いや、それでもダメだな」

「ハルって心配性だよね……」


 晶穂がジト目で睨んでくるが、春太は引き下がるつもりはない。

 人の趣味に口出しはしないし、ソロキャンプは楽しそうではあるが、晶穂にやらせるとなると心配すぎる。


 春太は勝手ながら、秋葉に代わって晶穂を守るつもりなのだ。


「どうしてもやりたいなら、俺が一晩テントの出入り口に立って警備する」

「それ、ソロキャンプ違う」


 もっともだが、春太は実は真剣だった。


「その目はあたしがなにを言っても引き下がらない目だね」

「悪いな、晶穂」

「うーん……」


 晶穂はまだ春太を睨んできていたが、根負けしたように目を逸らした。


「でもさ、音楽がメインなのは変わらないけど、変化をつけるのはアリだと思ってる。というか、音楽一本槍でこれ以上登録者数を伸ばすのは無理でしょ」

「まあなあ……」


 そこは、春太も認めざるを得ない。


 晶穂のチャンネルは、素人が手作業でやっている割にはかなり伸びている。

 U Cube自体がレッドオーシャンで、新規参入で視聴者を掴むのは難しい。

 そんな中、晶穂のチャンネルはまだ上手く行っているほうだろう。


 このまま、ストイックに音楽にこだわる路線も当然アリだが――

 一つのやり方に執着しすぎるのは悪手なのも事実だ。


「でもな、ただゲーム実況したって面白くならんだろ」

「ゲーム初心者の下手っぴ動画で笑ってもらうか。でも、あたし一人じゃあまりにも下手すぎて、面白くないかも。それじゃ逆効果だね」


 晶穂が、今度は意味ありげな視線を向けてくる。


「待て、俺に動画に出演しろっていうんじゃないだろうな?」

「ダメなの?」

「無理だ無理、俺がカメラの前でしゃべれるとは思えん」


 春太はゲーマーなので、ゲーム実況動画は普通に観る。

 なので、配信者のようにゲームしながらスラスラしゃべるのが難しいこともわかっている。


「まー、ハルが出ると逆にファン減るかもなあ。謎のロリ巨乳ってことで観てくれてる人も多いだろうし」

「…………」


 晶穂はまだ、動画で顔出しはしていない。

 ただ、服の上からでもわかる大きな胸と、それでいて小柄な身体が人気を得ている理由だったりもする。


 首から下だけでも美少女のオーラが漂う晶穂にカレシがいるとわかったら――


「さすがに、ハルが出たら炎上するね」

「……そうですか」

「兄ですって紹介する?」

「……疑惑がかかるんじゃないか」


 余計な情報が付け足されるほど、疑われる気がしてならなかった。

 兄とか大嘘つくな、カレシだろうが!と。


 登録者が逆に減ってはシャレにならないだろう。


「となると――手は一つしかないね、ハル」

「え?」


 晶穂は、ぱっと立ち上がり部屋を出て行った。

 止める暇もなかった。



「あのー、私もゲームしながらしゃべるの苦手なんですけど」


 春太の部屋に呼び出されたのは、雪季だった。

 勉強中だったのを、晶穂が強引に呼んできたのだ。


 既に風呂も入り終えて、いつものモコモコ上着にショートパンツ、厚手の靴下という格好だ。

 部屋から持ってきた膝掛けも乗せている。


「それに、まだお勉強が……」

「雪季ちゃん、今日のノルマ終わってたじゃん。延長タイムはほどほどにしないと」

「そ、そうなんですけど……」


 雪季は「不安なので」という言葉を呑み込んだようだ。

 春太が受験勉強のノルマをきっちり決めて管理しているが、最近の雪季はオーバーワークが多い。


 晶穂とも話したばかりだが、雪季はもう無理をする段階ではないというのに。


「まあ、とにかくやってみようよ、雪季ちゃん。あたしが、ゲームの上手い妹に教えてもらってるって設定で」

「私、晶穂さんの妹じゃないんですけど」

「ただの友達より百合姉妹っぽいほうがウケがいいんだよ」

「おまえ、本当にろくなこと教えねぇよな……」


 晶穂は素直な妹に、確実に悪影響を与えている。


「でも私、本当にゲームしながらトークとかできないですよ?」

「雪季ちゃん、ハルとゲームしながらめっちゃしゃべってるんじゃない?」

「あれは悲鳴とか奇声とかで、実況ではないです」


 まったくそのとおりだった。

 雪季はゲームのプレイ中は奇声を上げ、全身を動かして暴れ回るタイプだ。

 ある意味、配信者に向いている。


「そういや、ハルは一緒にやんないの?」

「ウチの環境だと二人プレイまでしかできねぇよ」


 ゲームにもよるが、桜羽家の機材で対応できるのは二人までだ。


「じゃあ、お兄ちゃんはアドバイザーで。晶穂さん、ゲームと言ってもなにをしますか?」

「雪季ちゃんのオススメ、ある?」

「FPSが手堅いですね」


 雪季は即答する。


「今、一番の流行りは“レジェンディス”で、私とお兄ちゃんが遊んでる“CS64”は二番手でちょっとマニアックな扱いです」

「あ、マニアックなほうで。マジョリティを狙うなんてロッカーじゃない」

「おまえは相変わらず、ロッカーへの偏見を助長してくるな……」


「でも、ゲームが遊べるならなんでもいいです!」

「まあ、カメラだけ回して配信は無し、テストで一回だけって感じだけど。厳しいお兄さんが、一時間までって区切ってきたし」

「10分でもいいんです!」


 雪季は、実はやる気満々のようだ。

 コントローラーを握り、前のめりになっている。


「やってみましょうか、晶穂さん。まずはボタン操作からですね」


 雪季が実際にプレイしつつ、晶穂に基本操作を教えていく。

 一通り操作を教え終わったところで、一度カメラを止めて――


「はぅー……射撃場で的を撃ち抜くだけでも楽しいです……」


 雪季は口元が緩むのが抑えられていない。

 やはり、勉強漬けになるより少しくらい遊んだほうがよさそうだ。


「でも、晶穂さんもなかなか良いですよ。ボタン操作も暴発させてませんし」

「確かに。晶穂、呑み込みは悪くないな」

「友達ん家でゲーム遊んだことくらいはあるからね」


 そのレベルのゲーム経験がない者のほうが稀だろう。


 晶穂も最低限の操作は、すぐに覚えたようだ。


「よし、雪季ちゃん。じゃあ実戦やっていこう! JK二人でFPSやってみたー!」

「私、JCですよ?」

「いいんだよ、JKのほうがわかりやすく可愛いから」

「早くJKになりたいです……」

「……がんばろうね」


 マイペースな晶穂も、受験生への気遣いくらいはあるらしい。


「はい、JK目指して頑張りますよ! 今はとにかくストレス発散したいですけど! さあ、敵さんドンドン出てきてください! アタマ撃ち抜いてやります!」

「わー、雪季ちゃん、意外にワイルドだね」


「…………」


 まあ二人とも楽しそうでなにより、と春太は満足することにした。

 キャッキャとハシャいでいる二人の姿が、なによりも嬉しい。


 もしかして晶穂は、雪季のメンタル回復に協力してくれているのだろうか。

 雪季は普通にゲームに誘っても、勉強を理由に断っていたかもしれない。


 それなら、AKIHOチャンネルを伸ばすため、と人助けを理由にした晶穂の手口は巧妙だが……。


 それに加えて――

 晶穂も、気を紛らわすことは必要だ。

 メンタルが不安定なことでは、今の晶穂も受験生に負けていないはずだ。


 ゲームでもなんでも、新しいことに挑戦してみるのは、決して悪いことではないだろう。



「ふー……」


 二人が盛り上がっているので、春太は一度席を外すことにした。

 ゲームを遊んでいると喉が渇くものだ。


 特に二人は実況を意識して、必要以上におしゃべりしている。

 部屋は暖房が効いているし、冷たい飲み物でもいいだろう。


 春太が、カップにペットボトルのお茶を注いでいると――

 ポケットに突っ込んでいたスマホが振動し、春太は一度作業を止めてスマホを手に取った。


「はい、春太だけど。母さんか」

『春太、元気ですか。ちゃんとご飯は食べてますか?』

「いきなりだな。もちろん食ってるよ。育ち盛りなんで」


『出来合いのものばかり食べてるんでしょう?』

「うっ……」


 春太も朝食の簡単な料理くらいはなんとかなるが。

 夕食となると、スーパーで買ってきた惣菜がメインになっている。

 ご飯を炊き、味噌汁をつくる程度が精一杯だ。


 最初は味噌汁程度でも味付けに失敗して、ひどいものをつくっていたが。

 雪季は、「お兄ちゃんのなら全部飲めます」と言って、嫌がりもせずに飲んでいた。


 妹の健康のために味噌汁だけはまともにつくれるようになったが、オカズはまだ難しい。


『夕食は手料理でないと。やっぱり、雪季の受験が終わるまでは私が休職して家の近くでマンスリーマンションでも借りて……』

「待った待った、そこまでしなくていいって!」


 母は本気で、桜羽家の世話をするつもりだ。

 だが、離婚して家を出た身なので、さすがに同居というわけにもいかない。


『ですが、春太もお父さんも家事は苦手でしょう?』

「なんとかなってるって。まあ、ただ……」


『雪季が、情緒不安定ですか』

「……さすが、お見通しか。うん、やっぱ雪季はメンタルやられてるなあ。不安そうで睡眠も足りてないみたいだ」

『不安があるのは仕方ありません。あの子は意外と強いんですが……』

「気分転換とかさせて、なんとかメンタルを安定させてみるよ。どうしてもダメなら、また母さんに相談する」


『そうですか……いつでもいいから、相談してくださいね。それと――』

「ん?」


 電話の向こうで、母が口ごもる気配が伝わってきた。


『春太……すみません』

「な、なんだ? なにを謝ってんだ、母さん?」


『一つだけ、お願いがあるんです』

「いいよ」

『まだ内容を言ってません。そう簡単にOKしてはダメでしょう。世の中、口約束でも契約は成立するんですよ?』

「相手は母親だろ」


 そんな、契約社会の恐ろしさみたいなことを説かれても困る。


『実は……あなたに会いたいという人がいるんです』


「さて、次はなんだ? ああ、もしかして雪季の実の父親とか?」

『正解です。春太、カンが鋭くなりましたね』

「…………」


 ごめん、やっぱ今の無し。

 ――なんてわけにもいかないんだろうな。


 春太は完全に口を滑らせた自分をぶん殴ってやりたくなった。

 油断していて、つい軽口を叩いて大当たりとは。


 そうだ、正直なところ、春太は油断していた。


 母が実の母ではなく、他の男と結婚して雪季が生まれたことはもちろん認識はしていたが――

 “父親”が誰なのか、今も存在しているのか、考えたことはまるでなかった。


 いや、考えないようにしていた。


 はっきり言って、これ以上人間関係をややこしくしたくない。

 だが、逃げられないこともあるのだろう――

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