特別編8話
「…………はっ!?」
私は、ふと周りの異常に気づいた。
こ、ここは……ママのお家!?
ママが地元のコネを使って見つけ出したという、まだ新しい一軒家。
周りが畑なので静かで、ご近所さんとの挨拶も最小限で済む。
コミュ障な私にはありがたい環境です。
あと、ゲームしながら大声を出してもご近所からクレームも来ませんね。
ママには怒られますけど。
いえ、それどころではありません。
見慣れたテーブルや棚。
生まれ育った家から持ってきた家具。
こっちの家で新しく買ったソファやカーペット。
私はそのソファに寝転がり、カーペットを見つめてる。
間違いなく、あの田舎町のお家です……!
リビングです……!
あれは夢だったんですか?
お兄ちゃんがお迎えに来てくれたのは。
この町から連れ出して、お兄ちゃんが、ひーちゃんれーちゃんがいる街に戻れたのは。
「あ、おはよー、雪季ちゃん」
「…………ほぇ?」
突然、黒髪ロングにピンクのメッシュを入れた人が覗き込んできた。
お、おかしい……桜羽家にも冬野家にもこんな派手な美人はいなかったはず!
「雪季ちゃん、全然起きないから、勝手に飲み物もらってるよ。雪季ちゃんもいる?」
「……って、晶穂さん?」
「はい、晶穂さんだよ。こんな可愛いJK、他にいないでしょ」
「凄い自信ですね……」
「最強JCの称号は雪季ちゃんにあげるよ。冷蔵庫、勝手に開けちゃったけど、オレンジジュースあったよ。飲む?」
「あ、はい。いただきます……」
晶穂さんが、キッチンのほうへ歩いて行く。
段々思い出してきた。
そうだった、お兄ちゃんと晶穂さんと一緒にこの町へ戻ってきたんでした。
ママに呼ばれたのと、前に通ってた中学にも行かなきゃいけなくなって。
でも、もう一つの用事がちょっと憂鬱で――
昨夜は全然眠れなかったから、家からここまでの三時間、ずっと寝てたんでした。
まだぼーっとしてて、目が覚めてないですね……。
とりあえず、晶穂さんがグラスに入れてくれたオレンジジュースを、ありがたくいただく。
「ふわ……美味しいです」
「よかった、あたしはお茶とか淹れられないから。そのうち母親に習う約束になってんだけど」
「お茶? ネットでググれば淹れ方なんていくらでもありますし、私がお教えしましょうか?」
「いや、月夜見家に伝わるお茶の作法があるからね」
「なるほど、伝統がありそうな苗字ですからね」
「そんな素直に受け止められると、しょうもない嘘もつきにくいね……」
晶穂さんが、なにかボソボソつぶやいている。
「なんでもないよ。そのオレンジジュース、瓶入りで高そうなヤツだったね」
「これ、私が好きで桜羽家でも冬野家でも常備してたヤツなんです」
「へぇ、雪季ちゃんのお母上も好きなの?」
「いいえ、ママは甘いジュースは好きじゃなくて……」
「だったら、雪季ちゃんが来るからわざわざ買っておいてくれたんだね。愛されてるじゃん、雪季ちゃん」
「え、ええ……」
だからこそ申し訳ないというか。
ううっ、ママを裏切って桜羽家に戻っちゃったことが後ろめたい……。
「はぁ……美味しかったです」
「そりゃよかった。雪季ちゃん、目は覚めた?」
「たぶん……電車を降りて、お兄ちゃんに手を引かれて駅を出たあたりまでは覚えてるんですが……あれっ、お兄ちゃんは!?」
「今、気づいたの? おいおい、マジで大丈夫なの、雪季ちゃん」
晶穂さんは割と本気で呆れたように苦笑してる。
私も、自分に呆れてるので当然ですね……。
「えーと、確か……あっ、そうです! 霜月さんが……!」
「そうそう、セーラー服にポニーテールのすんげー可愛い子が駅にお迎えに来てたんだよ。ハル、その子と一緒に行っちゃった」
「の、農具倉庫にですか?」
「農具倉庫? なんかの暗号?」
「い、いえ、なんでもないです」
あの忌まわしき、私が何度も連れて行かれた農具倉庫……。
霜月さんも、あんなところにお兄ちゃんを連れて行くはずもないですね。
「どっかのカフェに行ったんじゃない? カフェとかあるなら」
「さすがにありますよ。カフェというより、昔からの喫茶店って感じですけど」
「ふーん、あたしはそういうお店好きかも。古い洋楽とか流れてたら最高だね」
「はぁ」
晶穂さんの音楽の好みはよくわかりません。
「で、でも大丈夫でしょうか? お兄ちゃん、霜月さんにイジめられないでしょうか?」
「え? ハルをイジめられる女子なんて、あたしくらいじゃない?」
「あ、晶穂さん、お兄ちゃんをイジめないでください……けど、霜月さんと二人きりにするのは不安です」
お兄ちゃんは女子に――特に年下の女子に甘い。
一方で霜月さんは強気な性格です。
農具倉庫ではオコだったお兄ちゃんがマウントを取れましたが、平常モードのお兄ちゃんだと立場が逆転するかも……?
「大丈夫だって。つーか、あのポニ子ちゃん、そんなヤバいヤツなの? おしとやかそうに見えたよ?」
「そ、そうです……よね」
霜月さんは私にはオラオラ来たけど、学校では真面目でした。
いいところのお嬢様だと聞いたこともありますし……。
お兄ちゃん、大丈夫ですよね?
「というか、霜月さんはお兄ちゃんになんの用なんでしょうか……?」
「都会の男と行きずりの恋でもしたいのかな?」
「えぇっ!? そ、そんなただれた関係に!?」
「冗談だよ。雪季ちゃんの話をしたいんじゃない? 雪季ちゃん、またいきなり引っ越しちゃったんだし、ポニ子ちゃんもどうしてるか気になったとか?」
「は、はぁ……」
晶穂さんには、私が霜月さんたちにイジめられてたことは話してない。
ただの同級生だと思っているんでしょう。
呑気なのも当然ですね……。
でも、お兄ちゃんなら仮に霜月さんが仲間を大勢引き連れて取り囲んできても平気でしょうか……。
お兄ちゃんがケンカに負けるところは想像つかないんですよね。
「まあ、あの野郎がポニ子ちゃんと浮気してたらあたしと二人でシバいたったらいいじゃん。それより――雪季ちゃんが寝ぼけてた間にスマホ、何度か鳴ってたよ?」
「え、ホントですか」
私はポケットからスマホを取り出して、確認する。
ママからのメッセージが届いてた。
「あー……ママ、今日は急なお仕事でお出かけしてるみたいです。あれ、そういえばママいません!」
「それも気づいてなかったの? 雪季ちゃん、天然だよね。鍵開けて入ってたのに」
「うっ……」
本当に寝ぼけていたみたいです、私。
今日はママが家で待っていてくれたはずなのに、全然姿を見せないことに気づいてませんでした。
「え、ええと……ママ、戻るまで時間かかるみたいです」
「じゃあ、中学行っちゃおうよ。保護者いないとまずいの?」
「いえ、私だけでも問題ないみたいですが……」
「ふーん、でも付き添いがいたほうがいいかな。だったら、今日だけあたしが雪季ちゃんのママになろう」
「晶穂ママ!?」
「ロリっ子ママとはまたマニアックだね、雪季ちゃん」
「私の性癖なんですか!?」
私はただのブラコンですよ!?
「ま、嫌なことはさっさと済ませちゃおうよ。ポニ子ちゃんのことは、ハルに引き受けてもらったと思って」
「…………」
あれ?
晶穂さんにも、霜月さんとの対面を怖がってることがバレてましたか。
お兄ちゃんに聞いたのか……聞いてなくてもわかるレベルですよね。
「それじゃ、お姉ちゃんと行こ」
「今度はお姉ちゃんですか。そのほうがまだいいですけど」
私、お姉さんがほしいと思ったことはないですけどね。
あ、もしもの場合は晶穂さんが私の義理のお姉さんに――いえ、そんなことは考えないようにしましょう!
きょうだいは、お兄ちゃんだけいればいいんです。
「田舎の学校、楽しみだなあ。木造の校舎だったりする? いいバラードの曲が浮かびそう!」
「わっ、晶穂さん……」!
晶穂さんは私の手を握って引っ張り、リビングから出て行く。
本当にお姉さんのようです……。
義姉はいりませんけど、今日だけなら……よいかもしれませんね。
※
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あとは多くの皆さんにご購入いただき、楽しんでいただけたら嬉しいですね。
さらに欲張るならツイッターその他でご感想をいただければ、作家としてこんなに嬉しいことはありません。
是非是非よろしくお願いします!
そして、特別編はここまでです。
4章は現在準備中ですので、しばしお待ちいただければ!
まあ、特別編も8話で文庫70ページくらい書いちゃったんですけどね。
カクヨム版と書籍版1~2巻を楽しみつつ、お待ちください!
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