特別編7話
ボク、冷泉素子は受験生だ。
ちょこっと成績的には厳しい悠凛館という進学校を受ける予定。
だって、好きな先輩が悠凛館にいるんだもん。
そりゃ、可能性があれば行くでしょ?
親友の氷川流琉も同じ理由で悠凛館を受験する予定だ。
もっとも、ヒカの場合は合格は余裕すぎて、受かるかどうかよりトップを獲れるかが問題になる。
ヒカ本人は順位なんか一ミリも気にしていないけれど。
「こらー、レイ。集中できてないよ。その問題でもう五分もストップしてるやん」
「……よく見てるっすね、ヒカ」
「ほら、ふーたんは集中してるよ。レイも見習って」
「うーっ」
ちらりと横を見ると、フーが――冬野雪季が一心不乱に問題を解いている。
がりがりとシャーペンを動かして、英語の和訳の真っ最中だ。
こんなに熱心に勉強しているフーは、中学の教室では一度も見たことない。
ちなみに、ここはヒカの家でもあるカフェ“RULU”。
友達の家の商売を邪魔するのもなんなので、あまり来ないのだけれど。
今日は授業が早めに終わって、フーも参加しての勉強会で、RULUの席を一つ使わせてもらっている。
ボクとフーが並んで座り、テーブルを挟んだ向かい側にヒカが座ってる。
優等生ヒカ様が先生のポジションに位置取るのは当然。
「そういや、テーブルを一つ埋めちゃってよかったんすか? カウンター席でもいいっすけど」
「カウンターは常連さんが使うんだよね。もちろん、一見のお客さんが使ってても嫌な顔をする常連さんはいないけどね」
「客ダネがいいんすね、RULUは」
店内は静かで、上品な音楽が流れている。
雑談するお客たちもいるけど、みんな声は小さい。
お店の雰囲気を大事にしてくれているのが、ボクにもよくわかる。
むしろ、ボクらが一番うるさいまである。
まあ、今はお客さんたちが年輩の方ばかりで、ボクらを微笑ましく見てくださってるような。
マスターもニコニコしてるし。
マスターっていうか、ヒカのお父上だけど。
「あ、ふーたん、そこ違うよ。四つの中から本文と合ってるものを選べ、っていうタイプはだいたい引っかけがあるから。勘違いしやすいけど、この文章の意味が――」
「え? あ、そうですね。しまった、見事に引っかかってましたー。なすがままでした!」
「大丈夫、大丈夫。引っかけなんて、気づけばむしろ答えを絞りやすくなるんよ」
うーん、さすがヒカ。
押しつけがましくならない程度に、的確にフーを導いてる。
なんでもかんでも教えすぎても、フーのアタマに入らないしね。
そのあたりのさじ加減も、ヒカは上手い。
ボクもフーより成績はだいぶ上だけど、教えられるかって言われたら自信はない。
ぐう、悔しい。
フーの役に立てないなんて……まあ、ボクは自分の受験も余裕じゃないんで、人に教えてる場合じゃないんすけど。
「あっ……」
急に、フーがテーブルに置いていたスマホに目を向けた。
「すみません、ママからです」
「いいよ、ふーたん。ついでに、ちょっと休憩にしよう」
「すみません、ひーちゃん。ちょっと、お外出てきます」
フーはスマホを手に取って、お店から出て行った。
「……フーのお母さん、心配なんすかねえ」
「そりゃそうでしょ。氷川たちだって、ふーたんがいなかった何ヶ月か、心配でしゃーなかったやん。母親ならなおさらだってば」
「そうっすねえ。けど、フーは勉強とスポーツが苦手でちょっとコミュ障なだけなのに」
「レイ、ふーたんディスってんの?」
「いやいや、生活力ならフーはボクらよりずっと上っすよ。たとえばヒカ、一人暮らしできる自信あるっすか?」
「あるわけないやん。自慢じゃないけど、氷川は自分のパンツ洗ったこともないよ?」
「ホント、自慢じゃないっすね」
でも、ボクだって似たようなものだ。
洗濯なんて“やったことはある”ってレベル。
フーは毎日家族四人分、お母さんがいない今は三人分の洗濯と、料理と洗濯までこなしてる。
「はー……ボクもフーにブラとパンツ洗ってもらいたいっす……」
「なかなか歪んだ欲望だね、レイ。まあ、一家に一人、ふーたんほしいよね」
家事万能で、おまけに素直で可愛いと来てる。
あんなデキた女子がどこにいる?
桜羽先輩がシスコンであることを、誰が責められよう?
「で、ヒカ、どう? フーは合格できそうっすか?」
「ミナジョの過去問とかも見てみたけど、たぶん大丈夫。ふーたん、向こうの学校でだいぶ勉強頑張ってたみたいだし、よっぽどのポカをやらん限り大丈夫」
「ううむ……ポカをやらない、とは言えないかもっすね……」
「こらこら、不安になること言わないように、レイ」
そういうヒカも、不安を隠しきれない顔だ。
「まあ、フーは基本的に真面目っすから。集中してやれば変なポカはないっすかね」
「桜羽先輩もきっちり注意するだろうしね。先輩が言えば、ふーたんも気をつけるやろ」
「そうそう」
フーのことで最後に頼れるのは桜羽先輩だ。
ボクもヒカも、引っ越したフーに戻ってほしいと思いつつ、さすがに連れ戻しには行かなかった。
それを実行してしまう先輩――さすがだ、さすが先輩だぁぁぁぁぁっ!
早くボクだけのものにしてしまいたぁぁぁいっ!
「レイ、なんか妄想してる顔してるよ。まーた、やべぇこと考えてんでしょ?」
「やべぇこと考えてない中学生なんているんすか?」
「……いないような気がする」
親友の兄貴を虎視眈々と、マジで狙っているボク。
親友の兄貴の友達を密かに狙っているヒカ。
それに、ガチのブラコンを隠そうともしてないフー。
みんな、それぞれやべぇこと――いや、大事な想いを抱えてる。
「まあ、氷川は地獄ってほどじゃないけどさ。レイのほうはヤバくない?」
「ほっといてほしいっす。今さら、やっぱやーめたってわけにはいかないんっすよ」
ボクが桜羽先輩に初めて会ったのは、中学一年のとき。
めちゃめちゃ可愛いのに、同じ小学校出身の友達とばかり話してて、他の女子とはまるで関わろうともしなかった、桜羽雪季。
あの子と友達になった直後だった気がする。
フーと友達になったきっかけについては、いろいろあったのだけど。
むしろ、ボクはフーより先にそのお兄さんのほうを知っていた。
もっと言うなら先にバスケ部のエース、二年生の松風先輩の友人として知ったんだった。
でも、ボクが好きになったのはみんなの憧れで慕われる松風先輩じゃなくて――
ホント、ボクはどうして桜羽先輩だったんだろ?
親友のお兄さんで、しかもその親友が甘えて頼ってる最愛のお兄さん。
ボクがいらんちょっかいをかけてるのがバレようものなら、マジで縁を切られかねない。
ボクは先輩が好き。
でも、同じくらいフーのことも好き。
たとえボクが先輩と付き合えることになっても――
フーが許してくれないなら、先輩をあきらめるしかない。
「すみません、お待たせしました。ひーちゃん、れーちゃん、お勉強を再開しましょう!」
と、フーが店のドアを開けて戻ってきた。
母上となんの話をしてきたんだろ?
ちょっと様子がおかしい気もするような……?
「え、もう? ふーたん、もう少し休んでもいいよ?」
「いえ、ひーちゃん、れーちゃんと一緒に勉強できる機会はめったにないですから。頑張ります!」
ふぇー、まったくフーらしくないけどやる気満々っすね。
フーはこっちに戻ってきてから、少し変わったみたい。
可愛い可愛いフーも、ずっと今までのままではいられないか……。
「すみません、フーがやる気出してるところ悪いっす!」
「えっ? ど、どうかしたんですか、れーちゃん?」
「ちょっと用事があるので、ボクはここでお暇するっす!」
「オイトマ?」
「帰るってことだよ。いいけど、急やん、レイ」
首を傾げるフーにレイが説明して、じとっと怪しむような目を向けてくる。
「ほ、本当にたいしたことじゃないんすけど、今のうちに行っておかないと。それと……ついでに先輩のトコにも行ってくるっす」
「お兄ちゃんのところに? 家庭教師のことでお話ですか?」
「そうそう、そうっす。お金払ってるっすからね、フーには悪いけど先輩を最大限利用させてもらうっす!
「なるほど、では許可しましょう。レイちゃんも、頑張って合格してほしいですし」
「う、うんうん」
嘘は言ってないけど、ちょっと建前を言ってる身としては後ろめたさもあるっす。
でも、思い立ったが吉日、今先輩のところに行って――
大事なことを言っておかないと!
ボクだって、いつまでも可愛い可愛い後輩のままではいられない!
冷泉素子だって、一人の女の子だってことを先輩に意識してもらわないと!
ごめん、フー。
ボクは少しだけフーを裏切っちゃうかもしれない……。
でも、全力でバレないように隠して、フーともずっと仲良くしていきたい!
こんなボクはわがままでしょうか?
※
いよいよ明日、6月10日に『妹はカノジョにできないのに』2巻発売です!
カバーは靴下をはく雪季ちゃん!
1巻衝撃のラストからたった1ヶ月後に続きが読めるという、優しい仕様になっています。
カクヨム版読者さんにはとっくに通りすぎた展開ですが、加筆修正をどっさり入れていますので、カクヨム版既読の方も楽しめるかと!
ビジュアル初登場の霜月透子ちゃん、この短編の主役の冷泉素子ちゃんも口絵に登場しています!
あ、レイゼン号も出てますよ。
どうか書籍版も読んでいただければ嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます