特別編3話
「この前の中学生、サクの友達だったの?」
「友達というか、中学の後輩で妹の……友達ですね」
ゲームショップでのアルバイト。
今日はバックヤードで、在庫の整理中だ。
「可愛い眼鏡っ子だったじゃん。付き合ってたりすんの?」
「まさか。あいつは真面目そうに見えますが、中身はぶっ飛んでますからね。俺の手には負えません」
「ふーん……堂々と中学生と楽しめるのは今だけよ? 10年後だとタイホされちゃうぞ☆」
「そんな理由で付き合えますか!」
「サクはお堅いねー」
サクと眼鏡っ子が話しているところを見たけど。
あの眼鏡っ子JC、たぶんサクのこと気になってると思うけどな。
この男、意外といろいろ鋭いのに、恋愛方面は鈍いの?
「それより美波さん、買い取りリストのこのソフト、どこにもないんですけど?」
「ん? テンチョーがどっかにやっちゃったかな?」
「店長に訊いてきましょうか?」
「いや、早まるな、サク」
とりあえず店長のせいにしようとしたのに、サクに妨害されてしまった。
可愛くない後輩だ。
店長は今、フロアでレジについている。
この店では、レジなんて楽な作業だ。
バイトの美波たちが、在庫の整理なんて面倒な仕事をやらなきゃいけないなんて。
それとも、バイトだから?
「じゃあ、とりあえず保留にしときます」
「そうしとこ。どうせ、あとで再チェックするしね」
本日の美波とサクのタスク。
買い取りリストとソフトの実物を照らし合わせ、ノートPCで在庫に反映させていく。
ついでに傷や汚れなども再確認しておく。
昨日今日と続けて大量買い取りが来たので、かなり面倒くさい。
「あれ? 美波さん、このソフト、買い取り値が高すぎじゃないですか……?」
「どれどれ? あ、ホントだ。よく気づいたね、サク」
「遊んだことはないですけど、有名なゲームですからね」
「ふーん、やるじゃん」
桜羽春太、つい先日バイトを始めたばかりの後輩だ。
身長が高くて、細身なのにしっかりした身体付きに見える。
たぶん、身のこなしがしなやかで、姿勢が良いせいだろう。
性格は穏やかだけど、腕っ節には自信があるっぽい。
ウチみたいなショボい店でも、万引きなどはそれなりに発生してる。
ルシータのバイトは美人で人当たりのいい美波と、あとはモヤシ系男子ばかり。
店長も善人オーラが溢れて止まらないタイプだし。
威圧感のある店員は、大歓迎だ。
美波は、万引き犯を絶対に許しません。
「昔のゲームソフトって、こんな紙箱に入ってたんですね。何回も出し入れするもんなんだから、傷むの当たり前なのに」
「プラのケースが珍しかったんじゃない? 美波もさすがに知らんけど」
お姉さんぶってはいるが、美波はサクより五つ年上なだけだ。
同世代とまでは言わなくても、そんなに歳は離れてない。
「ほら、今も限定版とかは紙箱に入ってるよね。高級感を出すにはいいんだよ」
「なるほど、確かに」
もっとも、箱の開け閉めが面倒くさいんで店員的には厄介だ。
一つ二つならともかく、二〇も三〇もあるとマジで死ねる。
ただの事務的作業に見えて、意外と肉体労働で、汗まで流れてくる。
「つーか、この部屋マジで暑っ! クーラー効いてんの!?」
「うおっ!?」
美波がノースリーブのニットを脱いで。
キャミソール姿になると、サクが変な悲鳴を上げてのけぞった。
「なんつー声出してんの、サク。フロアに聞こえるでしょ」
「す、すみません。でも、いきなり美波さんが脱ぐから!」
「ただのキャミじゃん。こんな格好で外歩いてる人だって普通にいるでしょ」
「い、いますけどね……」
こいつ、顔が真っ赤だ。
サクは身長高いし、顔も割と悪くないからモテそうなのに。
意外に奥手なんかなあ?
美波も陽キャ女子大生に見られるけど、実はインドア派だし、似たもの同士なのかも。
「あの、美波さん、バックヤードでいつもそんな格好してるんですか?」
「まさか。美波はこれでも慎み深いんだからね?」
「そうかなあ……」
「サク、女子大生がみんな男と遊び歩いてると思ったら大間違いよ」
美波は、初対面からサクに甘い自覚はある。
ちょっとね、弟みたいな感覚あるのよね。
なんとなく、放っておけないオーラがあるからかもしれない。
美波は、誰にでもこんな油断した姿を見せるわけじゃない。
不思議なことに、サクはまだ出会って間もないのに、割と特別感がある。
テンチョーがフロアから戻ってきたら、すぐに服を着直すだろうし。
「美波の場合は、男と遊ぶよりゲームのほうが楽しいしね」
「はは、ゲームショップ店員は天職ですね」
「そうだ、今度ウチに遊びに来なよ。古いゲームが山ほどあるから」
「へぇ……美波さん、レトロゲーマーなんですね」
ふふ、サクは知らない。
美波がガチのレトロゲーマーで、重度のコレクターだということを。
我が家に遊びに来て、絶句しなかった友達はいないぜ……。
「古いものにもそれなりの良さがあるんだよ、サク。若くて新しい中学生より、古くて成熟した女子大生の良さ、教えようか?」
「古くはないでしょ、美波さんは」
よし、そのツッコミがなかったら君のシフトは歴戦の社畜が泣き叫ぶ無慈悲なものになるところだったよ。
「っと、しゃべってたら作業終わりませんね。美波さんのほうが全然速い」
「ふぅん」
「ん? なんですか、美波さん」
「んにゃ、なーんでもないよ」
「はぁ……」
サクは不思議そうに首を傾げている。
サクの作業は確かに美波より遅いけど、丁寧だ。
買い取った古いゲームには、紙箱がぐしゃっと潰れているものもある。
サクはボロい箱のソフトも、優しく丁寧に扱ってる。
商品なんだから当たり前なんだけど、適当に扱うバイトもいる。
美波もバイトだから強く注意はしないけれど、そういうヤツは長続きしない。
ウチのテンチョーは人が良すぎるせいか、明らかにヤバそうなヤツでも面接に来たら採用してしちゃうんだよね。
サクはこの店では久々の当たりだね。
「サクはこのバイト、向いてるかもね」
「え? そうですかね?」
「ゲームを大事に扱うのはいいことだよ」
「……まあ、古いゲームも大事にするヤツが身近にいたんで」
「…………」
こんな風に、時々陰を見せるよね、サクは。
そういうところ、気になっちゃうじゃん、お姉さんはさ。
勝手だけど……弟を見てるみたいな気持ちになっちゃってるからさ。
今日は店長が早めに上がったので、美波がお店の戸締まりも任された。
バイトにそんな仕事をやらせるのはどうかと思うけど、信用されてるわけだ。
ただ、この仕事は美波的にも望むところ。
美波のお店のレトロゲームを盗ませてたまるものか!
なんなら、私費を投じてでもルシータの警備態勢を強化したいくらいだ。
店を出て、エアルの正面口から出ると――
「あれ、サク。まだいた――って、あらら」
駐輪場のほうから歩いてきたサクの隣に、小さな人影が。
長い黒髪に、ずいぶんと小柄な身体。
あれはサクが通う悠凛館高校の制服だ。
へぇ、同じ高校の女子と夜中に帰宅とは。
「サクってば青春してんねえ」
なんとまあ、微笑ましい。
もう暗いし、遠いので女子の顔はよく見えない。
ギターを担いでるところを見ると、最近じゃ珍しいバンド女子なのか。
うーん、ウチのサクを任せていい女か、チェックが必要だね。
そんなことを思っている間に、サクと女子が近づいてくる。
「あ、美波さん。お疲れさまでした」
「うん、お疲れー」
隣の女子も、軽く頭を下げてきた。
JK時代の美波には及ばなくても、なかなかに可愛い女の子だ。
ただ、なんか気になる……。
なんというか、サク以上にどこか陰があるっつーか。
見るからに面倒くさそうな女の子というか。
この子こそ、サクの手には負えない相手なのでは……?
もしもサクが恋愛相談してきたら、お姉さんとして応えてやらないといけないかも。
ま、美波は恋愛経験ないんだけどね!
※
いよいよ明日、5月10日に書籍版1巻が発売です!
恋愛経験ゼロのお姉さん、美波さんも登場しますよ! イラストもアリます!
よろしくお願いします!
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