特別編2話

「しっかし、ふーたんってば、三年になってまだ一ヶ月も経ってないのに、もう三人に告られるとは」

「フーはモテモテっすねえ」


 つっても、フー自身はモテたいなんて一ミリも思ってないんすけど。


「お兄ちゃんと遊んでるのが一番楽しい、だからね。氷川は姉貴と弟とは仲良いけど、一番ではないなあ」

「ボクは一人っ子なんで、よくわからんっすね。でも、フーはマジで先輩以外の男子にはまるで興味ないっすよね」


「男子に興味ないって女子はたまにいるけど、たいてい見栄張ってるだけだよね」

「単に奥手だったり、モテないのをごまかしてるだけだったりっすねえ」

「ふーたんの場合はマジだから。マジで先輩以外の男子に興味ないから」

「我らが親友は、ホントに変わってるっすね」


 正直、中三にもなって男子に興味ないのはかなり珍しいっす。

 ボクも男の子と付き合ったことはないけど、好きな男子はいるっすからね。


 まあ……まあ、向こうは微塵もボクの気持ちに気づいてないっすけど!

 あの野郎、ボクって割とあからさまなのに!


 いや、気づかれちゃ困るところもあるんで、鈍くていいのかも。


「ま、ふーたんが恋愛の悩みがないのはマジで羨ましいかも」

「あー……幸せなことかもしれないっすね」


 我が親友、ヒカも恋をしている。

 お相手が誰なのかも知ってるけど、ボクもそこは追及しない。


 お互い、難しい恋をしている身だから。



 氷川琉瑠――ヒカとそんな話をしていたのが、ほんの二ヶ月ほど前。

 今は六月、衣替えで制服も半袖になった。


「はぁ……フーは元気にしてるっすかねえ」

「毎日LINEはしてきてるけどね」


 休み時間。

 ボクとヒカは、教室に一つだけある使われていない机の周りに立っている。

 転校してしまった桜羽雪季の机――


「LINEのやり取りが続いているうちは、まだええんやけどね」

「うっ……ヒカ、嫌なこと言うっすね」

「でも、覚悟しといたほうがいいよ、レイ。こういうやり取りは、少しずつ疎遠になってくもんだから」

「ボクだって、それくらいわかってるっすよ」


 これでも十五年の人生で友達が引っ越したりして、酸いも甘いも噛み分けてるっす。


「ぜーったいに、疎遠になんかならないっす! こっちからLINE送りまくれば、フーなら間違いなく返事くれるっすから!」

「やってることはストーカーやん」

「うるさいっすよ、レイ! レイもメッセージを毎日欠かさず! 毎日欠かさずに送るんすよ!」

「そんなもん、氷川もやっとるわ!」

「さすがヒカ! フーがボクらを忘れたくても忘れられなくしてやるんすよ!」


 一応、ボクら受験生なんだけど、メッセージを送るくらい余裕。

 そもそも、優等生のヒカは受験なんて鼻歌まじりでクリアできるし。


 ボクのほうは、ちょっと微妙。

 無理めではないけど、受験生としてそれなりに頑張らないと合格できない。


 それは、よーくわかってる。

 昨日、両親にも受験のために“ある提案”をされたばかり。

 だから、わかってはいるんだけど。


「ヒカ、夏休みになったらフーの家に行かないっすか?」

「氷川から言おうかと思ってた。けどヒカ、いいん?」

「あはは、何日か勉強サボったってたいして変わんないっすよ。フーの家、避暑地にあるんすよね。今年の夏は、優雅に高原で避暑とシャレこむっす!」

「行こう、レイ!」

「行くっす!」


 そういうことになったっす。



 そんなこともありつつ、放課後。

 ヒカの家はカフェで、今日は手伝いをするとかで、ボクは寂しくおひとり様。


 そりゃ、フーとヒカ以外にも友達はいるけど、たまには一人もいいっすね。

 そして、やってきたのはショッピングモール“エアル”。


「いらっしゃいませ!」

「…………」


 なんとなく、フーがよく通ってたゲームショップに入ってみたら。


 なんすか、このやべぇくらい美人のお姉さんは?

 ゲームショップじゃなくて、オシャレな服屋さんに勤めたほうがいいのでは?


 女子大生かなー?

 かっこいいなあ、ガチ美人っすねえ。

 ボクもあと5年くらいで、こんなに大人っぽくなれるんすかね?


「あの、なにかお探しですか?」

「あ、いや、えーと……」


 しまった、まじまじと店員のお姉さんを眺めてたっす。


「なんか、おすすめのゲームとかあるっすか?」

「そんなこと訊かれたの初めて。服屋みたい」


 しまった、失敗っす。

 確かに、ゲームショップでオススメを訊くなんて珍しいかも。


「いえ、失礼しました。新作コーナーがこちらになります。このあたりが、最近人気の作品ですね」

「あ、ご親切にどうもっす。あとは大丈夫なんで」

「はい、ごゆっくり」


 お姉さんはにっこり笑って、レジのほうへ。


 ふえー……まるでフーみたいな挙動不審っぷりでした。

 フーは大人っぽくて陽キャ感強めなのに、実は人見知り強いんすよね。


 ボクは別に大人が苦手じゃないんすけど、あの人は美人すぎたっす。

 名札には“陽向ひなた”って書いてたっすね。


「ふーん……」


 陽向さんに案内してもらったのはいいけれど。

 実はボク、ほぼゲームしないんすよねえ……。

 最新のゲーム機も持ってない。


「あ? なんだ、見覚えのある奴がいると思ったら」

「は? うわっ、先輩じゃないっすか!」


 背後から現れた、うすらデカい男の人は――

 なんとぉっ、桜羽春太先輩!


 先輩、先輩っ、せんぱぁいっ、せぇぇぇんぱぁぁぁぁいっっっ…………!


 おっと、興奮しすぎっす。

 落ち着け、ボク。


「珍しいな、冷泉がゲームショップにいるなんて。おまえ、ゲームしないんじゃなかったか?」

「ええ、気分転換に少し遊んでみようかと」


 先輩が、ボクがゲームをしないことを覚えててくれただけで嬉しい。

 もしかしなくてもボク、チョロすぎっすか?


「先輩こそ、どうしたんすか?」

「俺、ここでバイト始めたんだよ。いや、今日はシフト入ってなくて、客として来たんだけどな」

「バイトぉっ!? マジっすか!」


 確か、先輩のお家はアルバイト禁止だったはず……。

 そうか、でもお母さんがいなくなったから、状況が変わったわけっすか。


「へへー。じゃあ、バイトさんにオススメのゲームソフトを選んでもらっちゃいますかね」

「服屋じゃないんだぞ。冷泉の好みも知らんのに」

「だったら、ボクの好みを知ってほしいっす」


 好みのタイプとかも教えたいけど、がっつきすぎっすかね。


 つーか、棚ぼたで放課後にデートできるとか、日頃の行いが良いおかげっすね。


「……ん? ちょっと待つっす」

「なんだよ、冷泉?」

「先輩、ここでバイトしてるってことは、あの陽向とかいうお姉さんと一緒に労働を?」

「美波さんに会ったのか。ああ、先輩だからな」

「み、美波さん……!」


 ボクのことは素子ちゃんじゃなくて、いつまでも苗字呼びなのに……!

 予想もしなかった伏兵がこんなところに!


「せ、先輩! すみません、急用を思い出しました! 失礼するっす!」

「え? ああ、気をつけて帰れよ」

「優しいっ!」


 ボクは叫んで早足に店内から出る。


 やべぇ、先輩のすぐそばにあんな美人のお姉さんがいるなんて。

 合コンに明け暮れる世慣れた女子大生の手に掛かれば、先輩なんてチョロいもんっす!


 これは一刻の猶予もない。

 そうなると――この手しかない!


 ボクはスマホを取り出し、通話ボタンを押す。


「あ、お母さん? この前言ってた家庭教師の話なんだけど――」

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