特別編4話

「おや、今日もお迎え? いいご身分だね。じゃーねー、サク」

「お疲れでした、美波さん」


 エアルの正面出入り口。

 そこにいたのは、デカい男と色っぽいお姉さん。


 お姉さんのほう――女子大生は、あたしに手を振って歩いて行った。


「あらら、ハルってば今日も女子大生のおねーさんと仲のよろしいことで」

「別にそんなんじゃねぇよ。美波さんは、誰にでもフレンドリーなんだよ」

「そうかなあ? ハルには態度が違うような気もするけど」


 じーっと睨んでやると、ハルは困ったような顔をする。

 多少、自覚はあるみたい。


 もうちょっとイジめて自覚を促すべきかな?

 この男……背の高い雪季ちゃんとか、美人女子大生さんとか、大人っぽい女に弱い説。


「痛っ、なんだよ、晶穂」

「んーん、別に」


 軽く脚を蹴ってやると、睨み返してきた。

 痛くなんかないくせに。


「つーか、どうしたんだよ。マジでお迎えか?」

「今日は六時に上がりだっつーから、来てあげたんだよ。このまま帰るのも、もったいないでしょ?」

「いや、別に。帰ってメシ食って、ゲームしたいし」

「素直じゃないなあ、ハルは」


 コンコンと、また軽く脚を蹴ってやる。


「今日は午前中に引っ越しのバイト、午後からゲームショップでバイトのハシゴだったんでしょ? お疲れのハルに、ご飯でも奢ろうかと」

「メシ? わざわざそのために?」


 今は、夏休みの真っ最中。


 だけどハルは、ほとんど毎日のようにバイトに熱中している。

 ゲームショップでのバイトに加えて、キツそうな引っ越しバイトまで。


 このクソ暑い中、肉体労働とか本当によくやるなあ。


 カノジョとしては、可愛い顔を見せて癒やしてあげないとね。


「無理矢理にでも押しかけないと、全然会う暇もないじゃん?」

「まあ……そうだな」


 まあ、じゃねぇよ。

 一応、あたしらって付き合い始めたはずなんだけどね。

 どうも、ハルの野郎はその自覚が薄そう。


「ハルがぶっ倒れたら困るからね。今日は肉を食わせてあげよう!」

「肉?」

「つーか、あたしが! あたしが肉が食べたいんだよ!」

「それで誘いに来たのかよ。晶穂はアホほど友達いるだろ」


 こいつ、やっぱり付き合ってること忘れてない?

 まったく……。


「ウチの友達、みんな意識高くてさ。焼肉より、映える見てくれだけの料理ばっか食べたがるし」

「晶穂も一応U Cuberなんだから、そっちでバズらせたらどうだ?」

「あたしは音楽でバズりたいの。しかも友達みんな、夏だから身体絞ってんだよね」

「ああ、なるほどな」


「それに人数多いと、肉の取り合いになるじゃん。予算は限られてんだよ」

「意外に細かいこと気にすんだな」

「あたしも一人焼肉をやる度胸はないけど、二人ならいいかなって」

「けっこう食い意地張ってんな……」


 なんとでも言うがいいさ。

 あたしが恥をかいてでも、ハルにちゃんとスタミナつけさせて、倒れないようにしないと。


 五月頭にあの子がいなくなってから。

 ハルは明らかに生活が雑になって、食事も適当になってるからね。

 まったく、世話の焼ける男だよ。



 というわけで、密かに予約を入れておいた焼肉屋さんに移動。

 予算も我が母――魔女からぶんどってきた。


 友達と焼肉食いたいって言ったら、あっさり万札よこしてくれたし。

 ボロいアパートに住んでる魔女は、ケチなのか気前がいいのかわかんないね。


 まあ、ウチの母はなんだかんだであたしに甘い。

 あたしのギターを嫌がってるけど、「ギター買って」ってせがんだらブツブツ文句言いつつも買ってくれたんじゃないだろうか。

 だからこそ、魔女に頼らずに友達のお下がりを安く買ったんだけど。


 いや、魔女のことはいいや。


「えーと、特選カルビとハラミ、ロースと……あ、ネギタン塩も。あと、ライスの中盛りとたまごスープもください。晶穂もライスいるよな。中、小?」

「あ、ライスの中とたまごスープは二つずつください」


 ハルに注文してもらい、あたしが追加する。

 なんとなく、注文はお任せしてしまった。


 けっこう大量に注文しちゃってるけど、予算的に問題はない。

 ハルは身体が大きい上に肉体労働をしているので、よく食べるだろう。


 もちろん、疲れすぎてご飯が喉を通らないような可愛げは、この男にはない。


 お肉が来て、さっそくジュージューと焼いては食う。

 うーん、安いチェーン店だけど充分に美味い。

 あたしもハルも、ろくに物も言わずにハフハフと肉を味わう。


 ホント、付き合ってるとは思えない色気より食い気っぷりだね、あたしたちは。


「はー、お肉うめぇー。生きてるって感じするよね」

「晶穂、ちょっとイメージ変わったな。最初はもっとエキセントリック――じゃない、クールな感じだったのに」

「焼肉の前でクールでいられるヤツがいるだろうか?」

「まあな」


 なんだかんだで、あたしとハルは割と気が合う。

 よく見ると、ご飯の食べ方まで似てる気がする。


「ほら、晶穂、これ焼けてるぞ。こっちも。あ、ライスがもうないな。小ならまだ入るか?」

「あ、うん」

「すみませーん、ライスの中と小を一つずつ。あと、ロースとナムル盛り合わせもください」


 それにしても、この男……。


「晶穂、他になんかいるか?」

「ううん、いいけど……ハル、テキパキ注文するよね」

「え? ああ、家族で焼肉食いに行くと、俺が注文してたからな。焼くのも担当してたし」

「なるほどねー」


 妹の世話を焼いてきたから、慣れてるってわけだね。

 雪季ちゃんは意外と人見知りで、人前だと陰キャモードになるみたいだし。


 今は雪季ちゃんが母親と引っ越して――

 世話を焼けない分、あたしの世話を焼いてるのかな。


 それでも、ハルはまさかあたしが――なんて夢にも思ってないんだろうな。


月夜見つくよみ家は家族焼肉とかも全然行かないからさ。こういう機会は貴重だね」

「まあ、ウチも外食といえば焼肉より寿司、みたいなトコあったな……」


 ハルが、ぼそりとつぶやいて遠くを見るような目をする。


「妹が――魚好きだからな」


 妹、か。

 まだあの子がいなくなったショックから抜け出せてない。

 あたしも、無理に抜け出させようとは思わない。

 あたしはあたしらしく振る舞うしかない。


「ふーん、あたしもお寿司は好きだけどね。特に、ウニとイクラかな」

「俺とまるっきりかぶってんな」


 あはは、と笑いつつあたしはドキリとする。

 偶然なのはわかってるけど、好きな寿司のネタがかぶってるなんて。


 いやいや、本当にただの偶然。

 深く考える必要はない。


「ねえねえ、ハル」

「ん?」


「やっぱさー、二人で焼肉食うカップルって精力つけて夜はたっぷりお楽しみ、なのかな?」

「ぶっ……!」

「あー、最後の特選カルビがもったいない」

「お、おまえが変なこと言うからだろ!」


「あたしら、高校生だよ? 中学生でも別におかしな話じゃないし」

「い、いいから肉に集中させろ。せっかくの肉がもったいないだろ」


 ハルも、普通に女の子好きだと思うけどな。

 本人、気づかれてないと思ってるだろうけど、あたしの胸、よくガン見してるし。

 そういや、夜道で送ってもらったとき、おっぱい揉まれたっけ。


「まあ、そういうことは……高校生とか中学生とか関係なくて、俺らのペースで進めることだろ」

「あたしはマイペースだけど、割とせっかちだからね?」

「そういうの、がっつくのは男のほうだと思うが……」


「おいおい、ハル。女子を天使かなんかだと思ってんの? 男子ほどあからさまじゃなくても、性欲ってもんがあるんだよ」

「そ、そうか……」


 意外に、ハルがエロい話題で怯むの面白い。

 もうちょっとイジってやりたいけど、この辺が限界か。


 でもまあ……。

 そう遠くないうちに、になりそうな気がする。


 あたしとハルが、そんな関係になっちゃっていいのか――?


 そんなもん、考えてられない。

 なるようにしかならないよね。


 あたしとの本当の関係を――ハルがいつ知ることになるのか。

 それも今のところ、成り行きに任せようと思ってる。


 もしかしたら、一生バレないかもしれないし。

 逆に、明日にでもバレるかもしれない。


 成り行きに任せるっていうより、あたしのほうからバラす覚悟がないだけだ。

 ハルと一緒にいられる時間が楽しすぎるからだろうね。


「なんだよ、晶穂。ニヤニヤして」

「ううん、なんでも。もっかい、特選カルビもいっとく?」


 ハルの返事を待たずに店員さんを呼んでしまう。

 冗談抜きで、ハルにスタミナつけすぎたら今日にでもあたしたちは――


 もしかしたら、もしかしたら。

 


 お兄ちゃんと――こんなつもりじゃなかったのに。

 あたしはいつまで、自分で自分に言い訳し続けるんだろう?



 というわけで特別編はここまでです。

 ゆるーいお話でしたが、いかがでしたでしょうか。

 ヒロイン視点のお話も新鮮で楽しいですね。


 そして、5月10日に書籍版1巻が発売されました!

 続けて6月10日に書籍版2巻が発売されます!

 1、2巻ともによろしくお願いします!


 2巻発売時にもまた特別編をやりたいなあ……と思っています。

 楽しみにしていただけたら、嬉しいです。

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