第45話 妹はお兄ちゃんと寝たい
「お兄ちゃーん」
「ん?」
「お茶、淹れ直しましょうか?」
「え? あ、ああ」
食事前に雪季が淹れてくれたお茶は、湯気がまったく立っていない。
ぼーっと寿司を食べている間に、冷めてしまったらしい。
「もしかして、どこかでお食事してきたんですか?」
「いや、全然。ちょっと晶穂のところに寄って、お茶を飲んだくらいだ」
「晶穂さんのところだったんですか。それはいいですけど、遅くなるなら、ちゃんと私に連絡くださいよ?」
「ああ、悪かった」
春太は、雪季が淹れ直してくれたお茶をずずっとすする。
さすが、熱すぎずぬるすぎずにちょうどいい湯温、濃さだ。
雪季はこの世の誰よりも春太の好みを知っている。
春太は、予定よりだいぶ遅く家に帰り着いた。
ずぶ濡れだったので、まず熱いシャワーを浴びてから、リビングで父親が買ってきていた寿司を食べているところだ。
もちろん、雪季と父親はとっくに食事を済ませている。
雪季は風呂も済ませていて、ピンクのパジャマにベージュのカーディガンを羽織っている。
もう10時になっているので、父親は自分の部屋にいるようだ。
「ごちそうさま。美味かった」
「あはは、パパはずいぶん奮発しましたね。大鳥寿司さんの持ち帰りですよ」
「そりゃ、高かっただろうな」
雪季が口に出した店名は、この近所にある老舗の寿司屋だ。
文句無しに美味いが、値段もなかなかなので、桜羽家ではめったに食べに行けない。
「でも、時間経っちゃったので、味は落ちてましたよね。大丈夫でしたか?」
「ああ、全然大丈夫。ウニとイクラも美味かった。中トロと赤身はどうだった?」
「ふわわ……最高でした……♡」
うっとりと夢見る目をする妹。
大好物の寿司のおかげで、かなりご機嫌はいいようだ。
「受験に合格したら、大鳥寿司さんのカウンターでマグロ尽くしコースを食べたいですね」
「いやいや、もっと高望みしてくれ。父さんも、どこでも好きなところに旅行に連れて行ってくれるよ」
「そんなワガママ言っていいんでしょうか?」
「いいに決まってるだろ。なんなら、父さんと俺と三人で旅行。母さんと俺と三人で旅行。仕上げに俺と二人で旅行でもいいぞ」
「わー、凄い三段構えですね」
雪季が、あははと楽しそうに笑っている。
さすがに三回とはいかないだろうが、兄として受験の打ち上げ旅行には連れて行きたい。
「あ、氷川と冷泉と一緒に卒業旅行にも行ってくるか? 金なら俺が出すよ」
「中学生って卒業旅行行くんですかね?」
「俺は松風たちと遊園地行っただろ。日帰りだったが」
「あ、そうでした。お土産でもらったキーホルダー、お家の鍵につけてますよ」
「一緒に行った女子たちには、“妹へのお土産にキーホルダーw”って笑われたけどな」
「えーと……卒業旅行、女の子も一緒だったとは聞いてませんけど?」
唐突に、妹の目がすっと細められた。怖すぎた。
「い、いや、ただのクラスメイトとバスケ部の連中だよ。やっぱり男だけじゃ盛り上がらんってことでな」
「……別に、普通に言ってくれたら私も気にしませんけどね」
じとーっと、半開きの目を向けてくる雪季。
春太は無駄に口を滑らせたようだ。
「あ、氷川たちと卒業旅行に行くのはいいが、女子だけにしとけよ」
「今のお話のあとでそんな条件をつけられる心臓の強さ、嫌いではありません」
ますます、雪季の大きな瞳が細くなっていく。
「心配しなくても、ひーちゃんもれーちゃんも男の子は連れて行かないと思います。二人とも、その……好きな人がいるみたいなんですけど、同じ学校じゃないみたいなんですよね。誰なんでしょう……?」
「さぁな……」
春太は、雪季の親友である氷川が好きな相手が松風だと知っている。
というより、氷川は隠し切れていない。
雪季が気づいてないのは、少々驚きだが。
ただし、冷泉にも意中の相手がいるのは初耳だ。
冷泉は眼鏡が似合うなんちゃって文学少女だが、あのふざけた後輩にも乙女心というものがあるらしい。
「あっ、勝手にこんな話をしちゃダメですよね。すみません、お兄ちゃん。忘れてください!」
「わかってる、わかってる」
雪季は、ぽろっと友人の恋バナを漏らしてしまったのを悪いと思っているらしい。
春太にしてみれば、その程度は別にかまわないと思うが。
「氷川とは全然会わねぇし、冷泉は家庭教師のときも勉強と雪季の話しかしないからな」
「私の話、というのがとても気になりますけど……」
元々、春太が冷泉の家庭教師をしているのは、遠方に住んでいた頃の雪季の話を共有するのも目的だった。
今はその必要はないが、冷泉が学校などで撮った雪季の写真を見せてもらい、解説も加えてもらっている。
「雪季、いくらなんでも中三になって
「私の過去イチの失敗がバレてます!?」
雪季は、今度は大きな瞳を見開いて驚愕している。
ちなみに冷泉は、英語の教科書を手に恥ずかしがっている雪季の決定的瞬間を隠し撮りしていた。
なかなか使える後輩だった。
「れ、れーちゃんめ……どうせお兄ちゃんにチクるならもっと可愛い失敗を……! ケーキを食べたらほっぺに生クリームがついてたとか!」
「そんなの面白くもなんともないだろ」
「私、自分に面白さは求めてないんですけど……」
雪季が、ずーんと落ち込んでいる。
この妹はなにをやっても可愛いので、失敗くらいはドンドンしてほしいくらいだった。
「あれ? なんの話をしてたんでしたっけ?」
「雪季が無事に高校に受かったら、お祝いに二人で旅行しようって話だよ」
「……本当に二人きりですか?」
「母さんのところに行こう。合格祝いを直接催促してやろう。俺の進級祝いももらえるかもな」
「あ、そういう……って、ズルいですよ。お兄ちゃんが進級するなんて当たり前じゃないですか。お祝いは、私だけがいいです!」
「そういうところはどん欲だな」
ははは、と春太は笑って、残っていたお茶を飲みきる。
「ふう……お茶も美味かった。わざわざありがとうな」
「そんなこと。お寿司にはちょうどいい濃さのお茶を淹れないとですね。濃すぎるとお寿司の繊細な味が飛んでしまいますから」
「なるほど、そういうもんか。気にしたこともなかった」
春太が回転寿司でお茶を飲むときなどは、適当に粉末を放り込んでいる。
雪季は本当に細かいところにまで気がつく。
「お兄ちゃん、今日はお疲れでしょう。ゲームせずに、早めに寝たほうがいいですよ」
雪季は手早く湯飲みを洗い、居間に戻ってきた。
春太は、ぼんやり眺めていたTVの電源を切る。
「そうだな、今日は予定以上に盛りだくさんだったな」
本来は墓参りに行って、帰りに雪季と遊ぶだけのつもりだった。
そこにバイトが入り、さらに晶穂の家に行って――魔女とも会ってしまった。
晶穂の家に行ったのは自分の意思だが、バイトと魔女との遭遇は不可抗力だ。
「……よし、今のうちにCS64のランク上げを……」
「おいこら、勉強は……休みでもいいが、ゲームは1時間にしとけよ?」
「あ、聞かれてました! いえ、やめておきます……私も少し疲れましたし」
「雪季は体力もないもんなあ。受験終わったら、俺とジムにでも通うか?」
「ジ、ジムデートというヤツですか。楽しそうですけど、運動は楽しくないジレンマが」
「本気で嫌そうだな。ま、考えておいてくれ。今日は……寝ることにするか」
「そうしましょう、そうしましょう」
リビングの灯りを消して二人は二階に上がった。
春太は父親と話したくはあったが、おそらく父親はもう寝ている。
普段、帰りが遅い父親は日曜くらいはゆっくり眠りたいらしく、就寝が早い。
父親に言いたいことがたくさんあっても、毎日朝早くに起きて夜遅くに帰ってくる父親の睡眠を邪魔するのは気が引ける。
「雪季、今日は勉強しなくていいからな。頭を休めて、明日からまた頑張ろう」
「は、はい。頑張りたくないですが、頑張ります」
雪季は嫌そうにしながらも、こくんと頷いた。
「お兄ちゃん、じゃあおやすみなさ――」
「なあ、雪季」
「はい?」
「今日は一緒に寝るか」
「…………っ!?」
雪季が、文字どおりぴょこんと跳び上がった。
「わ、私は全然いいですけど、パパにバレたら……」
「バレたってかまうもんか。一緒に寝るだけだろ」
もちろん、春太は高校生と中学生の兄妹が一緒に寝ることが普通だとは思っていない。
「雪季がバレたくないなら、仕方ないが……」
「い、いえ、待っててください。ちょっと準備を!」
「準備?」
春太は首を傾げたが、雪季はさっさと自分の部屋に飛び込んでしまう。
とりあえず自室に入り、ベッドに横になってスマホをいじっていると――
「お、お待たせしました!」
「なんだ、枕持ってきたのか」
部屋に入ってきた妹は、お気に入りのピンクの枕を胸に抱えていた。
「い、いえ、まだここからです」
「え?」
「ちょっと失礼しますね、お兄ちゃん」
雪季は枕を春太に押しつけると、ベッドの上に座った。
よく見ると、雪季の手元には薄っぺらいワンピースのようなものがあった。
枕と一緒に持っていたらしい。
「これ、いつ着るか悩んでましたが、今こそそのときですね」
「なにを大げさな……って、なんだそれ?」
「ベビードールというヤツです」
雪季は、手に持っていた服をぱっと掲げてみせた。
なにやらフリフリがついていて、透き通ったピンク色の服だった。
「再び失礼します」
雪季は決意したように言うと、ピンクのパジャマの上をさっと脱いだ。
その下、Dカップの胸を包むブラジャーもまたピンクだった。
元々、雪季は白かピンクか水色の下着しかつけない。
「んっ」
雪季はさらに、パジャマの下も脱いで床に放り出す。
当然ながら、パンツもピンクだった。
「あ、べ、別に変な意味で買ったんじゃないですよ? これ着て勝負を仕掛けようとか、そういうわけではなく! 可愛いから買ったんです!」
「はぁ……」
きょとんとする春太の前で、雪季はピンクのブラジャーを外した。
ぷるん、と中学生にしては大きな胸があらわになる。
乳首の色も、可愛らしいピンク色だ。
それから、雪季はベビードールを頭からかぶった。
あちこちフリフリがついているだけでなく一部が透き通っていて、パンツがほぼ丸見えだ。
胸の谷間もあらわで、丈が短いので透けてなくてもパンツが普通に見えてしまいそうだ。
「おまえ、そんなエロい寝間着を持ってたのか……」
「わ、私が選んだんじゃなくて! ひーちゃんが“桜羽先輩が喜ぶよ”って言って強引に買わせたんです!」
「なにをしてんだ、氷川は……冷泉もいたんだろ、あいつは止めなかったのかよ」
「れーちゃんはもっとえっちなベビードールを買ってました」
「それよりエロいのって、想像つかねぇんだが」
「想像しないでいいです。れーちゃんも、お兄ちゃんに見せるわけでは――そういえば、一度はウチに泊まり込みでお兄ちゃんにカテキョしてほしいって言ってたような」
「まさか、泊まりに来てベビードールは着ないだろ、冷泉も」
と言いつつも、冷泉はなにをやらかすかわからない。
警戒の必要がある。
「つーか、雪季もその格好はちょっと……」
「せ、せっかくですから」
なにがせっかくなのか説明せず、雪季はベッドにゴソゴソと潜り込んできた。
「そもそも、寒くないのか?」
「すみません、もの凄く寒いです」
「だろうな……」
春太の部屋もエアコンで暖房を効かせているが、さすがに11月に肩も足も剥き出しのベビードールは寒いだろう。
「ほら、ちゃんと布団かぶれ」
「は、はい……あと、抱きついていいですか?」
「許可はいらないだろ、そんなの」
「はい♡」
ぎゅーっと雪季が抱きついてくる。
すっかり成長したおっぱいも、わざとやってるかのように強く押しつけられている。
中学三年で、この立派な胸だ。
まだまだ成長していくのではないだろうか。
「ちゅーも……許可はいらないでしょうか……んっ♡」
春太は返事をせずに、黙って妹にキスした。
小さな頭を抱えこむようにして、ちゅばちゅばと唇を味わう。
「んっ、んんっ……♡」
雪季のほうも舌を差し出してきて、春太はそれに自分の舌を絡めていく。
妹の甘い唇と、熱い舌をたっぷりと味わい――
「きゃっ……」
ベビードールの薄い布地越しに小ぶりな尻を撫で回し、ときにはがしっと掴んでその柔らかさと弾力も味わう。
「お、お兄ちゃん……今日はちょっと手つきがえっちすぎませんか……?」
「ダメか?」
「い、いえ……好きにしてくれていいんですけど……私、カノジョじゃなくて妹ですよ?」
「そうだったな……」
その妹という単語が、やはり今の春太には胸に刺さるかのようだった。
「そうですよ……んっ、んんっ……♡」
春太はまた雪季の甘い唇に口づけ、むさぼるように味わい尽くして――
「血が繋がってなくても、私は妹……ですからね。カノジョにはなれませんからね」
「……いつまで、雪季は妹なんだろうな」
ふと、春太はそんなことをつぶやいた。
雪季は、きょとんとして不思議そうに首を傾げ――
「私はずっと妹ですよ。でも……」
ちゅっ、と雪季のほうからキスしてくる。
「もしも、お兄ちゃんが……私の全部をもらってくれるなら……」
「…………」
最後まで言わずに、雪季は表情を隠すように春太の胸に顔を埋めるように抱きついた。
しっかりと抱きついたまま、離れようとしない。
「変なことを言って、悪かった」
「…………」
雪季は顔を埋めたまま、首を振ったようだった。
今は――カノジョである晶穂より、雪季のほうが付き合える可能性が高い。
血の繋がりはないし、今は苗字すら違っている。
雪季が妹なのは、物心ついた頃から築き上げてきた兄妹としての時間があるからだ。
その時間は、遺伝子や社会的な立場を越えるものだろうか。
もしも、春太と雪季がその気になれば、付き合うことも――
先走りすぎるようだが、結婚すら可能になるのだろうか。
春太には、まるで判断がつかないことだった。
血の繋がった母の墓、血の繋がった妹の晶穂、晶穂の母の魔女――
それに、抱きついているベビードール姿の妹。
春太には、彼を惑わせるものが多すぎるようだ。
一番大事なものはなんなのか、と言われたらそれは即答できる。
だが、その答えが誰かを傷つけることもわかっている。
春太には誰かを傷つけても貫きたい想いがある――などと、綺麗事は言えそうにない。
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