第15話 妹は眠れるはずもない

 カーテンの隙間から、月の光が差し込んできている。

 春太はベッドに入ったはいいものの、眠れずにいた。


 両親から離婚の話を切り出されて、まだ丸一日経っていない。

 父と母は昼から仕事に出かけていったが、春太と雪季ふゆは結局学校には行かなかった。


 昼食は春太が買ってきたコンビニ弁当で済ませ、夕食は珍しく早くに帰宅した父親が近所のカレー屋でテイクアウトしてきてくれた。

 今日一日、雪季とはほとんど会話していない。

 昼飯はどうするか、くらいしか話さなかったのではないか。


 一日中、春太はリビングに、雪季は部屋に籠もっていた。

 俺は今日、なにをしてたんだっけ?

 思い出そうとしても、なにも浮かんでこなかった。

 適当にスマホをいじったり、TVを観たりしたはずだが、記憶にない。


 夕食を済ませると母が帰ってきたが、特に話はしなかった。

 考えてみれば、この人とも血は繋がっていないんだ――

 そんなことを思ったが、口には出さなかった。

 母は普段どおりに振る舞おうとしていたが、春太のほうがいつもどおりの会話などできるはずもなく。


 春太も雪季もさっさと風呂も済ませ、夜十時前に揃ってベッドに入ってしまった。

 いつもなら、春太は十二時過ぎまでは起きているし、雪季が就寝するのはその一時間ほど前だ。


 二段ベッドの下からは、雪季がモゾモゾしている気配がする。

 おそらくだが、彼女もまだ眠ってない。


 当たり前だ、寝られるわけがない。

 あんな話を聞かされてぐーすか寝られるほど、雪季は神経が太くないのだ。

 たとえ妹でないとしても――春太は、雪季のことを誰よりも知っている。

 そんな前置きをするのは、不愉快でしかないが。


「……お兄ちゃん」

「わっ」

 と思ったら、二段ベッドのハシゴのところからひょこっと雪季の顔が出てきた。

「ごめんなさい、ちょっといいですか?」

「な、なんだ?」

「あの……眠れないんです」

「そうか」

 春太はベッドの上で身体を起こした。

 妹がなにを言いたいのか、察しがつく。


「じゃあ、ちょっと散歩にでも出るか。父さんたちにはバレない……いや、バレたってかまわない」

「はい」

 雪季は、無表情でこくりと頷く。


 春太には、雪季が考えていることがよくわかる。

 ベッドで悶々としているより、外にでも出て気晴らしがしたい。

 春太もまったく同じ気持ちだった。



 春太は床に下りると、クローゼットからパーカーとジャージを取り出す。

 パジャマ代わりのTシャツとハーフパンツを脱ぎ捨て、素早く着る。


「……ん?」

 ふと、横を見ると――

 雪季が掛け布団にくるまって、ゴソゴソしていた。

 ピンクパジャマの上を脱ぎ、裸の肩がちらりと見えた。


「…………」

 春太はスマホを見るフリをする。

 SNSもソシャゲもどうでもいい。

 どんな情報やネタ話にも関心はないし、ゲームも興味を持てない。


「んっ……」

 雪季は今度はパジャマのズボンを脱いでいるところだった。

 掛け布団が邪魔になったのか、はねのけながらズボンを脱いで放った。

 白いパンツもちらりと見えてしまっている。

 今日は慎ましく、春太に見えないように着替えているが、結局隙だらけだ。


 剥き出しの華奢な肩に、白いパンツ。

 そんなもの、春太は毎日のように見てきた。

 毎日見てきて、特になんとも思わなかった。

 いや、可愛いしエロいとは思っていたが――今はそんなことを思ってはいけない。


「あ……」

「ん?」

「お、お兄ちゃん……すみません、私の着替えを取ってもらえますか?」

 あらためて布団にくるまったまま、雪季がおずおずと申し出てきた。


「……適当に選ぶぞ」

 共用のクローゼット、春太は雪季の服もどこになにがあるかはわかっている。

 服を脱ぐまでは春太に隠れてやったはいいが、着替えを先に用意するのを忘れたらしい。

 いつもなら服を脱いで、半裸のままでクローゼットから新しい服を取り出せばよかったのだ。


「ほら、雪季」

「あ、ありがとうございます……」

 雪季は服を受け取ると、ぱっと掛け布団の中に完全に潜り込んでしまった。


 隠されていた事実を知って、まだ心の整理などついてないだろう。

 あんな話を聞かされて、春太の前で堂々と着替えられるはずもない。

 雪季は春太の前では常に気を抜いていたせいか、まったく隠せていないが。


「あの、お兄ちゃん……」

「どうした?」

 ぴょこっと布団から顔を出した雪季が、申し訳なさそうな表情をしてる。

「ジャージじゃなくて、ハーフパンツを取ってもらえませんか? ピンクのラインが入ったヤツ……」

「……夜はまだ冷えるぞ」

 こんなときでも、雪季はファッションでは譲れないものがあるらしい。


 少しはいつもの雪季らしい姿を見られて、安心しつつも――

 やはり、これまでの日常が消えてしまった寂しさのほうがはるかに勝る。

 散歩に出る準備だけで、こんなに感傷的になるとは――


 春太は、雪季を散歩に誘ったことを少しだけ後悔しそうだった。

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