第4話 妹はからかわれたくない
「あはは、やっぱ
「ちょっとねー。
「だろだろ。中学の頃とか、こいつ毎日妹と一緒に登下校してたしよ」
「おい、北条……」
「なんだよ、松風。別にいいじゃん。桜羽たちだって堂々としてたんだし」
さすがに女子や北条たちの無遠慮さを見ていられなくなったのか、松風が止めに入ってくれた。
余計なことを言えば、この手合いは余計に面白がるだけだ。
自分だけのときならケンカしてもいいが、今は
あまり荒っぽいところは妹に見せたくない。
「まあ、キモいけど――」
と、不意に晶穂がまた口を開いた。
「妹がこんだけ可愛かったらシスコンになるのも当然じゃない?」
「…………」
しーん、と女子たちも北条も一斉に静かになる。
晶穂の口調が、意外なほどに強かったからだろう。
「ん? あれ、あたし変なこと言った?」
「い、いや……」
周りが黙っているので、仕方なく春太が答える。
「まー、可愛いからシスコンになるっていうのが余計にキモいかもしれないけど」
「
「どっちでもないよ。あたしは、思ったことを言うだけ」
晶穂は、ちゅーっとカップの飲み物を吸う。
春太は、晶穂が可愛いことと軽音部所属くらいしか知らなかったが、どうやらかなりマイペースな性格らしい。
「でもまあ、人の家のことを茶化すもんじゃないでしょ。誰だって、家族のことをわーわー言われたくないんじゃない? あたしん家だって、ちょっと人様に言えない話あるけど、なんならここで言ってあげようか? ドン引きするよ?」
「……………………」
ますます、ずーんと空気が重くなってしまう。
というより、この晶穂というJKが空気をまったく読めないようだ。
「そ、そうだ、俺らエネルギー補給に来たんだろ! フードコート行くぞ、フードコート!」
松風がわざとらしくハイテンションで言って、北条や女子たちを先導して歩き出す。
なぜか、晶穂だけは立ち止まったままだ。
「悪かったね、桜羽くん、妹さん。お邪魔しちゃったよね」
「……別に、慣れてるよ。北条も性格がクソなだけで、悪い奴じゃないしな」
「そういうのを悪い奴というのでは」
「ま、そうかな。シスコン呼ばわりも北条のクソさにも慣れてるってことだよ。月夜見さんも変なことに巻き込んで悪かったな」
「あたし、一人っ子だから仲の良い兄妹ってちょっと面白いよ」
「そこは憧れるとか言ってくれよ」
春太は苦笑し、晶穂も軽く笑う。
「別に憧れはしないから。嘘は言えないね」
「月夜見さんは少しは嘘も覚えるべきだな」
彼女がさっき言っていた“人様に言えない話”とやらは気になるが、そこは突っ込む場面でもないだろう。
「嘘ねぇ……ま、努力してみるよ。でもさ」
「うん?」
晶穂は春太ではなく、雪季のほうをちらりと意味ありげに見た。
雪季も軽く驚いて、きょとんとしてる。
「桜羽くんって、ちょっとデカくてもっとデカイ人とよく話してる人ってイメージだったけど」
「だいたい、そのとおりじゃないか。ていうか、見たまんまだな」
春太は教室では、ほぼ松風と一緒にいる。
晶穂とはほとんど話したこともないので、その程度のイメージしか持ちようがないだろう。
「イメージ変わったよ。びっくりするくらい可愛い妹がいる人ってイメージに」
「それってイメージっていうのか? まあ、シスコンじゃなくてなによりだ」
「や、シスコンはシスコンだけど。本人の前で何度も言わないよ」
「言ってる、言ってる」
真顔なので、晶穂は一応気を遣っているらしい。
「ああ、そうだ。あたし、月夜見晶穂」
「あ、桜羽雪季です。えーと、スノウの雪に季節の季で、“ふゆ”です」
「へえ、いい名前だね。あたしは――ほら、これあげるよ」
晶穂はカバンから小さな紙切れを取り出して、雪季に渡した。
「なんですか、これ? あ、名刺ですか?」
「そう。しょうがないから、桜羽くんにもあげよう」
「俺はついでかよ」
苦笑しながら、春太も名刺を受け取った。
名刺をもらうこと自体が始めてだが、まさか相手がクラスの女子だとは。
その名刺には、“AKIHO”と名前が書かれ、その横にピンクのペンで“月夜見晶穂”と本名が併記されている。
名刺自体は印刷なのに、本名は手書きだ。
「ツイッターとインスタのIDに……LINEのIDも手書きか」
「そ、本名とLINEは誰にでも教えないからね。その二つは信用できそうな人に渡すとき用に手書きにしてんの」
「U CubeのURLも書いてますね。月夜見さん、U Cuberやってるんですか?」
「晶穂でいいよ。雪季さん、よかったらチャンネル登録よろしくね。なにしろ、300人くらいしか登録されてなくてさ」
晶穂が照れくさそうに笑う。
春太もU Cubeくらいは見るし、300人は少ないこともわかる。
「月夜見さん――晶穂さんなら、もっとたくさん登録されそうですけど……どんな動画なんですか?」
「基本、歌だね。ほら、これ」
晶穂は肩に担いでいるギターケースをぽんぽんと叩いてみる。
「軽音はヘルプで、動画のほうがメインなんだよ。あたし、人前で歌うとか苦手で。でも、全然登録伸びないんだよね。やっぱ、おっぱいとか見せたほうがいいかな?」
晶穂は、ぽんと制服の上から胸を叩いた。
男子の間では密かに話題になっているが、晶穂は小柄な割に胸はかなり大きい。
今、春太たちのクラスの体育は男女ともにグラウンドで陸上をやっている。
晶穂が大きな胸をぶるぶる揺らしながら走っている姿は、男子の注目の的だ。
実のところ、春太もかなりチラ見している。
「桜羽くんも普段、あたしの胸、ガン見してるよね」
「ガン見じゃないって、チラ見くらいで……!」
「お兄ちゃん……」
「ああ、妹さんの信頼が崩れ去っていくのが見えるよ」
「…………」
春太は、妹のジト目にショックを受ける。
長年かけて築き上げてきた妹との関係も、崩れるのは一瞬らしい。
「なんてね。別に見られても減らないし、お好きにどうぞ。悪いと思うなら、チャンネル登録してね」
晶穂はニヤリと笑うと、手を振って去って行った。
松風たちとは別方向に行ったので、一人で帰るつもりかもしれない。
「……可愛い人でしたね」
「あんなクセのある奴だとは知らなかったな」
「おっぱいしか見てないから、わからなかったんですよ」
「おい」
「ま、お兄ちゃんも男の子ですからねー。私は理解のある妹ですよ」
「……そりゃよかった」
妹にまでキモいとか言われたら、立ち直れないところだった。
とはいえ、雪季は口先ほど気にしてないわけでもなさそうだ。
兄の性的な趣味嗜好などあまり知りたくないだろう。
「メシ行くか」
春太が自腹を切って、妹が好きな寿司でも食わせたほうがよさそうだ。
それで雪季の機嫌が良くなるなら安いものだろう。
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