幕間10※アーサー視点

デイジーの王太子妃教育が始まってから三週間が経過した。

もうすぐ私達の婚約披露パーティーが催される予定だ。

それなのに妃教育の方は進んでいないと報告を受けている。

デイジーは教育を真面目に受けておらず叱られると「私は王妃になる人間よ!貴女より偉いの!」と騒ぎ立てているそうだ。

王妃になるとしても今の彼女の立場は伯爵令嬢。対して教育を受け持ってくれているのは元公爵夫人に、侯爵夫人、現女侯爵など彼女よりも身分が上の者達だ。

教育が終わるたび、私の執務室にやってきては文句を嵐を起こし、最後は教育係を変えろと騒ぎ立てるデイジー。ハッキリ言ってちょっとだけ鬱陶しい。

ソフィアが抜けた分の公務の量が増えているのだ。彼女の相手をしていたら終わるものも終わらない。だから公務中の入室を制限させてもらった。

制限をかけた当初は執務室前で「入れなさいよ!」と騒いでいた彼女もいつの間にか来なくなり、落ち着いて公務に取り組む事が出来るようになっていた。

集中出来たおかげで溜まっていた公務が終わった後、私は四日振りくらいにデイジーに会う事にした。

王城に来ているという報告は受けているのでどこかにいるのだろう。


「居ないな…」


全く見つからない。彼女の教育係に聞いてみるが冷たく突き放される。

どうやら王太子妃教育の最中に逃げ出したらしく「どう教育を受けたらあんな風に育つのでしょうね」「ソフィア様が恋しいですわ」と愚痴を吐かれた。


「ソフィアか…。元気にしているのかな」


今も私を思ってくれているのだろうか。

私を思って泣いていないだろうか。


ソフィアの事ばかり考えていると文官達の執務室がずらりと並ぶ棟に辿り着いた。

もしかしたらデイジーは父親であるストーン伯爵のところに来ているのかもしれない。

そう思ったからやって来たのだ。


「ストーン伯爵、いらっしゃいますか?」


彼の執務室を訪ねてみる。


「ご機嫌よう、王太子殿下。どうかされましたか?」

「デイジーを見かけなかったですか?」

「娘を?すみません、見ていないですね」


伯爵にデイジーの居場所を聞いてみるがどうやらここには来ていないらしい。


「娘は上手くやっていますかな?」

「え、ああ、うん、頑張ってくれているようだよ」

「そうですか。家に帰ってくるといつも褒められたと言って喜んでいますからね」


上機嫌に話す伯爵を見て、私は苦笑いにする。

どうやらデイジーは屋敷で嘘をついているらしい。

流石に本当の事は言えないか。

彼女の気持ちが分からないでもない。彼女が父親に嘘をついている件に関しては放っておく事にした。


「もう帰っているのかな」


教育も逃げ出したと言われたし、帰宅している可能性が高くなってきた。

執務室に戻ろうと文官棟を歩いている最中、どこかの部屋からデイジーの声が聞こえてくる。

周りを見回すと一つの部屋に辿り着く。


「ここは確か…」


数年前に職に就いた侯爵子息の執務室だった。

何故デイジーが彼のところに来ているのだ。

友達とか?従兄弟か?

そう思いながら部屋の扉を叩こうとするが、その前に手が止まった。


『もう本当に最悪よ!あのクソ王子!全然構ってくれないのよ!』


それは紛れもなくデイジーの声だった。

クソ王子って私の事か?いや構ってくれないと言っているし間違いなく私の事だ。


『王太子だから仲良くしてあげたのに大変な事ばかり押し付けてくるのよ!』

『まぁ、婚約者だからな』

『だったらもっと大事にしなさいよ。ムカつくわね』

『落ち着けよ。ほら、俺が癒してやるから』

『もう!アーロン大好き!』


ガタンと大きな音が鳴ったかと思ったら服が擦れるような音が聞こえてくる。

嫌な予感がした。全身の至る所から汗が吹き出し、足が震える。

覗くなと自分の中の誰かが警告するが、気がついたら部屋のドアノブに手を掛けていた。

そして、そっと開き隙間から覗き込むとそこには信じられない光景が広がっていたのだ。


デイジーとアーロンと呼ばれる男が服を肌蹴させて、抱き合いキスをしていた。いや、キスだけで終わらなかったのだ。アーロンの手がデイジーの素肌を撫で、押し倒し、そして睦事を始めた。


「なんだ、これ…」


一歩後ろに下がる。

いつからだ?

いつから私はデイジーに裏切られていたのだ?

彼女の様子からして手慣れている。間違いなく今日初めてというわけじゃなさそうだ。


信じられない光景に私は自身の執務室まで逃げ出した。

椅子に座り、気分を落ち着かせようと淹れさせたハーブティーを口にしてからある大切な事を思い出す。

王族に嫁ぐ為の条件だ。

彼女はもう処女じゃない。私に嫁ぐ資格を持っていないのだ。


「なんて事だ…」


デイジーとの婚約披露パーティーまで一週間ほどだ。

世界各国からの賓客が来るものを今更取り止めには出来ない。かと言って私を裏切ったデイジーを婚約者にして置くなんてもっと無理だ。

先程見てしまった光景が脳裏に甦り、吐き気を催す。

どうして私はあんな裏切り者の阿婆擦れを真実の愛の相手だと思っていたのか。

今思えば私が王太子だと知っていて擦り寄って来たのではないか。

全てを忘れてしまいたい。

そしてソフィアと過ごしていたあの日々に戻りたい…。

元婚約者ソフィアの顔を思い出せば気分の悪さが一瞬で落ち着く。


「そうだ。ソフィアが私の真実の愛の相手なんだ…」


彼女は絶対にデイジーのように私を裏切ったりしない。

むしろたった一人、唯一無二の存在として私を愛してくれる。


「ソフィアを婚約者に戻せば良いんだ…」


婚約披露パーティーでは彼女を婚約者として発表すれば良い。

ちょっとした手違いで擦れ違ってしまったが元に戻った事を伝えれば良いのだ。


父上も母上もソフィアの事は気に入っていた。

もう一度彼女を婚約者に、と望めば間違いなく喜ぶ。

一度は婚約の解消をしてしまいソフィアを悲しませてしまったが元戻ると伝えれば彼女だって喜んで受けてくれるに違いない。


「待っていてくれ、ソフィア」


私は知らなかったのだ。

ソフィアには既に婚約者が出来ている事を…。

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