第14話

レイディアント王国へ送られた書状と婚約に関する書面は三日と待たずして返事がやって来た。

『ソフィア嬢のような素敵な女性が息子の婚約者になる事、大変嬉しく思う。末長くよろしく頼む』

短く書かれた手紙はレイディアント国王の署名が入っており、ウィリアム殿下から聞いてはいたがあっさりと婚約を受け入れられた。

公表自体はまだされていない。

来月に控えたアーサー達の婚約披露式にてバレてしまうだろうが正式発表は三ヶ月後となっている。

発表が行われるのはレイディアント王国だ。

ウィリアム殿下からは披露式が終わり自分が国に帰る時一緒に来て欲しいとお願いを受けているが返事は保留にしてもらっている。


ウィリアム殿下は披露式前に一度レイディアント王国に戻ると思っていたが違った。

披露式まであまり日もないという事で帰国せずオズワルデスタ領にある別邸に滞在しているのだ。そして毎日のように私のところに顔を見せに来てくれる。

公務は大丈夫なのかと尋ねれば、私に会う為に一ヶ月以上先の仕事まで終わらせて来たと笑っていた。


「おはよう、ソフィ」


今日も朝から訪ねてきてくれたのは嬉しいと思うが今はそれどころじゃない。

義姉レイラが数時間前に産気づいたのだ。お陰で屋敷内はバタバタしている。


「おはようございます、ウィリアム殿下」

「そんなに慌てて、どうしたのか?」

「義姉が産気づきまして」

「大変だ。帰った方が良いだろうか?」


迷惑になるし、帰らせた方が良い。

そう思ったがそれを止めたのは兄だった。


「居てもらって構いませんよ。ソフィが先ほどから落ち着きがなくてね。話し相手になっていてほしいのです」


落ち着きがないのは兄だって同じだ。

先程、義姉の部屋の前をうろうろしていて侍女に怒られていたではないか。


「邪魔にならないなら良いが…」


本当に良いのかと見てくるウィリアム殿下に頷いた。

一緒に向かうのは義姉の部屋から少しだけ離れた談話室。ここなら産声が上がればすぐに気が付くだろうと年配の侍女頭が気を利かせてくれたのだ。


「そわそわしているな」

「す、すみません。慣れていなくて…」


弟の誕生の際の記憶はほとんどない。

だから無事に生まれてくるのか心配でならないのだ。


「いや、気にしなくて良い。普段落ち着きがあるソフィの珍しい姿が見れて嬉しいよ」


目を細め笑うウィリアム殿下に羞恥心から頬が赤くなる。


「それにしても子供か…。ソフィは何人くらい欲しい?」


飲んでいた紅茶を吹き出しそうになるのを堪えたせいで咽せてしまった。前に座っていたウィリアム殿下が慌てた様子で隣に移動してきて背中を摩ってくれる。


「悪い。何か話していた方が良いと思って振った話だ。今は深く考えなくて良い」


今は、って言いましたよ。

婚約者になりましたし、いずれは結婚して、世継ぎを作らなければいけない事は分かっていますが気が早過ぎです。


「……出来れば三人くらいは欲しいな」

「考えなくていいと言ったばかりで言う事ですか…」

「ソフィは考えなくて良いと言ったんだ。俺が考えるのは自由だろ」

「それはそうですけど…」


自分との未来をしっかりと考えられている事が分かり、気恥ずかしいものがある。


「深く考えなくて良い。ただの俺の願望だ」

「そうですか…」


急に頭を引き寄せられ、彼の肩に寄りかかる状態にさせられる。

誰かにこんな事をされたのは初めてだ。

アーサーと婚約していた時はしっかりと距離を取った状態で話すのが常だった。

慣れない行動に狼狽えていると隣から小さな笑い声が聞こえてくる。


「そう固くなるな。ソフィは身を任せておけば良い」


それが出来たら苦労はしない。

離れようとするが、それを拒否するように腰を強く抱き寄せられてしまう。

離してくれる気がないと分かり、諦めるように彼の肩にもたれ掛かった。


「ソフィ、そろそろ俺の名前を呼んでくれないか」


数分経ってからゆっくりと口を開いた彼にそう言われる。


「呼んでいますよ?」

「ウィルと呼んでほしい」

「ウィル様?」

「呼び捨てで構わないぞ」


流石にそれはちょっと気が引けるし、今の私の身分では不相応だ。


「いえ、ウィル様でお願いします」

「それは残念だ」


残念と言っている割には嬉しそうな顔をするウィル様。

私に愛称を呼ばれただけで笑顔なる彼を見ていると愛されているのだと強く認識してしまう。

速くなる心臓の音を感じながら彼に身を委ねていると遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

咄嗟に彼から離れ、思わず顔を見てしまう。


「無事に生まれたみたいだな」

「はい…!良かったです!」


嬉しさのあまり自分からウィル様に抱き着いてしまった事に気が付いたのは数秒経ってからだ。

慌てて離れると顔を赤くした彼と目が合った。


「ご、ごめんなさい…」

「いや…」


気恥ずかしい空気を壊してくれたのは涙でぐちゃぐちゃになった顔をして部屋に飛び込んできた兄だった。


「ソフィ!殿下!産まれましたよ!」

「え、ええ。分かっておりますわ」

「ああ、うん。おめでとう」


私達の様子のおかしさに気が付かない兄はそのまま部屋を飛び出して「産まれた!みんな、産まれたぞ!」と大声を出して屋敷を走り回っています。

それがおかしくて、二人揃って吹き出してしまう。

一頻り笑い終えたところで声をかけてくれたのはウィル様だった。


「子供達に会いに行くか」

「そうですね」


ウィル様のエスコートを受けながら義姉の元に向かった。

 

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