第10話
「最後はあそこの店に行こう」
まだケーキを食べるつもりかと店を見ると宝石店だった。しかも町の中でも飛び抜けた高級品ばかりを取り扱うお店。
たまに私も利用させてもらっているが、高いだけあって良い品揃えなのだ。
「今日付き合ってもらったお礼に何か贈ろう」
「いいわよ。自分から案内すると言ったのだから気にしないで」
本名かも分からない名前とケーキ好きの隣国貴族としか分かっていない人から高級品を貰うわけにはいかない。
首を横に振って、要らないと言えばウィルは寂しそうな表情を浮かべた。
「受け取ってくれ。じゃないと気が済まない」
「……あちらの店の物なら」
私が指を差したのは同じく宝石店。
ウィルが言った店と違う点を挙げるならば平民でも手が届く手頃な値段の物しか置いていなというところだ。
「だが、あちらは」
「じゃないと受け取れません」
「仕方ない。今日は諦めてやろう」
今日はって今日しか会う予定がないのですけど。
もしかしたらどこかの夜会で会う事はあるかもしれないが、会ったとしてもお互いに今日の事は話さないだろう。
「では、行こう」
店内に入れば中には多くの装飾品が置いてあった。
王太子妃教育の賜物でどんな品であろうと本物の偽物の区別は付けられるようになっている。それ故に店の物が全て本物であると分かり安心してしまうのは仕方のない事だ。
「ソフィはどれが欲しい?」
そう聞かれても困る。
本邸には義姉レイラが買ってくれた装飾品が沢山あるのだ。しかもまだ身に付けていない物ばかり。
どうしたものかと悩んでいるとウィルは一つのショーケースを眺めていた。中身は指輪。
「流石に指輪は要らないわよ」
「そうか。残念だ」
「残念って…」
初めて会った相手に指輪を贈る。
勘違いされてもおかしくない行為に及ぼうとしないで欲しい。
もちろん私は冗談であると分かるが免疫がない女の子が相手だったら確実に勘違いしてしまうだろう。
「ソフィは好きな宝石はあるか?」
「エメラルド以外でしたら好きよ」
「逆にエメラルドは嫌いなのか?」
「苦手なの」
苦笑しながら答える。
エメラルドが苦手なのは元婚約者の事を思い出すから。彼に未練はないが過去は消せない。トラウマになる程嫌いになったわけではないがエメラルドの宝石は無意識的に避けてしまうのだ。
「アメジストはどうだ?」
「別に普通です」
しれっと自分の瞳と同じ色を尋ねてくるのはやめて欲しい。
彼には普通と答えたがアメジストは好きな宝石だ。ただここで好きだと言えば確実にアメジストが付けられている装飾品を贈ってくるに違いない。
流石にそれは困るのだ。
「このネックレスはどうだ?」
私が困っている事に気がついてか愉快な笑みを浮かべて勧めてくるのはアメジストが嵌った銀色のチェーンのネックレスだ。
「嫌ですよ」
「エメラルド以外だったら良いのだろう?」
「だからってこれは…」
「ソフィ受け取ってくれ」
ここまで強引にする必要はないだろう。
困り果てる私の横でウィルは店主に声をかけネックレスを取り出してもらう。
「付けてみてくれ」
「付けるだけですよ」
正直なところ好みのネックレスだ。
今の服に似合うかはともかくとして付けてみるのはありだろう。
店主から受け取ろうとすると横からウィルに奪い取られる。
「私が付けよう」
「いや、あの…」
許可していないのにウィルはネックレスを付けてくる。強引であったが優しい動作をしているのは手慣れている証拠だろう。
この事が兄や義姉に伝われば大騒ぎだろうなと思いつつ諦めて大人しく付け終わるのを待つ。
護衛には後で口封じをしないとね。
「ああ、予想通りよく似合っているな」
「そうですか?」
「とても綺麗だ」
うっとりするウィルの美形っぷりは心臓に悪かった。
やけに早くなる鼓動が彼に伝わらなければ良いと思いながら鏡を見るとやっぱり自分好みのネックレスが首元に飾られていた。
「店主これをくれ」
「畏まりました」
「ちょっとウィル?」
止めようとするが勝手に支払いを済ませてしまうウィルに呆れる。
彼の家さえ分かればお金は送り返してあげるのに。
「いい買い物が出来たな」
「そうですね」
「また買ってやるからな」
「もう良いわ」
冷たく返せば愉快に笑うウィルがいて、悪びれた様子もない事に溜め息を吐いた。
ネックレスの入った小さな紙袋を受け取り店を出ると日は傾き夕暮れ時になっている。
視察に来たはずなのに結局ケーキ屋と宝石店しか見て回れなかった。収穫がなかったわけではないので良しとするしかない。
「そろそろ帰るか。送るぞ?」
「良いわ、馬車が来てるの」
「なんだ。貴族である事を隠すのやめたのか?」
楽しそうに尋ねられ頷く。
もうバレバレだ。隠しておいても仕方のない事だろう。
「そうです。だからこのネックレスのお金は自分で出しますから」
「却下だ。私も貴族の矜持があるからな」
さらりと自分も貴族であるとバラすウィルに苦い顔をする。
「無理やり買って渡す事の方が貴族の矜持を傷つけると思いますけど…」
「それもそうだな。しかし贈る事に意味がある」
「貴族であるなら自身の瞳と同じ物を贈る本当の意味をご存知なのでは?」
自分の瞳と同じ色の宝石を渡すのは貴族界において愛を表す事とされている。
これはフール王国だけじゃなくレイディアント王国でも同じはずなのだけど。
「だから贈ったんだ」
「えっ?」
「後日、君の家に行こう。その時に正式に申し込ませてもらう」
「な、なにを…」
「ここまで言えばもう言わなくても分かるだろう?」
笑顔で聞き返してくるウィルに頰が引き攣る。
彼の言いたい事は分かる。多分想像している事で正解だ。
だけどそれを私が受け入れるわけにはいかない。
婚約者が居なくなって早々に他の方と、なんて元婚約者とやっている事が変わらないではないか。
「また会おう、ソフィア嬢」
手の甲にキスを贈られて、逃げるように去って行くウィルの背中を呆然と眺める事しか出来なかった。
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