第9話

ケーキを食べているウィルは幸せそうだった。

あんなに美味しそうに食べる人は初めて見たかもしれないくらい。

そう思うくらい嬉しそうに食べていたのだ。

ケーキのおかげで彼は上機嫌、鼻歌まで歌い始めている。


「あのケーキ、美味しかったな」

「それ何回目よ…」

「分からない。何回目だ?」

「少なくとも十回以上は聞いているわ」


正確に言うなら十八回だがあえて言わないようにした。回数を聞いた瞬間、苦笑するウィルに仕方ないといった表情で返す。


「それはすまない」

「ウィルが幸せそうだもの。別に良いわ」


人が幸せそうにしているのはとても良い事だ。

まあ、アーサーが幸せそうにしているのを想像するのは非常に苛立つけど。

そう思っているとウィルから声をかけられる。


「俺、そんなにだらしない顔をしているか?」

「かなり緩みきっているわね」

「嘘だろ。最悪だ…」


緩みっぱなしの頬、爛々とした瞳、目尻だって下がっている。

かなりだらしない表情ではあるがウィルは美丈夫だ。

格好良い人はどんな表情でも格好良い。

彼のおかげで女性からの視線が痛いのだ。


「気にする事ないわ。さっ、次に行きましょう。次はどのお店を見たいの?」

「ああ、この店だ」


そう言って地図に指を置くウィル。

確認すると呆れた顔になるのも当然だ。


「あの…ケーキはさっき食べたはずよね?」


本気なの?という言葉は飲み込んだ。

彼が指を差したのは先程行ったお店とは別のケーキ屋だった。

それだけじゃない。よく見れば地図に記された印の大半がケーキ屋。

ケーキ好きと言っても程があるだろう。


「食べ比べは基本だろ?」

「もう良いわ。付き合うわよ」

「そうか、助かるよ」


案内をすると言い出したのは私だ。

一度言葉にしてしまった以上、取り消すのは貴族としてどうかと思う。それだけが理由というわけでもない。隣国からやって来た貴族様に嫌な気分をして帰られるのはオズワルデスタ公爵家に泥を塗ってしまう可能性があるのだ。

ケーキは好きだし、食べれなくても紅茶だけ飲んでいれば問題ないだろう。


「ちなみに聞くけど何ケーキを食べる気なの?」

「食べ比べをする意味でもチョコレート一択だな」

「そ、そう…」


この人、かなり変な人だ。

苦笑いにしそうになるのを必死に堪えながら彼の隣を歩き続けた。


私達がケーキ屋巡りを終えたのはそれから五時間後の事だった。

しばらくの間はケーキを見たくないと思ったまったのはウィルがチョコレートケーキを食べ続けたせいだろう。


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