第7話
私が領地にやって来て三ヶ月が経過していた。
数日前に父から貰った手紙によると王都の騒ぎはまだ落ち着かないらしい。
それに関しては王都からオズワルデスタ領にやって来る商人達にも聞いた話だった。
三ヶ月前、私とアーサーの婚約解消は王都を騒がせたらしい。
当たり前だ。
十二年間も婚約者として過ごし数年もしないうちに夫婦となる者達の唐突な別れだったのだから。
どちらかに問題があったと捉える人間が多い。
結果を見るとアーサーに非難が集中しているようだ。
彼は婚約者が居なくなった直後に『真実の愛』の相手である女性との婚約を無理やり成立させようとしていた。その為、別れの原因はアーサーの浮気だと言う人が多いのだ。
そのおかげで私に対しては同情する声が多く上がっていると聞く。
ただ三ヶ月経った今でもアーサーとストーン伯爵令嬢が婚約したという話は聞かない。
婚約出来ないのだから当然だと他人事のように思った。
しかしアーサーがストーン伯爵令嬢を自分の婚約者であるかのように振る舞っている話とそれに伴って彼女が調子に乗っているという話はよく耳にする。またストーン伯爵自身も娘が王太子妃になるかもしれないという事で大きい顔をしているらしい。
少なくとも伯爵の方は王族に嫁ぐ資格を知っているはずなのによくそのような態度が取れるなと思ったが原因は陛下と王妃様にある。
陛下達はストーン伯爵令嬢が王族に嫁ぐ資格がない事を知っているにも関わらず二人の婚約話を否定していないのだ。
可愛い我が子が愛する者との結婚を望んでいる為か今も沈黙を保っているらしい。
尊敬し慕っていたのに彼らの対応には呆れを通り越して笑いが出てしまった。
どちらにせよ、私には関係のない事だ。
どこから嗅ぎつけたのか私がオズワルデスタ領にいると知ったアーサーからは何通か手紙が来たがどれも縁談話。
余計なお世話だと手紙を燃やしたい気持ちになったが流石に燃やすわけにもいかず返事を書いて陛下宛で送り返している。
その度に陛下からは謝罪の言葉を貰ったが正直なところ謝罪よりもアーサーが私の婚約話に関わらないように対処してほしい。
私としては彼らの話を他人事のように聞く事が出来るようになったくらいには落ち着いた穏やかな日々を送っている。
兄の補佐は大変というほどではない。
彼の代わりにお忍びで町に出て領民との交流を図るのは楽しいし、王都では聞かなかった面白い話が聞けるので最近では自分から町に出るようにしている。
書類仕事も多いが内容はアーサーの婚約者であった頃にやっていた公務とさほど変わらず困った事は特にない。
「ソフィアちゃん、お茶にしましょう?」
領地で暮らす日々に問題があるとするならば義姉レイラだ。彼女が迷惑をかけてくるとかそういう訳じゃない。むしろ優しくしてもらっているし、よく甘えさせてもらっている。
「義姉様、私は仕事中です」
問題点は私が仕事中でも構ってくる事だ。
邪魔をしてくるわけではない。
急ぎの仕事をしている時は来ないのだが、時間に余裕がある仕事をしている時は必ずと言っていいほどやって来る。
「それは今日やらなくても大丈夫なものでしょう?」
「そうですが…」
「私とお茶するの嫌?」
甘えたように言ってくる義姉に私が勝てるわけもなくあっさりと落ちてしまう。
「分かりました。この一枚だけ終わらせたらお茶にしましょう」
「ありがとう」
ニコニコと嬉しそうな義姉は連れてきたメイドにお茶の用意をしてもらう。
書きかけの書類を終わらせて彼女の向かい側に座る頃にはお茶の準備も終わっていた。
「どう最近は?」
「大丈夫ですよ。穏やかに過ごせています」
「そっか。良かったわ」
私が心配で構ってくれているのが分かるので毎度断れないのだ。
紅茶を飲んでいると義姉はどこか浮かない顔をする。
何かあったのだろうか?
「レイラ義姉様?」
「アーサー殿下とストーン伯爵令嬢の婚約が成立したらしいの」
「は?」
開いた口が塞がらないというのはこの事だろう。
どうして婚約が成立したのか理解不能だ。
王家に嫁ぐ資格がないご令嬢と王族の婚約は長い歴史を持つ王家の決まり事に反しているではないか。
どうして婚約が成立したのだろう。
「ソフィアちゃんの気持ちも分かるわ。ただ理由があるのよ」
「理由?」
「陛下は彼らを結婚させるつもりはないらしいの」
苦笑しながら告げる義姉を見て眉間に皺を寄せる。
それならどうして婚約を成立させたのだろう。
ますます理解不能だ。
陛下達は何を考えているのでしょうか。
「アーサー殿下に現実を分からせてあげたいらしいのよ」
「どういう事ですか?」
「我儘娘が王太子妃教育に耐えられると思う?」
幼い頃から受けてきた数々の苦難を思い出し首を横に振った。
「逃げ出すでしょうね」
あれは甘やかされて育った人間が受けて耐えられるような試練じゃない。
私だって何度も心が折れかけたくらいだ。
あのストーン伯爵令嬢には荷が重いだろう。
「逃げる先は殿下のところね」
「そうですね」
ストーン伯爵令嬢はアーサーなら自分を甘やかしてくれると思っているのだろう。
実際に彼は彼女に甘い態度を取るはずだ。しかし王太子妃教育に関しては甘えは許されない。アーサーだってそのくらい分かっているはず。それすらも分からなくなった愚か者でない限り彼は彼女を突き放すだろう。
「王太子妃教育から逃げ出したからと言って彼が彼女を好きじゃなくなるわけではありませんよね?」
真実の愛ですからね。
そんなものに巡り合った事のない私からしたらよく分からない事ですけど。
「そうね。ただソフィアちゃんの方が良かったと思い始めるきっかけにはなるかもね」
「それは是非遠慮したいですね」
アーサーに対しては婚約者であったからこそ愛情を持っていた部分があるが婚約者でなくなった今は臣下として立派な王になってほしいくらいだ。
関わりは持ちたくない。
「仮に殿下が彼女を突き放したらどうすると思う?」
「陛下あたりに擦り寄るかもしれませんね」
陛下は四十歳であるが若々しい美丈夫の見た目を持つ。彼女が欲しいと思う相手になってもおかしくない。
「その可能性もあるし、他の男性のところに行く可能性もあるわ」
「それを知ったらアーサー様は悲しむでしょうね」
「もしくは彼女は悪くないとか言い出しそうね」
そこまで愚か者になったとは思いたくないのだが可能性としてないと言い切れないのが問題だ。
「どんな経過を辿っても最終的には碌でもない女だったと分からせるのが陛下の狙いよ」
「それは上手くいくと良いですね」
「それでも真実の愛を貫き通したいというのなら廃嫡にするって話もあるらしいわ」
アーサーには兄弟がいない。
王家には王位継承権を持つ者は他にいないのだ。つまりアーサーが廃嫡されたら他の家の王位継承権を持つ者が立太子する事になる。
我がオズワルデスタ家にも僅かながら王家の血が通っている為、弟ジョセフが継承権を持っているのだ。
しかも第三位と高めの順位を付けられている。本人には王になる気はないのでそのうち継承権を破棄するつもりらしいが今回の件でそうもいかなくなるだろう。
「弟に迷惑をかける真似はしてほしくないですね」
「本当にね」
それにしても真実の愛どこまで貫き通せるのでしょうね。
物語としては結末を見てみたいものです。
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