第3話

「どうして喜んでいるのですか?」


疑問に思った事をそのまま口に出せば父は頬を緩ませたまま口を開いた。


「嬉しいからだよ」

「なぜですか?私はお父様達が喜んでくださった婚約話を駄目にしてしまったのですよ」


悲しませ、怒らせる事はあっても喜ばれる理由がない。

名誉ある王族との婚約を駄目にしたのだ。

強く叱っても、屋敷から追い出しても良いくらいなのに。


「最初は婚約に賛成していたし、ソフィが幸せになれると思ったら嬉しかったんだ」

「でもね、小さい頃は笑顔ばかりだった貴女が王太子妃教育に行くたび暗い表情が増えていくのを見ていたら婚約話を受けたのは失敗だったと気がついたのよ」


父の言葉を引き継いだ母は申し訳なさそうに私を見つめていた。


「相手は王族だ。いくら我が家が歴史ある公爵家といっても婚約を解消するのは難しかった」

「なにより陛下と王妃様が貴方を気に入っていたからね。手放したがらなかったの」

「そうだったのですね…」


初めて聞いた両親の本音に泣きそうになった。

ぎゅっと握られた左手の方を見れば弟の優しい笑顔がある。


「みんな、ソフィ姉様には笑っていてほしかったんだよ」


悲しいわけでもないのに涙が溢れて止まらない。

家族の温かさに触れて久しぶりに私は声を出して泣いた。泣いている私の背中を摩ってくれたのは弟と反対側に座り直した母だ。


「辛かったのね」

「は、いっ…」


ずっと辛い気持ちを我慢していた。

アーサーの婚約者になり、始まった厳しい王太子妃教育。

ダンスを完璧に踊れるようになるまで踊り続け、国内の政治や経済、国際情勢などを頭に叩き込まれ、外交の役割を担う為に友好国の言葉やマナーを全て覚えさせられた。

どんなに疲れていても休む事は許されず時には手を上げられる事だってあった。

まだ幼かった私がそれらに耐えられるはずがなかった。だから笑顔が少なくなっていったのだ。

それでも我慢して教育を受け続けていたのはアーサーを支えたかったわけじゃない。親からの期待に応えたかったからだ。


「もう頑張らなくて良い。大丈夫だ」

「はい…」

「これからはまた笑顔を見せておくれ」


泣き終えたのにまた泣きそうになるのをぐっと堪え父を見つめると変わらず優しい笑顔を見せてくれていた。


「話は変わるがどうして婚約破棄になったのだ?」


私が落ち着いた頃、父が尋ね辛そうに声をかけてきた。

泣いてすっきりした私としては気を遣わなくてもいいと思うが家族にはそう見えないのだろう。

父の目を見ながら婚約破棄された理由を告げた。


「王太子殿下が真実の愛を見つけたそうです」


私の答えに家族全員が絶句した。

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