第8話 悪い夢

「東堂、おれも充電させてもらっていい?」


 出し抜けに背後から掛けられた声に、俺は目に見えて跳ね上がった。


「びっ、……くりさせないでくださいよ坂崎さん!」


 坂崎の方でも俺の反応に面食らったようだが、俺の手が襖の隙間に伸びているのを見て合点がいったらしい。


「ああ、そういうの怖いよな。おれんちもクローゼットとかドアとか半開きだとこえーもん」


 揶揄からかうこともなく、さらりと流される。坂崎のこういう所は尊敬する。最初はファッションから軽薄な印象があったが、ノリに合わせてふざけることはあっても人を貶すようなことはしない。

 坂崎の言葉に、そうだこれはよくある話だと不安を受け流し、押し入れから予備の充電器を取り出して坂崎に渡した。


「いやほんと木戸さんが怪談うますぎなんスよ……俺あれ聞いたの二回目なのにめちゃくちゃビビってますもん」

「いやあの最後の演出でビビらないやついねえって」


 その後は、なんとなく全員が丑三つ時前に真っ暗な部屋で寝るのは避けたい素振りだったため朝方までぐだぐだと続けた。そろそろ夜明けかと言うところで寝ることにして、女子は和室で、俺と坂崎は洋間に陣取った。久しぶりにソファベッドも活躍したので本人ソファも嬉しいだろう。俺にとっても想像よりずっと楽しかった飲み会に満足して眠りについた。



 真っ暗だ。足元には地面がない。ふわふわしている。それなのに立っている感覚はある。なにかの拍子に閃いて、ああこれは夢だと気付く。明晰夢と言うものだ。だって寝についたのは空が白み始める頃合いだったのだから。こんな一寸先も見えない闇はおかしい。

 夢なら何かないだろうか。こんな闇の中でふわふわ漂うだけなら大人しく寝かせてほしい。そんなことを考えたからだろうか、足は地につき、闇ではなく情景が浮かび上がった。自宅の和室だ。西日が差し込んで真っ赤な部屋、俺の目の前には男が一人立っている。


(知らない奴だな)


 年齢は掴みにくいが、寝起きの様にぐしゃぐしゃの髪には艶がなく、髭は伸び放題になっている。4~50代くらいだろうか。ただがっしりした体格を見て、もう少し下の年齢でも違和感はないと思いなおす。

 男の全身は西日で真っ赤に染まっている。しきりに何かを呟いているがよく聞き取れない。

 俺はどうせ夢だと思い切って男の口元に耳を寄せた。


「……ごめんなさい。すみません。俺は不出来な奴です。すみません。でも産ませたくなかったんです。許してください。嫌です。ごめんなさい。なんでもします。でも産ませたくないんです。母で許してください。勘弁してください。ごめんなさい……」


 気味の悪さに後ずさると、血の気が一気に引いた。男がこちらを見たからだ。いつの間にかまん丸の二つの黒い瞳は、俺に注がれていた。矢張り最初の印象よりも若いかもしれない。


「次はあなたです。ご愁傷様です」


 男は真っ赤な顔でそう言った。本当にこれは夕日の赤さなんだろうか。

 そう疑問が湧いた直後、ぶつんっと電源が引っこ抜かれたモニターのような唐突さで、夢は覚めた。

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