第6話 肝試し

 生活にもだいぶ慣れ、あっという間に夏が来た。

 既に5月の時点でその片鱗をのぞかせてはいたが、梅雨の時期を除いてすさまじい暑さである。細かい仕組みは理解していないがフェーン現象がどうのこうのということだ。倒したい、フェーン。


 厨房は火を使うのと食材を傷めないように空調でかなり冷やすのだが、その冷気に慣れた身で外気に接する瞬間が本当に辛い。仲間もみんな同じようで、退勤を先延ばしにしてエアコンの効いた店内に留まりたがる。そんな中流石さすがにそろそろ締め作業が終わるタイミングで、例によって木戸さんがとある提案をしてきた。


「肝試しがしたいんですよね!」

「いやそんな子供じゃあるまいし」


 即応したのは坂崎だ。なんとなくそういうノリを好む方かと思っていたが、そうじゃないらしい。


「だって夏ですよ? 夏と言えばホラーですよ」

「不法侵入で捕まるんじゃないよ。おじさんは先に帰ります」


 そそくさとフロア担当のみさきさんが上がっていった。彼は俺より後に入ってきた唯一の人だが、40代と年上なだけでなく、前職が飲食店のベテランウェイターと言うことで後輩感は一切ない。この店になじむのも早かった。

 とは言え俺ももう慣れたもので、調理補助もそつなくこなせている。自信がついてきたのでいっそのこと調理師免許取得でも目指そうかと考え始めた昨今だ。


「あのなー木戸さん。肝試し言うてもここらへんいいスポットないよ? じゃあみんなで遠出できるかっつーたらできんでしょ。無理。あとだるい」

「絶対最後のが本音じゃん! ねえ東堂さん、東堂さんはわかってくれますよね?」

「いや無理だわ。なぜわざわざ怖いところ行きたがるのか理解できない」

「あんなとこ住んでるくせに!!?」

「うっさ」


 もう日付けをまたぎそうな時間帯だと言うのに彼女はどこまでも元気がいい。若さか。3つしか違わないのに。


「あんなとこ?」


 不思議そうな顔で俺たちを眺めやったのは、こちらもフロア担当の鈴木すずき祥子しょうこさんだ。彼女は俺の1年先輩になるが、従業員の中では最年少の19歳だ。垂れ目の顔立ちからぱっと見はぽやっとした印象になるが、性格については自己主張できる方だと思う。しかしそれを押し切る強さを持っているのが木戸さんだ。


「東堂んちって事故物件なんだよ」


 答えたのは坂崎だ。そう言えばそもそもこの人が木戸さんに話さなければ色んなもやもやが発生してなかったんじゃないかと、今更ながらすこし腹が立つ。


「言っておきますけどなんにもないですからね。前の住人でちょっとあったってだけですし、安くていい物件ですよ」

「あ、じゃあ東堂さんちいけばよくない? 肝試し」


 さもいいこと思いついた、とでも言うように木戸さんは人差し指をピンと立てる。


「は?」

「ああそれなら合法だし近くていいんじゃね」

「私は一応未成年ってことで遠慮しますね~」

「えー! 女私だけになっちゃうじゃん! 祥子ちゃんお願い!」

「でも私別に心霊系好きなわけじゃ……」


 呆気に取られてリアクションを取り損ねた俺をよそに、3人は話を続ける。いいぞ鈴木さんその調子で心を強く断り続けてくれ……と念じていたら、ちらりと視線をこちらに投げてきた。孤軍奮闘とはいかないようだ。


「いや勝手に話進めてるけど俺、来ていいって言ってないからね?」


 そう告げた途端に静かになる木戸さんだったが、直後に穏やかな微笑みで俺を見上げてきた。小首まで傾げている。


「東堂さん」

「はい……」


 嫌な予感に一筋の汗がたらりとこめかみを伝う。


「この前、作ったものが間違ってて怒っちゃったお客様に対応したの、私でしたよね?」

「ハイ……」

「肝試しも兼ねて、東堂さんちで飲み会、よろしいですね?」

「…………はい」


 完全降伏だ。くつくつと坂崎の忍び笑いが耳についた。

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