8−2 崩壊の序曲
小夜子ちゃんと二人でショッピングエリアに出かけると先ず最初に服を買いに行った。
ここはあの渡辺由美子が入院している病院も割と近い処にある。もし彼女がお見舞いに行きたいと言えばすぐに行けるし認識出来なくても元気になった様子を見られれば少しは気分も明るくなるかと思ったからだ。助けた相手を見るのは自分を救う事にも繋がる。
三着程購入してその内の一着をそのまま小夜子ちゃんは着ている。元々着ていた制服は一度クリーニングに出す事にした。
でも女の子の服を選ぶのがどれだけ大変な事かを僕は思い知る事となった。と言うのも店員は彼女をはっきり認識出来ない。当然小夜子ちゃんは似合うかどうか全部僕に尋ねてくる。女の子の服なんて全く分からない僕にとってはそれがかなり大変だった。
私服姿になった小夜子ちゃんはどう見ても中学生には見えなかった。身長もそれ程高く無いし僕と並ぶとどう見ても子供だ。だけど落ち着き過ぎている。同じ年頃の足立真由とはやはり圧倒的に違う。話し方や態度に子供特有の落ち着きのなさが余り目立たないのだ。
僕が知っている女性の中ではどちらかと言うと同じ課の森野さん達に近い。それは大人になれば自然と持ってしまう何かに対する諦めや割り切りの様な感じだ。幾分かはしゃいでいる様に見えても持っている雰囲気が違う。恐らく学校で同じ年頃の少女達の中にいれば相当に浮いて見えてしまうだろう。それが彼女を孤立させる原因かも知れなかった。
*
昼食に入ったパスタの店から出ると前を歩く小夜子ちゃんは楽しそうに振り返った。
「――凄く美味しかったです。私、こんな風にお買い物に来たのは初めてです」
「満足してくれたなら良かったよ。実は僕も余り出掛ける事が無いからさ?」
「えー、でも太一さん、結構女の子にモテるんじゃないですか?」
「いやあ……ずっと勉強しかして来なかったからね。多分つまらない奴だと思われてるんじゃないかなあ? 女の子からそう言う事を言われた事は一度も無いよ」
気を使ってくれているのか妙に褒められているみたいでむず痒い。苦笑しながら答えると彼女は楽しそうに笑った。そうして僕の隣にやってくると恐る恐る僕の腕に自分の腕を絡めてくる。そして伺う様に見上げると小夜子ちゃんは恥ずかしそうに言った。
「……私は、太一さんの事、好きですよ?」
「そうか。それは嬉しいな。有難う」
「……もう! お世辞じゃなくて、本当ですから!」
そう言って頬を膨らませる仕草は中学生らしいと言うか子供らしい。少なくとも僕の前ではそう言う態度を見せてくれる様になりつつある。きっと本当に心を許せる相手の前でしか自分らしく振る舞えないのだろう。そう思うと少しだけ嬉しい気がする。
そんな風に何事も無くただ楽しい時間だけが過ぎていった。
そして雑貨屋を回って日常品を買い揃えて宅配に配送を頼んだ少し後だった。
次は娯楽施設にでも行こうと相談して歩いている時に不意に小夜子ちゃんが立ち止まる。どうやらカバンの中で携帯電話が鳴っている様で彼女はカバンに手を入れた。
「あ、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。一体誰からだろう?」
僕も立ち止まると少し期待する。もしかして他に誰かが彼女の事を思い出したのかも知れない。そうなれば今の状況だってかなり改善するし何か糸口に繋がるかも知れない。
だけどそんな時、僕の上着のポケットからも同じく振動が伝わってきた。
「ん? 僕も、か……?」
まさか緊急の連絡だろうか。警察勤務なら非番や休みの日であってもこうして連絡が入る事は珍しくはない。それで携帯端末の画面を見た時、僕は息を呑んだ。同じ様に小夜子ちゃんも凍りついた様子で画面を凝視している。二つの画面には同じく例のサイトからの通知が表示されていたのだ。
それは『新規投稿受付・再開のお知らせ(現代舞台カテゴリ)』と言う文字だった。
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