七章 少女の、現実。

7−1 現実と非現実の間で

 倉田先輩の手伝いを昼前に終えると僕は再びサイトの調査に戻る事となった。あれから探したもののグリード・ディスクリプションの元ファイルの所在は依然判明していない。


 小夜子ちゃんが偶然保存していてそれを僕に送ってくれた物以外には痕跡が一切見つからない。ファイルは無いのに保存したデータからは直接リンクされている。かと言って提供して貰ったサーバーのデータと照合してもユーザーがアクセス出来ない上位階層にすらその姿が見当たらない。ページのソースコードを確認してみたがリンク先のURLアドレスが指定されていない。常識的、技術的に考えても絶対にあり得ない異常な事だった。

 そしてその事実が『グリード・ディスクリプション』が重要なキーである事を示している。


 今の処サーバー側は運営を続けたままだ。特定カテゴリに関してのみ新規投稿が出来ない様にして貰っている。現在神宮小夜子と僕、権堂太一以外には殆ど誰も投稿出来ない様になっていると言っていい。渡辺由美子については既にアカウント凍結の手続きを取って貰っているし入院しているから続きを投稿する事も無い筈だ。


 しかしそれでも『グリード・ディスクリプション』は嘲笑うかの様に更新される。やはりあの怪文書が全ての原因だと考えておかしくはない。


 何せ実際に小夜子ちゃんに関する事件を体験した直後だ。あんな事が現実に起こる時点で既に警察の範疇を大きく逸脱している。何をするにしても確証に至る証拠が得られなければ警察は何をする事も出来ない。今僕が調査しているのも『被害者』と言う証拠だけが残されているからだ。警察は人の事件に対処する物であって怪奇事件を想定していない。

 それで書類を前に苦悩していると倉田先輩がやってきて同情する様に声を掛けてきた。



「――ははぁん、そんで報告書にどう書くかで困ってンのか……」

「正直どう書くべきか……僕が教えて欲しいですよ」


 困り果てている僕を見て倉田先輩も同じ様に苦笑した。先輩も昨日あんな現象を目撃したばかりで流石に思いつかないらしい。それで唸っていると先輩が明るく言い始める。


「もうどうしようもねえし、そのまんま正直に書いちまえばいいんじゃね?」

「……そんな事したら多分、僕が処分されますよ……運が悪ければ病院送りですね」

「うーん……そうだ、いっそ『太一が警視総監に』とか書いちまえば――」

「書きませんよ。代償が大き過ぎます。それに実績も無いのにそんな立場になったら業務に差し支えます。大体それは報告書を書かなくて済む理由にはなりません」

「太一は本当に真面目だねぇ……まあでも実際、どうしたもんかなあ……」


 流石の倉田先輩も冗談を言うのが精一杯でそれ以上は方法が思いつかない様だった。この事件はこのまま迷宮入りになるかも知れない。いや、そうせざるを得ないだろう。

 国内の投稿数だけで二〇〇件以上が確認出来ている。これは投稿された全てと言う意味ではなく最初の一、二話だけ書かれて放置された物と言う意味でだ。


 少なくとも判明しているだけで現在二七件。このいずれも執筆者が失踪もしくは死亡している。だけど渡辺由美子の様に両親二人が死亡している事を考えると一家全員が巻き込まれたケースも起きている可能性が高い。二〇〇件以上の事件が起きている陰でその三倍から四倍の犠牲者がいてもおかしく無い。そう考えると余りにも規模が大き過ぎる。


「――まあ、現実に受け入れられる部分だけでまとめるしかねぇんじゃねえか?」

 倉田先輩が諦めた様に言うのを聞いて僕も頷いた。


「ええ、そうですね。少なくとも数字だけは出ている訳ですから」

「大体こんなモン、警察だって只の人間だっつーの。アニメや特撮じゃあるめぇし……」


 僕がこれまでのデータを準備して書き始めると倉田先輩はブツブツ言いながら自分の席へと戻っていく。どうやら僕が迷っていたから励まそうとしてくれたみたいだ。

 残された僕は一人報告書の入力を続けた。これまでに追跡調査を行って判明した犠牲者の数と投稿した内容、それと迎えた人生の結末に行方不明になるまでの状況。たった二七人分しか無くてもその全てが投稿した内容と一致していて不自然過ぎる程に共通している。


 こんな事実は警察内部どころか社会的にも絶対に受け入れられる筈がない。ジグソーパズルの様に綺麗に当てはまり過ぎて、筋は通っているがまるで陰謀論の様に胡散臭いのだ。

 それでも僕は手元にある情報をただ書き連ねていく。それ以外に出来る事が無かった。

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