5−3 足立真由の協力
学校が放課後を迎える時刻、僕は倉田先輩と一緒に学校の校門前まで車を回していた。
学校が終わるのが大体一五時半過ぎ。学校側にも既に足立真由と話す旨は伝えてあるし了解も貰ってある。例の事件後の様子見で事件性の無い雑談の様な物と納得して貰った。
チャイムが鳴ってしばらくすると大勢の生徒達が校門から出てくる。流石ミッション・スクールと言うだけあって年齢層はバラバラだ。大学部は時間が違うのだろう。主に出て来るのは中高生位に見える品の良さそうな少女達の姿だった。
そしてそんな中で一人の少女がこちらを見つけて歩み寄って来る。
「――こんにちは、足立さん。無理を言ってごめんね。今日は有難う」
「いえ、由美子の事で権堂さんには本当にお世話になりましたから!」
そう言って足立真由はニッコリと人懐っこい笑みを浮かべた。あの事件直後に比べると随分元気になっていて少し安心する。
「そう言えば……お願いしてた物は持って来てくれました?」
「あ、はい。中等部の学年連絡簿、ですよね? いつも持ってますから!」
彼女は自分のカバンを上からポンポンと叩いて見せる。それで後部席に乗って貰うと僕らは一旦近所にあるファミレスまで行って話す事になった。
レストランに入ってオーダーを通した後で僕らは早速話に取り掛かった。勿論経費は完全に自分持ち、全て僕のポケットマネーからだ。今回の事は事件の調査に関係しているがあくまで『Say』の特定であって例のサイト管理者と打ち合わせと言う事になっている。
正直な処後ろめたい気持ちもあるがこれも一応は事件調査と割り切っていた。
正面に僕と倉田先輩が座り、それを前にした足立真由は不思議そうに首を傾ける。
「ええと……それで、私は何をすればいんですか?」
「うん。今からこっちのおじさんが貸してくれた名簿を見て名前を言うから、それがどんな子なのか簡単に答えて欲しいんだ。これは事件とか全然関係ないから安心してね?」
僕が笑って言うと隣で少し不貞腐れた様子の先輩が口を挟んで来る。
「……おじさんじゃなくて『お・に・い・さ・ん』、な!」
「先輩……僕らは倍以上生きてるんですから立派に『おじさん』ですよ……」
「うるせぇ、外見はおっさんでも心はナイーブな少年なんだよ、俺は! 独身だし!」
そんなバカみたいな軽いやり取りを聞いていた足立真由は小さく吹き出した。
「ぷふっ……それで、ええと……よく知らない時はどうすればいいんですか?」
「その時は『良く知らない』って言ってくれればいいよ」
そしてそれからすぐに僕らは確認作業を開始する事になった。
あの学校は上手い具合に一貫制で中途編入は少なく人の入れ替わりが極端に無い。つまり総数がそれ程変わらない上に女生徒しかいないし学年も二年生だけ。勿論倉田先輩は学校の生徒と会った事も無いし足立真由とも初対面だ。
倉田先輩がフルネームで名前を言うと足立真由が簡単に答えていく。どんな髪型だとか眼鏡を掛けているとか、本当に簡単でちょっとした特徴だけを次々に答えていく。
そうしてやがて一〇分程が過ぎた頃だろうか。始めてそれ程時間も経っていない処で倉田先輩が不意に生徒連絡簿を閉じるとニッコリと足立真由に笑い掛けた。
「――よし、終わりだ! お嬢ちゃん、助かったぜ。あんがとな!」
突然の終了宣言に足立真由だけでなく僕も思わずキョトンとする。彼女はすらすらと淀みなく答えていた筈で言い淀んだり止まる様子は一度も無かった。それにまだ彼女のクラス分すら終わっていない筈だ。
だけど先輩は愛想良く笑いながら彼女に向かって雑談を始める。
「ありがとなあ、足立ちゃん。折角だしこのまま飯でも喰ってく? 何ならデザートにパフェとか頼んでもいいぞお? どうせこいつのおごりだしな!」
陽気にそう言う先輩に僕は思わず声を掛けそうになった。だけどテーブルの下で先輩の指が僕の膝をトントンと叩く。それで出掛けた言葉を慌てて飲み込んだ。
「大丈夫だ、学校にもちゃんと言ってあるしな。俺も久々にパフェ喰うかな!」
「え、おじさ――おにいさんでもパフェとか食べるんですか?」
「おう、喰うぞ? 特にお嬢ちゃんみたいな子が一緒の時が食えるチャンスだからな!」
先輩は変にテンションが高い。その勢いに足立真由はどうして良いか分からなくなったのか僕の方をおずおずと見つめてくる。それで僕も笑いながら頷いて見せた。
「ああ、大丈夫だよ。学校の先生にもお茶を飲みながらって言ってあるから」
それでやっと安心したのか彼女は『じゃあ、遠慮なくいただきます』と言って倉田先輩と一緒になってテーブルの上に開いたメニューをあれこれと指差して談笑を始めた。
普通の明るい元気な子だと思っていたけれどやっぱりあの学校の生徒だ。礼儀正しいし言葉遣いも丁寧だ。お嬢様とまでは行かなくても普通の女の子とは少し空気が違う。
そんな彼女を眺めながら僕は学校に連絡した時の事を思い出していた。
学校側の対応はとても丁寧だった。と言うのも渡辺由美子発見の折、礼拝堂の件で連絡を入れたのが僕だった為だ。それで無事に渡辺由美子が発見されてとても感謝された。
特に危ない状態だっただけに学校側の態度は凄く丁寧で何度もお礼を言われた。特に渡辺夫妻の件では僕が真っ先に駆けつけた事もあって足立真由もとても懐いてくれている。
だけどあの時通報したのは実は渡辺真由じゃなくて『Say』だった。恐らく同級生で渡辺由美子と共通の友達だったんだろう。休んで家にも連絡がつかない状況で一緒に様子を見に行ったに違いない。そこできっと『Say』が渡辺由美子があのサイトに投稿していた事に気付いてなんとかしようとした……んだと思う。結局僕もまだ『Say』について思い出した訳じゃない。だけど彼女のお陰で一人の少女が命を救われて友人も傷付かずに済んだ。やり方は不味かったものの女子中学生でそこまで出来た事は称賛に値する。
二人が追加オーダーを通した後に僕はふと思って尋ねてみた。
「そう言えば……足立さん、あれから渡辺さんの方はどう?」
そう尋ねた途端に足立真由は少し寂しそうに、だけど嬉しそうに笑った。
「はい。由美子のお父さんとお母さん、学費を先に入れてたらしくて。先生も今回の事で由美子が早く戻れる様にって。うちの学校は寮もありますからそこに入るみたいです」
「そっか……早く退院して戻って来られるといいね」
「うちの学校はミッション系ですから。博愛主義を謳ってますし先生達も皆とても優しいです。由美子もちょっと派手だけど悪い子じゃないですし……あ、それとニュースになったお陰で応援とか支援の申し込みが学校にかなり来たらしいですよ?」
そう言うと足立真由は少し寂しそうに笑った。
あの事件は一応『不幸な事故』として世間に公表されている。児童虐待に家庭内暴力があった事も取り沙汰されて渡辺由美子は誰もが認める『可哀想な子』になってしまった。
もし普通の学校であればきっと転校して施設に入る事になっただろう。渡辺由美子が自分の手を汚す勇気が無くて願望をあのサイトに投稿した。それはそれだけ追い詰められていたと言う事でもある。そんな彼女を『Say』は救おうとして自分を犠牲にしたのだからちゃんと助かって貰わないと報われない。
僕がそんな事を考えているとすぐ隣の倉田先輩が足立真由に向かって同じ年頃の姪っ子の事を相談し始めている。楽しそうに話している少女を見て僕は思わず苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます