五章 彼女の、名前。

5−1 『物語』の書き方

 僕が情報技術犯罪対策課に出勤して最初にしたのは班長への申請提案と書類提出だった。


 あのサイトに投稿された物の全てが『現実化』している訳じゃない。調べていくとすぐに判明した事だがカテゴリが限定されていたのだ。

 それは『現代舞台』と言うカテゴリでそれ以外では例えば近未来、SFやファンタジー、時代物や異世界と言うカテゴリでは一切事件が発生していない。元々寂れたカテゴリだった様だが例の大学生の事件から急激に投稿が増えている。現実世界と一番接点が大きいカテゴリだけに『都市伝説』の標的とされたのだろう。


 兎に角これ以上新しく投稿されて被害の拡大を防ぐ為に渋る榊班長を説得する事になった。民間への依頼と言う事もあって難色を示されたが申請は受け付けてくれた。但しあくまでお願いであって警察としてではなく生活安全課単体の協力依頼と言う形で。元々生活安全部は青少年犯罪に対する部署が含まれている。僕が所属するサイバー犯罪対策課は有害情報を抑制する役割も持っている。データ提出依頼をした時と同じ形式を取るのだろう。


 あとは許可さえ降りればサイトの管理担当者に協力を頼む事が出来る。流石にサービスを停止する事は無理だろうが一定期間タグを利用不可にする位なら出来るかも知れない。

 そして投稿者データベースからユーザー判別を試みていると不意に携帯端末が震えた。




◇◇ 不思議な願い事 四 ◇◇


 どうしよう、私の所為であの人を巻き込んでしまいました。

 お父さんもお母さんも私を憶えていなくて、家に居られない私に来いと言ってくれて。

 凄く嬉しかったけど……でももうこれ以上関わらないでください。もうこれ以上迷惑を掛けたくありません。

 出ていこうかとも思ったけど……でもこれ以上あの人に嫌われたくありません。あの時みたいに怒らせるなんてもうやりたくないから。


 私はどうすればいいんでしょうか? 

 確かにそれは私の願いではあるけれど私の望んでいる事と違います。

 ただ、それでも……あの人は、これからも食事を作って欲しいと言いました。

 だから私は私に出来る事を続けて約束を守る事しか出来ません。

 こんな私でも必要だと思って貰えるのは嬉しいから……。


◆◆




 最初読んだ時は黙って出て行きそうで僕は相当焦った。けれど何度か繰り返して読むとそれを思い留まってくれている事が分かる。今朝、何気なく言った言葉がこんな風に彼女を引き止めてくれるだなんて予想もしていなかった。

 もし一人芝居だと思いこんで何も言っていなければきっと彼女は出て行った筈だ。


 僕は普段から誰かに対してああいった事を口にしない。一人暮らしが長いし仕事の関係上余り誰かと約束する事が無い。あの時は何より『見えない相手』な上に中学生の女の子と言う事もあってつい何となく口にしただけだ。彼女が存在する事を確認出来る方法の一つなだけで約束と言うよりもお礼やお願いと言う方が近い。


 しかし――こうして見ると彼女は中々賢い子だった。最初の『自分は忘れられた』と言う事以外には自分の願いや望む展開を一切書いていない。最初に読んで感じた通り手記や日記に近く事実と思考だけを書き連ねている。苦悩や葛藤は書いているものの具体的にどうなって欲しいかを書いていないのだ。恐らく最初に自分の存在を隠蔽する部分だけ意図して書いたのだろう。


 元々手紙とは誰かに何かを伝える為に書かれる物だ。遠く離れた相手に近況や状況を伝えて自分の心情も書き連ねる。今の様にネットが無い時代にそれは当然の事だったけれど特定の情報を持つ人間にしか通用しない書き方なのに続き物として成立している。


 この方法は現状を維持する意味では理想的だった。考えを書いているだけで現実がどう変わるかに言及していない。薄っすらと『何かあったのか』と推測させるだけだ。

 例えば『親や家族を頼れない』から『頼れる人の元に行った』と言う事だけは伝わる。

 こんなやり方があったのか――そんな風に感心しながら僕は仕事を始めた。

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