3−幕 やるべき事
午後の休憩時。僕は再び屋上に一人フェンスにもたれながら珈琲を飲んで考えていた。
倉田先輩のアイデアは実際素晴らしかったんだと思う。けれどだからと言って問題が好転する事は何一つ無かった。それは当然の事で例え仕組みが予想出来たとしても処理に組み込まれている限り手が出せない。その為には開発者側に回らなければ意味が無いのだ。
でもその方法が思いつかない。要するに完全に手詰まりの状況だった。
携帯端末の画面を眺める。あの後確認するとメール受信の後が残っていてそこにグリード・ディスクリプションが添付されていた。でもアドレスの文字列が空白で認識出来ない。
試しに連絡を取りたいとメールしてみた。返事は戻って来たが中身は全て空白でいわゆる空メールが戻ってきただけだ。電話も完全に無音だが僕はある仮説を立てていた。
きっとこれは空白ではないし電話も無音ではないのだ。彼女の書いた願い事がこの現象を起こしている。僕は『彼女を認識出来ない』のだ。
だから彼女の声や言葉、書いた文字も認識する事が出来ない。彼女を特定する情報は全てシャットアウトされている。あの写真も単に髪の長い少女と言うだけで彼女を特定出来ないから認識出来たのだろう。痴漢の手にピントが合っていて彼女の姿はぼやけている。
唯一認識出来るのがあのサイトに投稿された物だけなのだ。
僕は携帯のアドレス帳に空白のメールアドレスを新規登録した。以前掛かってきた足立真由ではない謎の電話番号とセットにして『Say』の名前で登録してある。
あの書き方だと親しい誰からも認識されない。きっと僕だけでなく家族や友人達からも存在を忘れられている筈だ。きっと目の前に居ても姿が見えないだろう。そうして考えているとふと思いついた事があった。
――もしかして受信は無理でも一方的にメッセージを送るだけなら出来ないか?
要するに個人を特定出来る必要が無ければ構わない訳だ。受け取ったアドレスや番号は認識出来ないだけで履歴から登録する事は出来た。掛ければコール音も実際に鳴っていた。
彼女の事を僕は認識出来ないが彼女は僕の事を認識出来る筈だ。それは書かれていない。
そう考えた僕は駄目元でアドレス帳から彼女の名前をタップした。数回のコール音の後にいきなり無音状態へと変わる。画面を見ると通話中のタイムレコードがカウントを始めている。それで僕は恐る恐る携帯電話のマイクに呟いた。
「――もしもし?」
けれどやっぱり何も聞こえない。それでも僕は何も言わずにいられなかった。
「……僕は君を知ってる。忘れさせられたけど知ってる。ちゃんと気付いている」
だけどやっぱり何も反応が無い。以前もそうだ。こちらから電話を掛けてもずっと無音のままで僕が切るまで延々と無音のまま通話状態が続くだけだった。
――くそ、やっぱり駄目か……何か言って見るか――そう思った時だった。
端末のスピーカーからまるで何かを小突く様なトス、トスと言う音が聞こえてきたのだ。
なんだ、これは――今まで何度か掛けてもこんな反応は無かった。こつん、こつんとマイクを指で叩く様なくぐもった音だ。それは繰り返し繰り返し、間を置いて聞こえて来る。
――四回、一回、一回、二回、四回、二回。
一定間隔で聞こえて来るノック音。それは何かを伝えようとしているのか。だけどこんな、まるでモールス信号みたいな古典的な物を知っているとは思えない。きっと彼女は足立真由や渡辺由美子の同級生で女子中学生の筈だ。
僕はポケットから手帳を取り出すとそこへノック音の数を記入し始めた。最後まで書いてから『Say』『女子中学生』と書いた処でハッとする。
――そうか、『女子中学生』で『携帯端末』か!
携帯端末――スマートフォンで使用される文字入力方法にフリック入力がある。これは元々トグル入力と呼ばれる方法で『あかさたな』の子音を割り振られた数字で入力してから母音を入力する携帯電話用の文字入力方法だ。つまり一、二、三から八、九、〇の子音番号と一から五の母音番号の組み合わせ。二つの数字で平仮名一つを書く事が出来る。
それに当てはめながら僕は小さく声にしてみる。
――四行目の一つ、一行目の二つ、そして四行目の二つ――。
「――ッ、僕が必ず何とかする! だから信じて少しだけ待っててくれ!」
その意味を理解した瞬間僕は声を上げていた。それで音は止んで通話は切れてしまう。
そうだ、女子中学生がたった一人で孤独に耐えている。そして伝えてきたのは僕の名前。
手の中の紙コップを握りつぶした時、僕は本気で彼女を助けようと決意した。
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