3−2 不可解
渡辺由美子の事件が解決して三日程が過ぎた日、彼女の事件について書類の関連性を調べようとした時に気付いた事があった。あの時の記録は調書や報告書として全て記録されている。最初に『人が死んでいる』と通報があった時に僕は他の警察官と一緒に急行した。
余り深く考えてはいなかったけれど、でもそれは明らかにおかしい話なのだ。
僕は生活安全部に所属している。刑事課や通報を受ける部署に所属していない。それが何故通報を受けて僕自身が現場に駆け付ける事になったのか、その理由が分からない。
同じ理由で何故刑事課の田所さん達と同行して渡辺由美子を発見したのか。どうして僕がそんな処にいたのか。いる筈の無い立場の僕が何故そこにいたのかが分からなかった。それで昼休み、刑事部に赴いて田所さんに尋ねてみると不思議そうな顔で逆に尋ねられた。
「……そういや太一、お前なんで俺らと一緒にいたんだ?」
「それを聞きたいのはこっちですよ。田所さんは公私混同する人じゃないですし……」
僕がそう答えると田所さんは憤慨した様子に変わる。
「ったりめぇだ。他所の部署の人間を引きずり回すなんぞ普通は絶対ありえねえよ!」
「じゃあ……僕はどうして一緒にいたんでしょう……」
現場で行動する場合田所さんの方が立場は上だ。僕はあくまで生活安全部所属で行方不明者を探す権限を持っていない。だから必ず田所さんの許可を得て同行した筈だ。ならば許可を出した本人に聞くのが一番早い――だけど田所さんは戸惑った様子で口籠った。
小さい頃から良く知っているけれど田所の小父さんがこんな顔をしているのを僕は一度も見た事が無い。そうして言葉に詰まりながらまるで自分を説得するみたいに口を開く。
「……その、アレだ。足立って娘が居場所知ってて聞いたから、じゃないのか?」
「いえ……僕も足立真由と面識なんてありませんでしたよ。それでなんで僕なんです?」
「けどお前が刑事部に連絡寄越したんだろ? 確かあの足立ってガキから住所やら聞いて向かったんだろ? お前が連絡先を教えたんじゃ無いのか? それで辻褄は合うだろ?」
「それは……確かにそうなんですけど……」
奇妙な事に田所さんも本当に分からない様だった。実際僕も足立真由と言う少女とは全く面識が無かった筈だ。連絡先を中学生の女の子に教える理由が無い。なのに事件があった住所を電話で教えてくれたのは足立真由だったのだ。それだけは間違いない事だった。
そうやって部の扉前で二人で唸っていると部屋の中からコートを手に持った原田さんが険しい顔で出てくる。この人もあの時一緒にいた人だけど僕と面識は無かった筈だ。
「田所さん、お待たせしたッス」
「おう、分かった、すぐ行く……悪ィな太一。また今度だ」
「権堂君、悪いな。田所さんを借りていくぞ」
「あ、いえ……お疲れ様です、原田さん」
そう言うと田所さんと原田さんは食事も摂らないままで行ってしまった。後には僕一人だけが廊下に残される。どうにも収まりの悪いおかしな結果だった。
そもそも最初から何かおかしい。渡辺由美子が投稿していた事を調べ始めるまで彼女の両親が亡くなった事件について全く疑問に思っていなかった。考えれば異常な事だらけだ。
昼を摂るにも時間が半端だし食欲も無い。それで僕は考え事をする為に一人屋上に上がって風に当たる事にした。
*
空調の無い冬場の冷たい空気が熱くなった頭を冷やしてくれる。そんな中で僕は壁に背中を預けると自分の携帯端末を取り出して眺めた。そこにはあの事件があった日に入ったらしい着信履歴が残っていた。
見た事もない電話番号が現場に向かう少し前に掛かっている。けれどこれは憶えている。人が死んでいるかも知れないと言って住所を教えてくれたのは足立真由だ。なのにこの番号は足立真由の携帯番号じゃない。それに足立真由自身はあの時点では僕の携帯端末の番号を知らない筈だった。ならばこれは一体誰がどうやって、何の為に掛けた物なのか。
試しに電話を掛け直してみたが相手の声も何も聞こえて来なかった。コール音の後に確かに相手は電話を取った筈なのにスピーカーは沈黙したままで音も声も何も聞こえない。
全く訳が分からない。まるでオカルトみたいにあり得ない事だらけだった。
まるで霞が掛かったみたいにぼんやりとした頭で自分の携帯端末を眺めた。何の目的も無くただ眺める。そして画像一覧を開いた時、見覚えのない写真がある事に気付いた。
「……なんだ、これ……?」
それは満員電車内での俯瞰写真だ。髪の長い女の子の後ろ姿が写っている。
よく見ると写真の中央にはその女の子の腰に中年男性の手がはっきりと触れているのが写っている。どうやら痴漢現場の証拠写真の様だった。
撮影日時は一週間程前で時間は七時五七分。その時間はたしか僕は出勤の為に電車に乗っていた筈だ。確かそれ位前に一度だけ、僕はいつも乗る時間に電車に間に合わず一本遅れて乗った。だけど満員電車の中でこんな事があった記憶自体が残っていない。
「……おい……おいおい、なんだ……これ、何だよ、おい……」
僕は携帯端末を両手で握りしめて壁から背中を離した。写っている少女の制服は足立真由と同じ学校の物だ。しかし足立真由はショートカットでこんな長髪じゃない。僕が知るあのミッション・スクールの生徒は足立真由と渡辺由美子の二人しかいない。
長い髪、とすればこれは渡辺由美子だろうか? いや、しかし二人共徒歩による通学で電車に乗っている筈が無い。渡辺由美子の事件があった自宅は路線から離れた住宅地だし僕自身渡辺由美子が制服姿である処を見た事が無い。発見された時に初めて見たけれど私服だったし髪もこんな黒じゃなくて薄っすら栗色だった筈だ。これは渡辺由美子じゃない。
つまりそれ以外の誰か、僕はあの学校の生徒を目撃していると言う事になる。
これはもうおかしい処の話じゃない。まるであの『グリード・ディスクリプション』関連事件みたいだ。不思議で奇妙でオカルティック。筋の通らない事件。
そこで僕は更におかしな事に気がついた。
――いや、そもそも僕は何故『グリード・ディスクリプション』を知った? どうして見もしないサイトのページを携帯に保存している? これを調べ始めたのは一体何時だ?
僕は血の気が引くのを感じると同時に携帯を握りしめて階段を駆け下りていた。
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