2−7 病室での事情聴取
気がつくとベッドの上でした。でも見た事のない天井で学校の保健室とは全然違います。まだぼんやりする頭のままで身体を動かすと誰かが私の右手を握っている事に気が付きました。そして今にも泣き出しそうな女の子の声が聞こえてきます。
「……さ、小夜ちゃん……良かった……」
「あ、れ? 足立さん……じゃなくて、真由、さん……?」
「……ん、うん……ごめん……ほんと、ごめんね……」
どうやらずっと泣いていたらしく真由さんの目元は真っ赤に腫れています。それで起き上がろうとすると腕に痛みが走りました。まだ焦点の合わない目でよく見てみると点滴の針が刺されています。それで私は枕元にあったナースコールのスイッチを押しました。
私が気を失ったのはちゃんと食事を摂っていなかった所為でした。そこにショックな出来事があって踏ん張りが効かなくなってしまったみたいでした。
看護師さんにお説教された後に入れ替わりで人が入ってきます。よれよれのコートに白い髪をしたやたらと目付きが鋭いお爺さん。それと体育会系っぽい感じのがっしりした体格の男の人でした。太一さんより年上に見えるから三〇歳過ぎの男の人でしょうか。
そして私の座るベッドの脇までやって来るとお爺さんがにっこり笑いました。
「――体調の方は大丈夫ですか。ええと……
「え……あ、はい。すいません、どちら様でしょうか?」
私はこのお爺さんとお会いした事が無い筈です。訳が分からなくて尋ねると私の後ろに隠れる様にしていた真由さんが私の耳元で小さく囁きました。
「……小夜ちゃん、この人達……警察の、刑事の人……」
そう言うと真由さんは再び私の後ろに隠れてしまいました。どうやらこの人達を凄く警戒している――と言うか怖がっているみたいにも見えます。
警察と言われて私に思い浮かぶ事は二つしかありません。
一つは太一さん。そしてもう一つはあの渡辺さんのお家で見た、倒れていた人。思い出すだけで背筋が冷たくなってきます。動かない見開かれた目。瞬きしない目が私の方を見ていて目が合ってしまってから私は太一さんに電話してそこから先の記憶がありません。
そして警察の人が私の処に来たと言う事はつまり、やっぱり私が思った通りな訳で。お爺さん――刑事さんは優しい声で私に話し掛けてきました。
「うん。大した事じゃないんだ。ただ、お友達の由美子さんの事を聞きたいだけだから」
でも優しい声音なのに目付きは鋭いままで全く笑っていません。それに私の後ろに隠れた真由さんが緊張した様子で私の肩を掴む手に力が入ります。
「先程真由さんにも伺ったんだけどね。どうも嫌われてしまった様だ。まあお仕事だから仕方ないんだが……それで、小夜子さんはどうして渡辺さんのお宅に行ったのかな?」
そう言って刑事のお爺さんはまるで私を疑っている様に睨みました。いつもの私なら萎縮して何も言えなかったかも知れません。けれど亡くなっていたのがご両親なら渡辺さん本人がどうなったのか。あの投稿が渡辺さんならきっと何かが起きている筈です。
「……そんな事より、渡辺さんはどうなったんですか?」
私がそう尋ね返した瞬間、お爺さんの後ろにいた男の人が私を凄い目で睨んできました。
「人間が死んでるのに『そんな事』って何だ!?」
身を乗り出して威嚇する様にそう言います。それが怖くて黙ってしまう私を庇う様に再びお爺さんが男の人を軽く手で遮りました。
「まァまァ……原田、相手は中学生の女の子だぞ? 怖がらせてどうする?」
「いや、でも田所さん……」
「さっきもお嬢ちゃんを怖がらせたばかりだ。ここは俺に任せちゃくれねえか?」
「……ウッス、田所さんがそう言うなら……」
そんな大人二人のやり取りを聞きながら私はあの投稿を思い返していました。両親が消える事を望んで『全部消えて欲しい』と書かれたあの内容。渡辺さんが『Yumi』でお家で人が死んでいた――と言う事は。
「……やっぱり、渡辺さんのお父さんとお母さんが、亡くなっていたんですね……」
だけど私が小さく呟いた途端お爺さんと男の人――田所さんと原田さんの二人はハッとした顔で顔を見合わせると私をじっと見つめてきました。
「――やっぱり? 小夜子さん、どうして君はそう思うのかね?」
「……え?」
「真由さんにも尋ねたがご遺体を見つけたのは君だね? けど窓の傍に倒れていたのは奥さんだけでご主人は部屋の中央だ。見えなかった筈なのに何故二人だと分かる?」
「え、それは……」
「それにそこのお友達も『人が死んでいる』事を君の電話で聞いただけだ。三人家族の誰が死んでいたかも知らなかった。それをどうして小夜子さん、君が知っているのかな?」
お爺さんの刑事さんが物凄く怖い顔で私を睨んでいます。大人が怒るのが怖くて私は身を竦ませました。怖くて俯いていると田所さんは覗き込む様に私に顔を近付けてきます。
きっと話しても信じてくれる筈がありません。あのサイトに書かれた事が現実になるだなんて都市伝説、警察の人は絶対聞いてくれません。そう――太一さん以外は。
「――太一、さん……」
怖くて思わず喉をついて出てきたのは太一さんの名前でした。けれどそれを聞いた田所さんは驚いた顔になって私から顔を離します。
「太一……って、まさか権堂太一か!? なんであいつの名前が出てくる!?」
それで私は弾かれた様に顔を上げると思わず大きな声で口走っていました。
「――ッ、た、太一さんを呼んでください! でなきゃ私、何もお話ししません!」
それ以上は何も聞かない様に両耳を押さえると原田さんが舌打ちするのが聞こえます。
「……お前、いい加減に――」
そしてズカズカと私に詰め寄ってこようとする処を田所さんが身体で遮りました。その様子に原田さんは驚いた顔になっています。だけど田所さんは怒った様に私を睨んだまま。
「――原田。太一をここに連れてこい」
「……えっ? 田所さん、そりゃあ一体……?」
「表に居るだろうが! 生活安全部の、権堂太一警部補だよ!」
「う、ウッス!」
お爺さんがそう怒鳴ると原田さんは慌てて扉の外に出ていきました。
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