2−3 昼休みの教室

 お昼休み、私はお弁当を出して一人携帯電話を使って例の投稿サイトを眺めていました。


 いつもこうしてチェックしてから家に帰って読むのが日課です。だけどふと太一さんに言われた事が脳裏をよぎります。でもあれはきっとあのお話『グリード・ディスクリプション』を見なければ良いでしょうし投稿だって私はしていませんから大丈夫な筈です。

 マイページから新着投稿を移動するとそこに『願い事』と言う文字が見えています。


 願い事――『グリード・ディスクリプション』にも書かれていた願いや欲望――。


 そう言えば願いは英語でウィッシュ、欲望はデザイアが良く使われていますがグリードと言うと『強欲』が有名です。『限りない欲望』として七つの大罪にも名を連ねています。


 でももしそうだとするとやっぱり私の学校も関係している気もしますし、あの投稿自体が悪魔的なんじゃないか……そんな事を考えた時、太一さんの言葉を思い出しました。


 太一さんの言う通りです。こうして自分の知識から関係する事を結びつけてしまいます。

「……確かに、それで勝手に不安になるのは良くないですね……」


 私は独り言ちると新規投稿された作品の投稿日付を見てみました。昨日の朝――と言うか一昨日の深夜。二時五二分。流石に四年前だなんて事はありませんでした。新規投稿ですからそんな事はありえませんがそれでもやっぱり私は気にしているみたいです。

 私はその新規投稿された物を読んでみる事にしました。


 タイトルは『叶わない願い事』。作者は『Yumi』。名前とタイトルの雰囲気から女性が書いた物の印象を受けます。となれば優しい内容の可能性だって考えられます。

 そのまま購読登録をしてリンクを押すと画面の上に投稿された内容が表示されました。

 それはとても短い内容でしたが私の期待は呆気なく砕け散る事となったのでした。




◇◇ 叶わない願い事 ◇◇


 私の両親が、消えた。唐突に何も無くなってしまった。

 それと同時に私の居場所も無くなってしまった。

 けれど、それでも私は幸せだった。何もない事が幸せ。

 だって私の両親はいつも喧嘩ばかりしていたから。

 二人はいつも私の事で喧嘩して、止めに入ると今度は私が殴られた。

 でも、もうそんな事も何も心配する事はない。

 だって、もう何も無くなってしまったんだから。

 学校だけが唯一、私の心が休まる場所だった。

 友達が心配して、色々と世話を焼いてくれる。

 それが煩わしいと思った事もあったけど、きっとそういうのが幸せだと思う。

 でも無理をして笑っていると、私は笑っているのか泣いているのか、分からなくなる。

 中学校も二年になるまで何とか頑張ってきたけれど、もう駄目。

 その友達に会っても、どんな顔をすればいいのか分からない。

 明るくしていた私がそんな事で悩んでいたなんて、絶対に知られたくない。

 慰められる位なら、何もかも消えて失くなってしまう方がいい。

 お願いします。神様、お願いします。

 パパも、ママも全部無かった事にしてください。


◆◆




 書かれていたのはたったこれだけ。それ以上続きもありませんし完結もしていません。

 投稿に対してコメントも酷い物が目立ちます。訳が分からないとか人に見せる物じゃないとか。そして最新コメントの辺りになって私が抱いた感想と同じ事が書かれていました。


『――これ、もしかして家庭内暴力受けてる子のメッセージじゃないの?』

 そしてその後ろにも。

『――ここに書いた事が現実になるって都市伝説があるから、それでじゃないかな?』

『――ある意味ホラーですがここに書く前に児童相談所に行った方が良いです』

『――でも絶望とか感じてる気持ちは凄く伝わってくるから評価します』


――……書いた事が、現実になる――?


 そんな話を私は今まで聞いた事がありません。私がこのサイトを利用し始めたのは半年位前からです。でも以前はもっとちゃんとしたお話らしい投稿が多かったのも事実です。

 どうやらこの話題は皆さん避けているみたいで余り他の人もコメントに返事を書いたり反応していません。そして最新コメントの最後に一言だけこう書かれていました。


『――あの「ゆみる」の所為でここもこんなのばっかりになっちゃったね』


 ゆみる――そう言えば警察の女の人が『ユミル』と言っていた筈です。それは容疑者の大学生が言った遺体が行方不明になっている女の子の名前。お父さんは悪魔の女の子だとテレビで言っていたと話していました。『グリード』は七つの大罪の一つで。太一さんに気にしない様に言われて。だけど私が読んだ翌日に突然、四年前の投稿の続きが――。


 考えない様にしていた事が次々に浮かんで繋がっていきます。それはまるでジグソーパズルのピースをはめ込むみたいにピッタリとし過ぎていてそれが当然の様にも感じます。


「――あれ? どしたの小夜ちゃん、お昼は……ってどしたの!? 顔、真っ青じゃん!?」


 いつの間にかやってきた足立さんが驚いた声をあげました。だけど頭からあの『グリード・ディスクリプション』の事が離れません。あのサイトに投稿されていてあの事件の犯人――自殺してしまった大学生も投稿していました。


『――特に投稿は危ないから絶対にしちゃ駄目だよ――』


 太一さんから言われた言葉が頭の中で響きます。どうして太一さんは私が相談した時にそんな事を言ったんでしょうか。最初はただ不安に思うなら見ない方がいい位にしか考えていませんでした。でも危険な何かがあって遠ざけようとしていたのだとしたら――。


 でも全部私の思い込みで印象に残っている事が繋がっただけ。それを肯定する気持ちと否定する思いがぶつかって頭の中が真っ白になっていきます。

 そして遠くから呼ぶ足立さんの声を聞きながら気が遠くなっていきました。

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