2−2 通学路で
駅を出てから少し歩くと学校の敷地にある大きな礼拝堂が見えてきます。大きなスクール・ゲートが見えてきた頃になって不意に私は背中を叩かれて振り返りました。
「ごきげんよージングウちゃん! あれ、どしたの? 何か良い事でもあった?」
「……ごきげんよう、足立さん。それと私は『カナミヤ』です」
振り返った先には同じクラスの足立真由さんが少し驚いた様子で笑っていました。
足立さんは余り親しいお友達がいない私に絡もうとしてくる少し変わった人です。女の子達の間でいわゆる『どの派閥にも属さない』タイプのお姉さんっぽい人でとても世話好き。そんな彼女は事ある毎に私の処に来ては何かと絡んできます。嫌ではありませんけれど何かと私を巻き込もうとして声を掛けてくる元気な人です。
そんな彼女が少し心配そうな顔で私に尋ねてきました。
「それで大丈夫? 昨日ジングウちゃんお休みして、理由を先生に聞いて心配したよ?」
「あ、はい。えっと、警察の人が一緒でしたから……それと私、『カナミヤ』です」
笑顔で答えると足立さんと私はお互いニッコリと笑顔になりました。
「……結構粘るよね。そろそろ受け入れて欲しいな、ジングウちゃん?」
「ですけど名前って大切な物ですよ? それに私は『カナミヤ』です」
少し前から足立さんは私を『ジングウちゃん』と呼びます。私の苗字は初めて見た人にちゃんと呼んで貰える事は先ずありません。だけど元々足立さんも私を呼ぶ時はちゃんと『カナミヤ』と呼んでいましたからニックネームみたいなつもりなんでしょう。だけど私はそれを頑として受け入れていませんでした。
それで足立さんは溜息を付くと尋ねてきます。
「……でもさ。神宮って書いて『かなみや』って凄く珍しいよね。もしかして元々は神社の家だったとか? 髪の毛凄く長くて綺麗だし、巫女さんっぽい感じするし?」
「ええ、父の家は元々神主さんだったらしいです。今は違いますけど……」
そして足立さんはもう一度私を見ると『よし!』と言ってにっこり笑いました。
「んじゃ、今度から私、下の名前で呼ぶね。確か『小夜』ちゃん、だよね?」
「……正しくは小夜子です。まあ、別に構いませんけど……」
そう言うと足立さんは嬉しそうに言いました。
「それじゃ小夜ちゃん、私の事も『真由ちゃん』って呼んでね!」
「……結構です」
「く、くっそお! 難攻不落……でもまだ私、諦めないんだからね!」
冗談っぽくそう言って笑うと足立さんは不意に真面目な顔に変わりました。
「――後は由美子だけ、かなあ……」
「え? えと、由美子さん、ですか?」
一体誰の事を言っているのか分からず私が繰り返すと足立さんは苦笑しました。
「うん。って小夜ちゃん、クラスメート憶えてないの? ほら、渡辺由美子よ」
「……ああ、あの……」
そこまで言われてやっと気付きました。
渡辺由美子さん――同じクラスの女の子で派手な顔立ちの明るい子です。ただ少し躁鬱の気があって私はこれまで一度もお話した事がありません。そもそも私には足立さん位しか話し掛けて来ませんし私からは誰かに話し掛ける事が殆どありませんでした。
孤立している訳では無いと思うんですがクラスの女の子達は私に声を掛けて来ません。
勿論イジメを受けている訳でもありませんけれど私は元々余り誰かと会話する事をしませんし時間があれば本や電子書籍を読んで過ごしています。最近では携帯電話――スマートフォンで家のタブレットと同じ物を読めるので一層何かを読んでいる事が増えています。
私にも何処か悪い部分があるのかも知れません。だけど何処を直せば良いのか分からなくて結局ずっとマイペースで過ごしています。別に声を出せない訳じゃありませんがもしかしたら周囲から陰気な子だと思われているのかも知れません。
対する足立さんは初等部の頃に転入して来てからあっと言う間にクラスに馴染んでしまいました。そんな足立さんがずっと仲良くしているのが渡辺さんでした。
「ええと、それで……渡辺さんも何かあったんですか?」
私がそう尋ねると足立さんは少し憂鬱そうに答えました。
「あー、うん。由美子も昨日お休みしたの。小夜ちゃんは連絡があったけど由美子の方はお家に連絡しても電話に出ないみたい。あの子のスマホに掛けても出ないし……だけど由美子って前も家出した前科があるからさ? だからまあ大丈夫だとは思うんだけど……」
そう言って足立さんは溜息を付きました。そう言われてみると以前渡辺さんは何度か長い間学校をお休みした事があります。でもまさか家出だったとは思いもしませんでした。
でも携帯電話に出ないのは兎も角、家の人も電話に出ないのは奇妙です。
「……もしかしたら家族で何処か行ってるのかも知れませんね」
家の都合で学校をお休みするのは割と良くある事です。試験前に、と言うのはちょっと変な気もしますがお家の人の事情でお休みが取れない時には平日でも休む子だっています。
足立さんは私の隣を歩きながら何かを考えて言いました。
「……でもスマホでも場所が分かんないの。あの子、電源オフってるみたいでさあ……」
「スマートフォン、ですか?」
電源を切っていれば電話に出ないのも当然です。でもそれで場所が分からないと言うのも良く分かりません。それで首を傾げていると足立さんは黙って私の顔を見つめました。
「え、何ですか?」
「――時に小夜ちゃん。そいえば……電子本読んでるしスマホ、持ってるよね?」
「えと、携帯電話ですよね? はい、持ってますけど……?」
「んじゃあ丁度良いし『トモドコ』のフレンド登録しない?」
「え……あの、それは何ですか?」
「ほら、友達が何処にいるか分かるアプリ。待ち合わせとかね、スマホ失くしても探せるから良いよ? メッセージのやり取りも出来るからちょー便利なんだよねぇ」
そう言えば少し前にそう言う位置情報を使って色々出来るアプリが沢山出ていた事がありました。確か塾帰りの子が今何処にいるとか親御さんが確認出来たりするアプリです。
確か子供が何処にいるかだけじゃなくてカップルだと相手が今何処にいて浮気してないかとか。出張中の彼が避暑地や娯楽施設にいるとか調べる物まであった筈です。
「……嫌ですよ……そんなずっと監視されてるみたいなの……」
「えー、いいじゃん? ほら、そしたら私も小夜ちゃんにしつこくしないよ?」
「あ……それは良いですね。分かりました、今すぐ入れましょう」
冗談っぽく言う足立さんに私はすぐに納得すると満面の笑みで答えました。カバンから携帯電話を取り出すとみるみる複雑そうな顔に変わっていく足立さん。
「ちょっ……え、ええーっ……それって、要するに……」
明らかに動揺した様子の足立さんに私はすぐに笑って首を横に振りました。
「冗談です。でも私、家族に電話とか……お話を読む位にしか使ってないんですけど」
これまでに家族以外に誰も連絡先を登録した事はありません。当然連絡し合う友達なんて私はいませんからお話を読んだりする以外には携帯電話に触れる事自体余りありません。
でも、そう言えば他の人の連絡先を登録したのは太一さんが初めてです。そう思うだけで凄く嬉しい気がしてきます。その時私は少し浮かれていたのかも知れません。
そのままアプリをダウンロードしてすぐに足立さんを登録しました。すると画面に地図が表示されて自分の矢印に重なって可愛い猫の絵と『まゆ』と言う名前が現れます。
隣で同じく自分の携帯電話を見ていた足立さんは嬉しそうにガッツポーズと取りました。
「……よっしゃ! 小夜ちゃんのフレポジ、私が初ゲット!」
フレポジ? フレンドのポジション? それは居場所が分かる様になった事、と言う事なんでしょうか。私の居場所が分かって何がそんなに嬉しいのか私には良く分かりません。
ロッカー室で上履きに履き替えた後、私は思い切って尋ねてみました。
「――あの、足立さん? 私の居場所が分かって、何がそんなに嬉しいんですか?」
すると足立さんは一瞬ポカンとした顔になりました。それがさっきのアプリの事を言っているのだと気付いたみたいで思い出す様に笑って答えます。
「ああ、違う違う。アプリの事じゃないよ。小夜ちゃんはレアキャラだからね?」
「……レア? 私が?」
「うん。小夜ちゃん、クラスでかなり有名だもん。髪長いしお人形みたいで普段からちょっとアンニュイでしょ? 物静かで如何にも天然物のお嬢様って感じじゃない?」
そんな恐ろしい事を聞いて私は呆然としながら廊下で立ち止まりました。
「……え……えと……そ、そんなの、初めて聞いたんですけど……?」
「当たり前じゃん? そんな事面と向かって言う子居ないし。あ、でも悪口じゃないからね? 憂いた感じとか考え事してる横顔が堪んないよねーって皆言ってるだけだから」
それを聞いて私は嫌な汗が吹き出すのを感じました。そう言えば昨日も警察の女の人達が私の事を『お嬢様』とか言っていたばかりです。まさかそんな風に思われていたなんて。
私の家は普通位には裕福だと思いますが特に変わった事はありません。と言っても私が幼稚園に入園するタイミングで引っ越してきたのでその頃からお友達はいませんでしたし遊びに誰かのお家に行く事も無かったのでよく分かりません。
それにもしかしたらそんな風に思われているから私は孤立してるんじゃないかと悩み始めました。思わず黙って考え込む私の顔を覗き込むと足立さんは楽しそうに笑います。
「それそれ、その顔ね。子犬が構って欲しいのに一生懸命我慢してる的な? だけど下手に触れて可愛がろうとしたら全力で逃げていっちゃいそう的な?」
「え……あの、私って、そんな風に見られてたんですか……?」
顔から血の気が引いている感じがします。それで額に触れながら本気でどうしようかと悩みながら尋ねました。だって私は何処でも一人で考えてしまう事が凄く多いです。
だけど足立さんは深刻な私に掌を振りながら楽しそうに追い打ちを掛けました。
「だから皆すっごく心配してたよ? 小夜ちゃんって大人しくて抵抗しなさそうだし」
「……う……」
全然否定出来ません。電車の時だって混雑していて動けませんでしたけど空いていても多分怖くて動けませんでした。きっと太一さんが助けてくれなかったら多分どうにも出来なかったと思います。もしかして太一さんがあんなに優しくしてくれたのってそんな風に放っておくと危なっかしい子だと思われたんでしょうか。そう思うとちょっと複雑です。
でもそれはそれで私が心配で気にしてくれていると……いえ、やっぱり複雑です。
私は頭を抱えたい気持ちのまま足立さんと一緒に教室へ入って行きました。
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