二章 歪な、願い事。
2−1 太一との再会
翌日、私はいつも通りいつもの時間、いつもの電車に乗りました。
お母さんは今日も休んだ方がいいと言ってくれましたが昨日もお休みしているのに今日も休むと試験に支障が出ます。少しお母さんは怒りましたけど結局許してくれました。
ぼんやりしながらホームに出てやってきた電車に乗ると知っている人がいました。
「――やあ、おはよう。小夜子ちゃん」
「……あ……お、お早う、ござい、ます……」
それは権堂太一さん、でした。
どうやらぼんやりしていた所為で女性専用車両じゃなくてまた一般車両に乗ってしまったみたいです。でも時間が早いので電車の中は空いています。
太一さんが困った顔で笑っています。でも私は恥ずかしくて顔を上げられませんでした。
だって昨日助けて貰ったのにいきなり泣きだしてしまってどんな顔をすればいいのか分かりません。会ったばかりの人に助けて貰って、頼って、泣いて。いつもの私とは余りにも違い過ぎるし大胆過ぎました。もう目を合わせにくいったらありません。
だけどそんな私を気遣ってか太一さんはとても普通に話し掛けて来てくれました。
「小夜子ちゃん、病院は……もう体調の方は大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫でした。あと、お母さん……母も感謝してました」
小さくなりながらそう答えた瞬間『あの人幾つなのかしら?』と言うお母さんの言葉が脳裏をよぎります。それに車の中で泣いてしまった私は最後にお礼が言えませんでした。勇気を振り絞って太一さんにお礼を言おうと決意します。
「――あ、あの、太一さん?」
「うん? どうしたの?」
「き、昨日は……本当に色々、有難うございました!」
けれど太一さんはそんな私を見て優しい顔でにっこり微笑みます。
「ううん、それが僕のお仕事だから。全然気にしなくていいよ?」
「いえ……私、太一さんがいなかったらどうなっていたか……」
「本当に気にしないで。それより……あれから見てない?」
不意にそう尋ねられて私は自分の顔や耳、首筋が熱くなるのを感じました。
実は昨日あんなに泣いた後で家に帰ってから太一さんに貰った名刺をずっと眺めていました。生まれて初めて貰った名刺を散々悩んだ挙げ句に学生手帳にお守りみたいに挟んであります。勿論書いてあった携帯電話の番号はちゃんと自分の携帯電話に登録して。
まさか、ずっと名刺を見ていた事がバレてしまったんじゃ……そう思うと顔を上げられません。それで私はドギマギしながらも何とか辛うじて答えました。
「あっ……あ、はい! ええと……頂いた名刺は、ずっと見てません!」
そう言った途端顔が強張って一層頬が熱くなるのを感じます。言った後で『これじゃあずっと見てました』って言ったのと同じだと気付いて恥ずかしさが一層こみ上げてきます。
だけど太一さんは一瞬キョトンとした顔になると苦笑しながらもう一度尋ねてきました。
「あ……あ、ほら。名刺じゃなくて。例のサイト……あれから見てない?」
「……えっ?」
それでやっと私は気がつきました。そう言えば昨日、車の中で『サイトは見ない方が良い、投稿は絶対しちゃ駄目だ』と言われていました。自分から名刺の事を言ってしまった上に少し寂しく思ってしまって、それでやっと私は自分の中にあった思いを自覚しました。
――私、太一さんの事が好き……なのかも……。
太一さんは年上で優しいお兄さんみたいな感じです。私の親戚は小さな女の子が一人しかいませんし、おじさんじゃない年上の男の人とは縁がありません。
恥ずかしさと寂しさが胸の中に押し寄せてきて俯いたまま少し気落ちして答えました。
「……あ、はい……すいません、見てません……」
居た堪れなくて顔を上げられない私に太一さんはにっこり笑いました。
「あ、だけど名刺を誰かに渡したのは小夜子ちゃんが初めてなんだ。だから大事にしてくれてるなら凄く嬉しいよ。小夜子ちゃん、有難う。困った事があればすぐ電話してね?」
「……は、はい!」
そう言われて私は上着のポケットに入れてある生徒手帳を上からそっと押さえました。
不思議。そんな風に言われた途端嬉しくなって落ち着きません。こんな風に誰かの一言で自分がこんな気持ちになるだなんて思ってもいませんでした。
だけどそうしている内に少しして私が降りる駅のアナウンスが車内で流れました。扉の処に逃げる様に移動すると太一さんは見送る様に付いてきてくれます。
そうして私がホームに降りると後ろから太一さんの優しい声が聞こえてきました。
「……それじゃあ小夜子ちゃん、お勉強頑張ってね」
それで私は思わず勢いよく振り返ってしまいました。太一さんは突然の私の態度に少し驚いた顔になっています。
「……うん? どうしたの?」
「あ、あの……太一さんって、お幾つなんですか!?」
「え……ああ、歳? 僕は今二八歳だけど……?」
「あ、有難うございました!」
「……えっ? え、ええと……?」
頭を深く下げてお礼を言う私に太一さんは少し戸惑った顔になって驚いています。
そうしていると扉が溜息の様な音を立てて閉まりました。首を傾げたままでいる太一さんの姿を見送った私は改札に向かって歩き始めます。
――そっか……二八歳なんだ……。
私は今中等部の二年生。一四歳ですから丁度倍です。だけど大学生が卒業で二二歳くらいです。もし私にお兄さんがいればこんな気持ちになるのかも知れません。
――何だか今日は良い事がありそう。
そんな事を考えながら私は改札を飛び出して行きました。
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