1−幕 どうして?
私は女の人が運転する車――パトカーじゃなくて――の後部座席に座っていました。
すぐ隣では太一さんが肩を小さくして居辛そうにしています。車の中はまるで新品みたいな独特の匂いがします。消毒のスプレーか何かをした様に清潔です。そんな中で太一さんが困った顔で黙っていると助手席に座った女の人が笑いながら振り返りました。
「……もう、びっくりしましたよ。警部補が中学生の女の子に手を出したのかと……」
「ちょ、そんな人聞きの悪い……冗談でも辞めてくださいよ……」
居心地悪そうに太一さんは首を竦めて答えますが運転席と助手席の二人はとても楽しそうに笑っています。それで助手席側の女の人が砕けた調子で私に話し掛けてきました。
「――だけどその制服って、小夜子ちゃんはお嬢様なのね」
「え……いえ、そんな事、ないです……」
私の通うミッション・スクールは学費はそれ程高くはありませんが世間からは高級なお嬢様学校と言われています。それで私も小さくなると太一さんは驚いた顔になりました。
「え、お嬢様って……そんな凄い学校なんですか?」
「あーまあ、男の人ってあんまりそう言う事は知らないかも知れませんね」
運転席の女の人がそう言って笑うと前を見て運転しながら今度は私に尋ねてきました。
「それで警部補に相談したい事って? 一応こう言う時は男の人は関わらない事になっているんだけど。もしかして小夜子さん、助けられて警部補の事が好きになっちゃった?」
「うわ、それって吊橋効果だわ。警部補、女子中学生を相手に問題ですよ、これ?」
助手席に座る女の人が楽しそうにそんな事を言い出します。それで私が何だか恥ずかしくて俯いてしまうと隣の太一さんが顔を引きつらせながら慌てて私と助手席を見ました。
「……ちょ、二人共……マジで辞めてくださいよ……参ったな……」
本当に困った様子の太一さんに前の二人が笑い出して私も思わず笑ってしまいました。そして丁度信号が赤になって車が停まった処で太一さんが私の方を向いて尋ねてきます。
「――それで小夜子ちゃん、僕に相談って何かな? 僕でないと駄目な事って?」
「あ……はい、ええと……これ、なんですけど……」
私はカバンの中から自分の携帯電話を取り出しました。
「うん? スマートフォン? それがどうしたの?」
「えと……これです。昨日の夜、偶然見つけちゃったんですけど……」
私は画面を操作して昨日見つけた『グリード・ディスクリプション』を表示しました。
訝しげな顔の太一さんにその画面を見せるとそれまでの笑っていた顔が鋭く変わります。
「……ごめん、ちょっと借りても構わないかな?」
「あ、はい……」
そして太一さんは私の携帯電話を受け取ると手慣れた様子で画面を操作し始めました。
私の携帯電話は海外製で女の子には特に人気があるお洒落な機種です。でも太一さんは操作に戸惑う事も無く次々に画面を操作していきます。それで私は付け加えて話しました。
「……これってあの、今朝自殺した大学生の事件に何か関係あるのかな、って……」
それを聞いた途端助手席の女の人が今度は身体毎振り向いて驚いた声を上げました。
「ッ、えっ!? 大学生って……あの、『ユミル』の!?」
「あ、はい……四年前に投稿されたみたいで……それで今朝、テレビで自殺したニュースを見て……それで電車に乗る時、丁度続きが投稿されたみたいなんです……」
私が頷いて答えると女の人は途端に黙って前を向いてしまいました。どうやら余り聞いては行けないと思ったのかそれ以上何も尋ねてきません。変に重苦しくなった車内で隣の太一さんが画面から顔を上げるとじっと私を見つめます。
「……これ、あの事件と凄く関係してそうで……私、それで怖くて……」
太一さんの視線に急かされる様に私は口を開きました。でもそこで言葉に詰まってしまいました。さっきまでの笑顔が消えていて鋭い目がじっと私を見つめていたからです。
いえ――太一さんは私を見ていませんでした。目の前にいる私じゃなくてその向こう側にある何かを睨んでいたのです。それはとても怖い顔でした。
そしてしばらくすると私が固まっているのに気付いたのか太一さんは少しだけ優しい顔になって言いました。
「――占いの手法だね。わざと曖昧に書いて読んだ人がどんな風にでも連想して解釈出来る手法だ。昔流行した預言書の類も大抵はこんな風なぼかした書き方だったらしいよ」
「え……でも私が読んだ途端に更新されたり、こんなに一致してるだなんて……」
「それが目的なんだよ。人間は意味を見ようとする。二、三の項目が経験や知識と一致すれば信じるんだよ。印象に残る事と符号すれば自然にそれと結びつけてしまうからね」
そう言うと太一さんはポケットから黒い手帳を出して何かを書き始めました。だけど私はそれを聞いて唇を噛んで今にも泣いてしまいそうでした。
太一さんが言った事は分かります。確か何処かで読んだ本に載っていました。認知心理学と言って人間の思考をコンピューターの処理で考える心理学です。知識や経験と言うデータから入力された情報を検索して結びつける――でもそんな事より私は悲しくて仕方ありませんでした。言った事を信じて貰えないのが何よりもとても辛かったのです。
でもそうやって俯いて泣きそうになっていると不意に太一さんが何かを差し出しました。
「――小夜子ちゃん。一応これ渡しておくよ。僕の名刺ね」
「……え……」
「いいかい? もし万が一……この件で何か困った事があれば必ず連絡して。絶対に自分で何とかしようとしない事。どんな下らない事でも構わないからいつでも連絡してきて」
そう言って差し出された名刺に私はどう反応すればいいのか分かりませんでした。こんな大人が使う物を貰った事なんてありません。それで手を出せずにじっと見ていると太一さんは私の手を取って掌の上に名刺を置きました。そして優しい声で笑顔で言います。
「……はい、これ。この番号は僕個人の端末だからいつでもいいよ。それと……このサイトは出来るだけ関わっちゃ駄目だ。特に投稿は危ないから絶対にしちゃ駄目だよ」
まるで子供に言い聞かせる様な優しい言葉。それで私は何となく分かった気がしました。
きっとこれは子供の私を慰めてくれただけ。電車の中で助けてくれた時もそうだし車掌室で見せてくれた優しさと同じ。大人が子供に見せてくれる優しさでしかありません。
そう思うと何故か悲しくて寂しさに胸がきゅっと苦しくて涙が出てきました。きっと無理を言ったから付き合ってくれただけで、呼び止めなければ行ってしまった筈だから。
それでも手渡された名刺を胸に抱いてそれ以上言葉が思い浮かびません。太一さんはきっと親切でしてくれた事です。それは分かっていて感謝だってしているし名刺を貰えて凄く嬉しく思っています。なのに何故悲しいと感じてしまうのかが自分でも分かりません。
結局それからそのまま車内では話が弾む事も無く静かなまま病院に到着しました。
病院の前で待っていたお母さんが泣いている私を見て驚きながら警察の女の人二人と太一さんにお礼を言っているのが聞こえてきます。だけど私は俯いたままで何も言えません。
そうしてお母さんに連れられて私は病院の待合室へ行きました。
「……小夜子ちゃん、大丈夫?」
「……はい……大丈夫、です……」
「本当に今日はお休みさせれば良かったわ。こんな事になるなんて……」
どうやらお母さんは私が泣いている理由が痴漢にあって余程怖い目にあったと思ったみたいでした。胸に名刺を抱いて泣いている私の肩をそっと抱えてくれます。
そうしてぼんやりしながら待合室で待っている時、不意に私の頭に疑問が浮かびました。
――そう言えば、どうして太一さんは『投稿は危ない』って言ったんでしょう……?
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