1−4 車掌室にて

 学校のある駅の三駅手前。電車を降りて私はそのまま駅の車掌室に連れて行かれました。

 だけど足に力が入らなくて私はまともに歩く事が出来ません。そんな私を男の人は抱きかかえるとそのまま車掌室へと入っていきます。


 やってきた駅員さんに連れられて項垂れた男の人が扉の向こうに消えると、震える私をソファーに降ろして腰掛けさせてくれました。そのまま運んでくれた男の人は私に背を向けてやってきた年配の駅員さんに敬礼しているのが見えました。


「――生活安全部、情報技術犯罪対策課の権堂太一です。七時五七分、猥褻行為の現行犯逮捕。現場写真もありますのでこれと一緒に鉄警隊への引き渡しをお願いします」


 それを聞くと駅員のおじさんも同じく敬礼して男の人が差し出した物を受け取ります。

「お疲れ様です。おっとそうだ、お嬢ちゃんに熱いお茶を淹れて来ますわ」


 そして駅員の人は慌てて部屋の奥に消えて行きました。後には私と男の人の二人だけ。

 緊張する私の前に男の人はしゃがむと私より低い目線になって見上げてきました。そして俯いて顔を上げられない私に向かって心配そうに優しい声で話し掛けてきます。


「――もう大丈夫です。ごめんなさい、学校に行く途中でしたよね?」

 だけど喉がカラカラでくっつくみたいで声を上手く出せません。そんな処に駅員のおじさんが湯気の上がる紙コップを持って戻ってきました。

「いやあ、災難だったね。これ飲んで。落ち着くまでゆっくりしていってね?」


 そんな駅員さんに無言で頭を下げるとすぐにまた奥に行ってしまいました。受け取った紙コップの中の熱いお茶を口に含むと少し落ち着いた気がします。

「……えと……ごんどう、たいち……さん?」

 さっき聞こえた名前を掠れた声で呟くと男の人はやっとにっこり笑いました。


「はい。僕は権堂太一と言います。警察官です。ええと……お名前、宜しいですか?」

「……あ……かなみや、さよこ……です……」

「ええと、漢字だとどう書くんでしょう?」

「えと、じんぐう……『神の宮』でかなみや、『小さい夜の子』でさよこ、です……」


 私は尋ねられるままに名前と住所、連絡先と学校の事を答えていきました。それを手に持った書類に書いていくと男の人――太一さんは心配そうに尋ねてきます。


「神宮さんは中学生なんですね。高校生だと思ってました。とても大人っぽいですから」

「……そ、そんな事、ないです……」

「でも体調が悪そうですけれど、大丈夫ですか?」

「……あ、えと……その……」


 普段はお父さんか学校の先生位しか大人の男の人と話す事がありません。それで俯いて言葉に詰まっていると太一さんは安心させる様に笑い掛けてきます。


「――いやあ、実は僕もあんな風に逮捕なんて初めてでとても緊張しました。普段はデスクワークばかりですからね。緊張していてどうしようかと思ったんですよ」

 緊張している私を気遣ってくれているんでしょう。少しおどけたみたいに私を笑わせようとしてくれているのが分かります。それでやっと強張った手から力が抜けてきました。


「あの……えと、権堂……太一、さん?」

「はい、何でしょうか?」

「私、まだ子供ですから……そんな風に敬語、使わないでください……」

「あ、いや……ですが……」

 だけど太一さんは緊張したままの私を見ると溜息をついて首を傾げて笑顔になりました。


「――分かったよ、ええと……小夜子ちゃん? これでいいかな?」

 警察の人から敬語で話されているとなんだか自分が取調べを受けているみたいで落ち着きません。それで私はふと疑問に思った事を尋ねようとして口を滑らせてしまいました。


「……はい。えっとそれで、太一さんは――あ、ごめんなさい……」

 思わず名前で呼んでしまってから慌てて口を押さえます。でも太一さんはそんな私に苦笑すると楽しそうに笑って答えてくれました。


「太一でいいよ。権堂って名前負けしてるって良く言われるから。皆僕の事を太一、って名前で呼んでる。だから気にしないで? それで……小夜子ちゃん、何かな?」


 とても不思議。こんな風に初めて会った人と、それも男の人とお話するだなんて今までした事がありません。もしかしたら助けてくれた人だからかも。そう思いながら私は思い切って疑問に思っていた事を太一さんに尋ねました。


「えと、太一さんって……警察の人、なんですよね? でもデスクワークって?」

「うん、警察でもパソコンやネットの担当なんだ。だから普段こんな風に逮捕現場に立ち会う事は無いんだよ。もう緊張して、これでも心臓がバクバクしてたんだよ?」


 そう言いながら自分の胸元を押さえる太一さん。こんな風に陽気に話す人にはとても見えません。真面目そうな人なのにきっと子供の私を気遣ってくれているんでしょう。大げさに言って笑う太一さんにつられて私も思わず一緒に笑ってしまいます。


 だけどそんな時、車掌室の扉がノックされてスーツ姿の女の人が二人入ってきました。

 私と太一さんが視線を向けると二人は気付いた様で敬礼します。

「――失礼します。所轄から参りました。権堂警部補でしょうか?」

 それで同じく敬礼して返すと太一さんは女の人達に向かって少し小さな声で尋ねました。


「はい、僕が権堂です。お疲れ様です。こちらが神宮小夜子さんです。それで……ご家族にはもう連絡はして頂けましたか?」

「ええ、伺った連絡先でお母様に。このまま病院にお送りする事になっています」

「そうですか。それじゃあ後をお願いしても構いませんか?」

「はい。ええと……小夜子ちゃん? それじゃあ一緒に行きましょうか?」


 そう言えばさっき書いていた書類は駅員のおじさんが持って行ったみたいです。それで家のお母さんに連絡したのでしょう。女の人は優しそうに笑うと私に手を差し出してきました。その手を取ろうとした向こう側で太一さんの背中と椅子に掛けていたスーツの上着を手に取るのが見えます。私は思わず太一さんの背中に向かって声を上げていました。


「あッ……あのッ!」

 いきなりの大きな声に女の人二人は驚いた顔で振り返りました。そこでは太一さんがキョトンとした顔になって私を見ています。何と続けていいか私には分からなくなりました。


「え……どうしたの、小夜子ちゃん? 権堂警部補に何か用事があるの?」

 目の前の女の人にそう尋ねられて必死に考えました。

 何か、何か言わないと――その時私の口から思ってもいなかった言葉が出てきました。

「あのッ……太一さんに、相談に乗って頂きたい事が、あるんですッ!」


 突然の私の言葉に女の人達は顔を見合わせると再び太一さんを凝視します。その責める様な無言の視線に太一さんは少し顔を引きつらせている様に見えました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る