1−3 通学電車で
私が通う学校はミッション・スクールです。今は中等部二年生になります。幼稚園の頃から通っていますが特に宗教に熱心な学校と言う訳じゃありません。昔、お母さんも同じ学校に通っていて産まれた私にも通わせたいと考えたそうです。
普通の学校に比べると設備も充実していて大学までエスカレーター式。知らない人が来る事も殆どありません。それに私の通うミッション・スクールは女子校で古くからある格式のある学校なので保護者の人も安心だと良く言われているそうです。
学校には寮もありますが私は自宅から電車で通学しています。だけど今日はいつもより少し遅れてしまったみたいで駅に到着すると構内は大勢の人でごった返していました。
人混みに酔いそうになりながらホームへ上がる階段の途中。突然カバンに入れてあった携帯電話からメッセージの着信音が鳴るのが聞こえてきます。
なんだろう、お母さんかな――そう思って取り出して画面を見て私はとても驚きました。
《――『グリード・ディスクリプション』の最新話が更新されました――》
――そんな……四年も更新されていなかったのに、今になってどうして?
そこに映っていたのはあの物語の続きが投稿されたと言う新着通知。
携帯電話はタブレットと同じアカウントなので自動的に共有されています。きっとその所為で届いたのでしょう。丁度やってきた電車に慌てて飛び込むと私はそのまま扉の近くで携帯電話の画面を見つめました。
そこにはあの物語の続きが新しく投稿されていました。
◇◇ グリード・ディスクリプション 二 ◇◇
最初の語り手、彼が呼び出した少女。少女はまごうことなき真実の悪魔であった。
悪魔とは人の欲を満たし、対価として魂を得る者。彼が求めたのは、最初は純粋な愛。しかしそれが満たされてしまった。やがてそれは、新たなる欲を生み出す。
彼は少女を真に愛していたし少女も彼を愛していた。打算や策謀、そんな物は何一つ無い。真実に、純粋に思い、慕う。それが彼が求めた物であり、少女が見せた物でもあった。
しかしそれこそ少女が悪魔である証明。少女は悪魔として、彼自らが望んで命を手放す形で彼の魂を手にいれたのだ。なんという不幸、そしてなんという幸福。
そして彼は絶望し、完全なる停止、停滞、つまり終わりを選択した。それによって誰も幸福や不幸を得る事はない。もし彼が最後まで語り手であったなら、違う結末もあったかも知れない。しかし彼はそれをしなかったし、しようとすら考えなかった。
ただ目の前にある幸福にうつつを抜かし、語る事を辞めた。
なんという悲劇、そしてなんという喜劇。
そして再び――新たなる語り手となる者が現れた。新たなる語り手は何を望むのか。
その者は神の学び舎へと訪れる、うら若き乙女。
さあ、再びグリード・ディスクリプションを始めよう。
◆◆
読み終えて携帯電話をカバンにしまうと私は目を閉じて扉に身体をもたれさせました。
――……気持ち、悪い。
目の前が揺れて頭がクラクラします。目を開けているのも辛くて仕方ありません。
書いてあった内容――その最後に書かれていた事が今も頭の中でぐるぐる回って離れてくれません。それはまるで私が見つけて読んでしまったから続きが投稿されたみたいに思ってしまったから。目を閉じていると怖い考えばかりが次々に浮かんでは消えていきます。
まさか、四年も前からあの大学生が自殺する事まで、分かっていた?そんな、それってまるで本当に怖い予言みたいな気がします。それに『神の学び舎』と言われて真っ先に思い浮かべたのは私が通っているミッション・スクールでした。キリスト教系列の学校で授業の中にもカトリック倫理の授業があって聖書が教科書の一つになっています。
それが気味が悪いと言うか……怖くて仕方ありません。
――今日はもう、このまま帰ろうかな……。
お母さんに言われた通り今日は休めばよかったと後悔しました。人混みで気分が悪くなっている処にあんな物を見てしまって私は本気で落ち込みながら目を瞑っていました。けれどそんな事を考え始めた時不意に誰かに身体を触れられた気がして目を開きました。
首だけ振り返るとスーツ姿のサラリーマンの男の人達で一杯です。そこで初めて私はいつも乗っている女性専用車両じゃない事に気付きました。いつもより遅れてしまった上に慌てて飛び込んだ所為でしょう。いつもはもう一つ早い電車でこんなに混雑していません。
元々私は男女関係なく人が多いのが苦手です。こんなに人が大勢でそれで余計に気分が悪くなってしまったのかも。カバンや腕が背中に当たってきますがもう仕方ありません。
次の駅で降りて今日はもう家に帰ろう――そう決心した時でした。
明らかに人の手、指が私の腰に触れてきました。それは腰から更に下へ向かって身体の窪みに沿ってじわじわと這い回ってきます。それでさっきまで感じていた恐怖とは違う種類の恐怖に今度は身を竦めました。小さく身動ぎしてもすし詰め状態の中では身体を捻って逃げる事も出来ません。全く動けない中で立ちすくんでいると指先は今度はスカートの上に差し掛かってきました。怖くて怖くて声が全然出せません。
膝が震えて頭の中が真っ白になって、もう何も考える事が出来ませんでした。
そんな時突然頭の上から『カシャン』と言う小さな電子音が聞こえてきました。そしてそれに続いてすぐ斜め後ろから男の人が囁く様な小さな声が聞こえてきたのです。
「――はい、すいません。次の駅で一緒に降りてください」
静かな声が聞こえてきた途端私の腰に触れていた人の手がビクッとして離れていきます。
けれど私はもうパニックを起こしたみたいに反応出来ませんでした。このまま何処に連れて行かれるんだろう、私はどうなっちゃうんだろう――そんな恐怖に身体が動きません。
それで身体を一層小さくすると真後ろから別の男の人の呻き声が聞こえました。そして再び斜め後ろから再び囁く様に小さくて優しそうな声が続きます。
「七時五七分記録、警察です――お嬢ちゃん、大丈夫?」
――け、警察……。
膝から力が抜けて崩れ落ちそうになった処をしっかりとした腕に支えられました。
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