1−2 食卓にて
「――おはよう、小夜子。今日はちょっと遅かったね?」
「お早うございます、お父さん。昨日はちょっと夜更ししちゃって……」
ダイニングに入るとお父さんが笑いながら朝の挨拶をしてきます。それで私も苦笑して挨拶しました。すると今度はキッチンからお母さんが少し心配そうな顔で言って来ます。
「もう、小夜子ちゃんは低血圧気味なんだから。ちゃんと寝ないと駄目でしょう?」
「……はぁい、ごめんなさい……気を付けます……」
首を竦めて私は席に着きました。サラダにトーストが並んでいて紅茶の入ったティーカップからは湯気が上がっています。余り食欲が無いけれどそれでもちゃんと食べないと。
そしてトーストを手に取った時、テレビからニュースが流れて来る声が聞こえました。
『――今朝未明、収容先の医療刑務所で、巡回中の看護師に、首を吊って死んでいるのが発見されました。佐藤雄一容疑者は、遺言と思しき手紙を残しており、それによりますと、先日の事件で遺体が行方不明となっている、少女との再会を仄めかした内容を記述している事から、検察では、恐らく発作的な行動による物だと、推測されています。検死解剖の結果、自殺に至った時間は、昨晩深夜〇時過ぎと考えられており、検察側は現在も詳細についての調査を、継続して行っているとの事です。……次のニュースです――』
佐藤雄一容疑者――二ヶ月くらい前女の子が軟禁されて全裸死体が見つかったあの嫌な事件。その犯人と言われる大学生が刑務所で自殺したと言うニュースでした。
嫌になる程テレビや新聞で騒がれて特集まで組まれていたのにそれがある日突然ぷっつりと途絶えました。世間ではもう話題にもなっていませんが私の通う学校では二ヶ月が過ぎた今でも『登下校の際は特に注意する様に』とずっと言われ続けています。特に女子校と言う事もあって私の通う中等部だけでなく高等部でも余計に警戒しているのでしょう。
そんなテレビを眺めながらお父さんは小さく呟きました。
「今度は医療刑務所の中で、か……これはまた世間が色々言うだろうねえ」
「ホントに怖いわねえ。小夜子ちゃんも気を付けるのよ?」
「……はぁい……」
心配そうな顔でお母さんまで同じ事を繰り返します。それで首を竦めて答えると今度はお父さんが顎に手を当てて何かを思い出す様に小さな声で言いました。
「んーだけど、被害者の女の子って今も見つかってないんだろ? 犯人が『あれは人じゃなくて悪魔の娘だ』とか主張してたらしい。きっと精神的に色々あったんだろうなあ」
けれどその一言を聞いて私は顔をあげました。手のもったトーストをそのままで。
――あれ? そういえば……『悪魔の女の子』、って……。
それはあの物語、『グリード・ディスクリプション』にも書かれていた一言です。
そういえば未来がない、とか書かれていた様な気がします。大学生の容疑者は自殺する事で自分の『未来』を断ってしまった――その事が妙に符合している気がしてなりません。
だけどあれは四年も前に書かれた物の筈で……だけど、そんなまさか……。
「――ん? どうしたんだい、小夜子?」
トーストを手にしたまま動かない私を見てお父さんが心配そうに尋ねました。私はお父さんの顔をじっと見るとさっき言った事を尋ねます。
「……お父さん、『悪魔』って……それ、どこで聞いたんですか?」
「え……いや、事件があった時に夜、テレビでやってたんだよ。まさか、悪魔だなんて話を小夜子は信じたのかい? すまんね、朝から変な事を言ってしまったみたいだ」
お父さんは申し訳なさそうな顔になるとリモコンを触ってテレビを消しました。静かになった食卓で、だけどもうあの物語の事が頭から離れてくれませんでした。
元々食欲が無かった事もあって何かを食べる気がしません。私はトーストをお皿に戻して考え込みます。そんな私に今度はキッチンから出てきたお母さんが尋ねてきました。
「小夜子ちゃん? お顔真っ青だけど大丈夫? 何なら今日は学校、お休みする?」
そうは言ってもきっと休んで横になれば嫌でも考えてしまうでしょう。気になってタブレットを何度も読み返すに違いありません。そうなればもう泥沼です。私は少しだけ考えると心配そうなお母さんに首を横に振って答えました。
「……ううん、行きます。もうすぐ試験も近いし、お休みしちゃうとちょっと……」
「だけど……」
「大丈夫です。体調が悪くなったらすぐに保健室に行きますから」
それで今度はお母さんが考え込みます。私は結構頑固な処があって『行く』と決めたら余程体調が悪く無い限り絶対に譲りません。それでお母さんは溜息混じりに言いました。
「……そう? でも無理はしちゃ駄目ですからね? 小夜子ちゃんは女の子なんだから」
そんな風にお母さんに言われて私は紅茶だけ口を付ける事にしました。だけど湯気の上がる紅茶はいつもより赤く見えて……まるで鉄の様な味がしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます