一章 欲望の、叶え方。――小夜子の章
1−1 目覚め
『……小夜子? 小夜子ちゃん? あなた、起きてるの?』
「――んん……はぁい……」
扉をノックする音と一緒にお母さんが私の名前を呼ぶ声が聞こえてきました。まだ微睡んでいたいけれどそれでも何とか声を返します。
『朝ごはん出来てるから、早く降りてらっしゃい?』
「……はぁい……」
扉の向こうからお母さんの声が聞こえてトントンと階段を降りていく音が聞こえてきます。低血圧の私にはいつも早めに起きていますが今日は起きられない理由がありました。
学校の制服に着替えて机の上からタブレットを手に取るとそこに写っている文字。タイトルは――『グリード・ディスクリプション』。
昨晩眠れなくて物語の投稿サイトを何となく眺めている時に偶然見つけた不思議な物語。
それはお話と言うより曖昧で抽象的。まるで自分がその中に居るみたいなミステリーの様な内容でした。少し眠かった私は意味がよく分からず取り敢えず保存しておいたのです。
それ程長くなくてタブレット一画面くらいの文字。それで私は開いて目を通しました。
◇◇ グリード・ディスクリプション ◇◇
人の欲望とは尽きる事なく、満たされれば必ず次の欲望が生まれる。
食欲、色欲、強欲、人が生きる上でそれらは糧として消費されていく。
そしてそれはある日、日常を侵食し始めた。
切っ掛けとなったのはある物語り。
それはとある学生の元へ悪魔の娘が訪れると言う、くだらない物語りだった。
色欲に塗れながらも愛を語るこの物語りは、多くの人々にそれなりに受け入れられた。
しかし、語り手の元に実際に『悪魔の娘』が現れ、彼はのめり込んでしまった。
己が手による物語りと同じく、その少女も語り手に対して一途な愛を向ける。
拒む事もなく幾度となくその身を合わせ、彼はただひたすら少女に執着した。
彼は己が物語りを語る事を忘れた――それが最大の過ちだった。
彼は、己が語り手である事を放棄してしまったのだ。
やがて少女は人形の様に、魂の無い肉の器の如く動かなくなった。
それでも彼は中身の無い器を求め執着を続けた。
彼の語るべき物語りでは少女は悪魔から天使へと変質する予定であった。
しかし既に語り手では無い彼に、もう進展も結末も起こり得ない。
物語りとは終わりを迎えなければ幸福も不幸も何も迎える事が無い物だ。
無。停止。停滞。成長せず、進まず、育まれず、それは果実を実らせる事が無い。
その状態を求め続けたのは、彼の欲望そのものだったのかもしれない。
それでも彼は、語る事を辞めるべきではなかった。
語られない物語りに、未来などある筈は無いのだから。
かくして、この物語りは始まる。
大勢の、中途半端で、結末の無い願い。
その行き先の無い純粋な欲望を携えて、物語りは語られる。
これはそんな欲望を実現させる『欲望の手引書』たる物語り。
よってこれを『グリード・ディスクリプション』と名付けよう。
◆◆
改めて見直してみると投稿されたのは今から四年も前でした。それも最初のページがあるだけで次のページへのリンクが見当たりません。そんな前に書かれた物なのに感想やコメントも一切書かれていませんでした。何より作者の名前が一切見当たりません。
あのサイトは手記やノンフィクション、ポエムでも投稿出来るのでこう言う物もあるのかも知れませんがとても抽象的で何かを暗示しているみたい。まるで預言書の一節みたいでとても気になります。それで気になって登録をして後で読める様に保存したのでした。
保存さえしておけばネットでなくても見れるので便利ですが昨日の夜は何だか面白そうに思えたのにこうして朝になってみると薄気味悪い様な気がしてきます。
――どうしようかな。このまま読まなくてもいいし……。
『――小夜子ちゃん? どうしたの、ご飯しっかり食べないと駄目よー?』
ぼんやりと画面を眺めながらそんな事を考えていると再び階下からお母さんが私を呼ぶ声が聞こえてきました。
「……あ、いけない。ご飯食べて学校にいかなきゃ……」
私はタブレットの画面を消すとテーブルの上に置いて部屋を後にしました。
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