第19話

19 邪竜撃退

 アーネストはレプリカとはいえ、憧れの聖騎士の短剣をもらってすっかりご機嫌。

 そのウッキウキの背中を見つめたまま、クズリュウは声をひそめる。


「……どうだ?」


 ささやきかけられたマネームーンは、アーネストが外したナイフを手にしていた。

 鏡面のように磨き上げられた刀身には、感心するような表情が映り込んでいる。


「むーん。刻印はないけれど、これは間違いなく聖騎士の聖銀まね。

 おそらく短剣に加工される前に、工房から流出したものまね」


「そうか、最初見た時からそうじゃないかと思ってたんだが、ビンゴだったか」


「無加工の聖騎士の聖銀は珍しいまね。マニアに高く売れるまね」


「1000エンダーもしないレプリカのナイフで、鯛が釣れたな!」


 「タイがどうしたの?」と釣り上げられた鯛のようなキョトンとした表情で、振り返るアーネスト。

 マネームーンは目にも止まらぬ速さで、アーネストがかつて愛用していたナイフを背中に隠した。


「いや、アーネストみたいな有能な豚がいてくれて、本当に『ありがタイ』って話をしてたんだ」


「もう、せっかく感謝の気持ちを伝えようとしてるのに、人を豚呼ばわりするのはやめて」


「感謝の気持ちだと?」


 アーネストは「そうよ」と、ふてくされたように視線をよそに向け、いかにも仕方なしといった風情で続けた。


「あ……ありがとう。クズ……さん……」


 その頬か、ポッと桜色に染まる。


「わたし、もう少しだけ、夢を持ち続けてみるわ。

 聖騎士になりたいっていう、夢を……」


 それは彼女なりの一世一代の告白だったが、クズリュウとマネームーンはうわの空。

 目的のものを手に入れた彼らの興味は、すでに窓の外に移っている。


 外で展開されている邪竜との戦いを見つめながら、「そろそろだな」「そろそろまね」などと言い合っていた。

 アーネストは思わずズッコケそうになってしまう。


「ちょ、クズさん!? 人の話を……!」


「アーネスト、そろそろ店じまいだ。外に出るぞ」


「えっ? まだ戦いは続いてるじゃない!? きっとまた、多くの兵士さんたちが押し寄せて……」


「いや、もうそろそろ決着がつく頃合いだ」


 わけもわからず外に追い出されたアーネスト。

 クズリュウは武器屋に向かって手をかざして閉店、続けざまに酒場を再オープンしていた。


 ふと疑問に思い、アーネストが訪ねる。


「ねぇ、なんでいちいち閉店するの? 武器屋も出しっぱなしにしておけばいいのに」


「俺の今のスキルレベルだと、2店までしか同時に出せないんだ。

 これでもヒヨッコだった頃に比べて、倍の出店数になったんだぜ」


 と、話を断ち切るように、背後から爆発的な咆哮が響く。

 アーネストが飛び上がるような勢いで振り返ると、遠巻きに見える戦場では、邪竜が兵士たちに対し、ぐわっと威嚇のポーズを取っていた。


 そびえる塔のようになった邪竜に、たじろぐ兵士たち。

 邪竜の頭上では無数の火の粉が渦巻き、文字のようなものを形成していた。


 ダマ小隊長が指さし叫ぶ。


「あっ!? あれは、竜文字ドラゴンルーン!?」


 『竜文字ドラゴンルーン』とは簡単に言うと、竜たちが操る文字言語のことである。


「な……なんて書いてあるんだ!?」


 と困惑する小隊長のリクエストに答えるかのように、竜文字は人間の言語に形を変えた。

 そこには、邪竜からのメッセージが。


『おのれ、たかが人間のくせに、我をここまで苦しめるとは……!

 ダマ小隊長……! まさかこれほどの猛者が、このアンダースリーブにいたとはな!

 そしてげに恐ろしきは、ヘルボトムの武器屋……!

 このふたつが合わさってしまった以上、我ら邪竜にとって、これほどまでに住みにくい土地はない……!』


 邪竜はやたらと説明的な文章を掲げつつ、水車のような巨大な翼をはためかせ、飛び上がった。


「に……逃げる気かっ!? 撃て! 撃てぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ダマ小隊長のかけ声とともに、矢弾が次々と撃ち放たれる。

 しかし追撃も虚しく、邪竜はそのまま羽ばたいて、天井の穴から外へと逃げてしまった。


「くっ……くそぉ! あと少しだったのに!」


 あと一歩で甲子園出場を逃した球児のように、ガックリとうなだれるダマ小隊長。

 そこに、クズリュウとマネームーンがやって来る。


「そう気を落とすなって。

 邪竜をこの国から追い出せただけでも大手柄じゃないか」


 ダマ小隊長は地面にズダンと拳を突きたてながら、クズリュウに八つ当たりするように怒鳴った。


「この国から追い出せた!? なぜそう言い切れるんだ!」


「だって邪竜が出した文字にあっただろ、『これほどまでに住みにくい土地はない』って。

 ヤツはこのまま、ここの国から出て行くだろうさ」


「仮にヤツがこの国から出ていったところで、それをしたのがワシだという証拠はないではないか!

 ワシが追い出したという証拠がなければ、手柄には……!」


 クズリュウは隣にいたマネームーンに「やれ」とアゴで指示する。

 するとマネームーンの口から、べーっと1枚の真写しんしゃが吐き出された。


 「ま……まさかっ!?」と色めきたつダマ小隊長。

 「そのまさかさ」と、できたてホヤホヤの真写しんしゃを見せるクズリュウ。


 そこにはなんと、先ほどの邪竜の威嚇が、文字つきで鮮明に映し出されていた。


「いま飛んで逃げてる邪竜はきっと、記者たちにスクープされるだろう。

 そして記者たちは、誰が邪竜をやっつけたのかって思うはずだ。

 そこで、この真写しんしゃを記者たちに提供してやりゃ、お前さんはこの国の英雄になれるぞ」


 「すっ、素晴らしい……!」と差し出された真写しんしゃに手を伸ばすダマ小隊長。

 しかし途中でなにかに気付いて、ハッと手を引っ込めた。


「その真写しんしゃをよこすかわりに、またワシになにかさせようという魂胆だな?」


「おいおい、そう警戒するなって。俺はいつだってお前さんの味方なんだぜ?

 この真写しんしゃでお前さんが中隊長になれるのなら、喜んでタダでくれてやるよ」


 「い……いいのか……!?」とまだ信じられない様子で、真写しんしゃを受け取るダマ小隊長。


 彼はこの時、ほんの少しだけクズリュウを見直していた。

 そして感激のあまり、友情の芽生えのようなものまで感じはじめる。


 クズリュウはその芽をさらに成長させるかのごとく、声を大にした。


「よーし、それじゃあダマ中隊長! それにみんな!

 邪竜撃退のお祝いとして、パーッといこうぜ!」


 それだけで「うおお!」と盛り上がる兵士たち。

 ダマ小隊長は「なにっ!?」と立ち上がって制止する。


「待て、クズリュウ! 我ら兵士というのは、この国の平和を守るが当然の責務で、祝いなど……!」


「おいおい中隊長さんよぉ、邪竜と戦わせておいて、部下に言葉だけのねぎらいで済ませるつもりだったのかよ!

 みんながんばって、すげえことをやってのけたんだぞ!

 普段ならともかく、こういう時こそ酒を振る舞ってやるのが、いい上司ってもんだ!

 200名の兵士を束ねる中隊長サマらしい、懐の広いところを見せてやれよ!

 ちょーどおあつらえ向きに、あそこに酒場もあるんだぜぇ!?」


 聖堂の横にある酒場を指さすクズリュウ。

 その入口では、エプロン姿のピュリアとママベルがスタンバイしていて、客引きのようにニコニコと手招きしていた。


 その笑顔は、天の岩戸のようのに頑なだった小隊長の心を、あっさりこじ開けてしまう。


「う……うむ……。たしかにクズリュウの言うことも、一理あるかもしれん……。

 よぉし、みんな! 今夜は無礼講だ! これからあの店で、パーッといくぞっ!」

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