第20話

20 良い夢、悪い夢

 それから、ダマ小隊長が率いる邪竜討伐隊は、洞窟内の酒場で打ち上げを開始した。


 100人もの兵士たちで店はいっぱいになり、飲めや歌えの大騒ぎ。

 聖女たちはローブの上にエプロンを着け、酒場の店員として大忙し。


 店内はあちこちで歓声とともにジョッキが打ち鳴らされ、テーブルには見た目にも楽しいオードブルが並ぶ。

 酒も料理も、兵士たちには大好評だった。


「かんぱーいっ! ぷはあっ、こんなにうまい酒を飲んだのは初めてだぜ!」


「いままでは安ウイスキーばっかりだったから、しみるなぁ!」


「料理もめちゃくちゃうまいぞ! 酒がいくらでも飲めそうだ!」


「ううっ、こんな料理が食べられるだなんて、幸せだなぁ!」


「これも、ダマ小隊長……いや、中隊長さまさまだ!」


「ああ! ダマ中隊長の部下でよかったよ! 俺は一生ついていくぞ!」


 兵士たちからさんざん持ち上げられ、ダマ小隊長もご満悦。

 さらにいい所を見せようと、配膳に忙しいピュリアが通りかかったところで、聞こえよがしにバーカウンターに向かって叫ぶ。


「おいクズリュウ! この店でいちばん高い酒を開けてくれ!

 最高の酒で、今度は聖女殿たちに乾杯をしたいんだ!」


 するとクズリュウは、わざとらしく肩をすくめる。


「おいおい、大丈夫か? この店にある最高級の酒は、なかなか値が張るぞ」


「かまわん! 軍票1冊、まるごと持ってけ!」


 ダマ小隊長が札束のような軍票を取り出した瞬間、好物の猫缶が開く音を聞きつけた猫のようにマネームーンがやってきて、「毎度ありまね」と受け取っていた。


「よぉしそれじゃ、最高の酒で乾杯といくぞ!

 さぁ聖女殿たち、みんなこちらへ来てくだされ!

 おいみんな、グラスを掲げよ! 素晴らしき聖女殿たちに乾杯だ!」


「かんぱーーーーいっ!!」


 宴は夜遅くまで続き、結局、兵士たちはそのまま酒場で寝入ってしまった。

 死屍累累のように兵士たちが転がる店内を見回しながら、クズリュウは聖女たちに言う。


「よーし、今日はこれで店じまいだ。聖堂を閉店して宿屋を出しておいたから、お前たちはもう寝ろ」


 ピュリアは兵士たちを介抱したくてたまらないようで、ウズウズしている。


「あの、おじさま。こちらでお休みになっている兵士さんたちはどうされるおつもりですか?」


「このままほっとく」


「えっ」


「コイツは泥酔してるから、明日までほっとけ。

 コイツらは野宿なんてお手の物だから平気さ。

 下手に介抱なんかしたら、絡まれちまうぞ」


 アーネストは普段はどんな事でもクズリュウに反発しているが、この時ばかりは同意していた。


「ピュリア様、クズさんの言うとおりです。

 兵士さんたちはここで、酔いを覚ましてもらうのがいちばんだと思います」


「わかりました。ではせめて、毛布だけでもお掛けしてさしあげましょう」


「やれやれ、お姫様はほんとに面倒見がいいんだな。俺は手伝わないから好きにしろ」


 クズリュウはマネームーンを引きつれ、さっさと酒場から出ていく。


 それからピュリアとアーネストは、疲れた身体に鞭打って、宿屋から大量の毛布を持ち出す。

 ふたりで手分けして、兵士たちの身体に毛布をかけてやった。


 その間、ママベルはどうしたかというと……。


「こんなに大勢の男の人に、よってたかってママのお料理を食べられちゃうだなんて……。

 ママ、困っちゃう……困りすぎちゃうくらい、しあわせぇぇぇ……」


 初めて大勢の人間に料理を振る舞った喜びのあまり、酒を1滴も飲んでいないのに泥酔したようになっていた。

 アーネストはトロンとした瞳のママベルに肩を貸し、宿屋へと運びながら、そっとつぶやく。


「そういえばママベルさんは、炊き出しをやるのが夢だって言ってたものね」


 「ふにゃ……」と恍惚とした表情のまま答えるママベル。

 アーネストの反対側で、ママベルの身体を支えていたピュリアが、心の底から申し訳なさそうに言った。


「アーネストさん、ママベルさん……。本当に、ごめんなさい……」


「えっ? どうしてピュリア様が謝られるのですか?」「ふにゃ……?」


「わたくしは、おふたりのしたいことを存じ上げておりました。

 アーネストさんは武器がお好きで、ママベルさんはお料理がお好き……。

 でもわたくしが未熟なあまり、それすらも自由にさせてあげることができませんでした……」


「そんな、ピュリア様のせいではありません!」「ふにゃ……!」


「わたくしが、何年もおふたりと一緒にいても、叶えてさしあげられたなかったことを……。

 おじさまは、たったの2日で叶えてくださいました。

 おじさまに拾っていただいて、本当に良かったと思っています。

 ですからわたくしはこれから、誠心誠意をもって、おじさまにお仕えしたいと思っております」


「ええっ!?」「ふにゃっ!?」


 この衝撃告白にアーネストは目を剥き、ママベルは飛び起きた。


「ピュリア様、あんな男に仕えるだなんてとんでもない!

 姫巫女が仕えて良いのは王族か貴族か、勇者様クラスの英雄だけだけだと決まっているでしょう!?」


「はい、おっしゃる通りです。

 ですからわたくしはこのことを、『夢』にしたいと思っております」


「ゆ……夢……?」「ふ……ふにゃ……?」


「はい。わたくしにとっての、はじめての『夢』です。

 といっても、いまは心の中でそう思っているだけですが……。

 い……いつか正式に、おっ、おじさまに……!」


 それまで淀みなく話していたピュリアだったが、急につっかえはじめた。

 やにわに両手で顔をサッと覆い隠し、いやいやと左右に振り乱しはじめる。


「あ……ああっ! どうしてでしょう!?

 おじさまのことを考えていると、顔から火が出そうなほどに恥ずかしくなってしまいます!

 こんなことは、生まれて初めてのことですっ! わたくしは、いったいどうしてしまったのでしょう!?」


 そして、アーネストとママベルは、信じられないものを目にする。

 それは、生まれたときからピュリアのそばにいた彼女たちが、初めて目にするものであった。


 両手をわたわたさせるように、パタパタと上下に動く、ピュリアの長い耳。

 エルフが耳を上下させるのは、最大級の困惑を表す仕草である。


 ピュリアは生まれたときから姫巫女として厳格に躾られてきていたので、感情すらも制御下に置いていた。

 まだ幼いために驚いたりすることはあるものの、取り乱したりすることは決してない。


 かつてピュリアは、救国級の勇者に言い寄られたことがある。

 それでも、彼女の長い耳はピクリとも揺らがなかった。


 普通のエルフであれば、多くの勇者に見初められたら、犬の尻尾のように耳を振り乱して狂喜するというのに。


 そんな、高潔たる心の持ち主である少女が、今だけは年相応の反応を見せている。

 しかも、そのお相手はクズ呼ばわりされるほどの、どうしようもないオッサン。


 この時、アーネストとママベルは思った。

 これは、悪い夢に違いない、と。

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