第18話

18 アーネストの夢

 武器屋にはしばらくのあいだ客が押し寄せていたが、ひととおりの需要を満たすと谷間の時間が訪れた。


 聖堂にいたマネームーンも「こっちも峠は越えたまね」と、武器屋に入ってくる。

 彼女の白いローブはまるで、大手術を終えた闇医者のように血まみれになっていた。


 しかし窓の外に見える景色は、まだ戦場の様相。

 邪竜の咆哮、人間の怒号や悲鳴がひっきりなしに飛び交っている。


 そしてアーネストはというと、人気のなくなった武器屋の店内で、ひとり黒髪をわしゃわしゃしながら絶叫していた。


「わわわ、わたしったらなんてことを! いくら妄想とはいえ、あんな人と一緒に……!」


 クズリュウとの武器屋経営は、あくまで彼女の脳内での出来事に過ぎない。

 しかし彼女は精神までもが潔癖だったので、山賊の手籠めにさせられたような気分に陥っている。


「クズ様、あのメスブタ、どうしたまね?」


「さぁな。さっきからずっとああなんだよ」


 そんな言葉が交わされたあと、見かねたような声がカウンターからした。


「うるせぇよ、アーネスト。なにを後悔してるのか知らんが、お前も楽しかったんだろ?」


 まさに山賊のような言い分で、クズリュウは続ける。


「武器屋のおかみさんのお前、イキイキしてたぜ。

 いつも眉間に寄せてたシワも無くなってたじゃないか」


 アーネストは心まで見透かされてしまったかのように、うなじまで赤くした。


「か……勘違いしないで! 場の雰囲気に流されて、しかたなく武器屋を手伝っただけよ!」


「ふぅん、そうかい。まあなんでもいいや、お前がいてくれたおかげで助かった。おかげで大儲けできたぜ」


 クズリュウのいかにもクズ男っぽい片笑みに、アーネストの脈が乱される。

 今まで身の毛がよだつほどおぞましいと思っていた彼に、感謝されてほんの少しだけ嬉しいと思ってしまったのだ。


「かかっ、勘違いしないでって言ってるでしょう!? あなたなんかのためじゃないわ!

 わたしは兵士さんたちが困っているようだったから……!」


 これ以上、心の中に入られてたまるもんですか、とアーネストは身体を抱いて窓の方に視線を逃がす。

 気がつくと、すぐそばまでクズリュウが近づいてきていて、心臓が口から飛び出さんばかりにビックリしてしまう。


「……きゃっ!? な、なにっ!?」


 「コイツをやるよ」と、クズリュウの手には、白い革ベルトのケースに入った短剣が。

 その短剣を目にした途端、アーネストの目の色が変わる。


「これは、聖騎士の……!?」


「そうだ。聖騎士だけが持つことを許される『三本の聖銀剣』、そのうちのひとつの短剣だ。

 といってもコイツはレプリカだから、刀身は聖銀じゃないけどな」


 「ふわぁ……!」と、急に夢見るような表情になるアーネスト。

 さきほどまでの戸惑いはどこへやら、すすんで手を伸ばして短剣を手にしていた。


「お前、聖騎士になりたかったんだろ?」


 アーネストはその一言で、夢から覚めたようにハッとなる。


「ど……どうしてそれを!?」


「俺が首に縄をかけたとき、お前は太ももから短剣を取りだして、切ろうとしてたよな?

 太ももに短剣を提げるのは、聖騎士における正式なスタイルだ。

 それに、お前の取りだしたナイフの刀身は銀だった。

 ただの護身用だったら、わざわざ銀製のナイフなんか選ばない」


 おそるべき明察に、二の句が継げなくなるアーネスト。


「そしてナイフの使い方も、聖女のそれじゃなかった。

 明らかに、訓練を積んだ者のナイフさばきだった。

 お前は、聖騎士になりたくてずっと訓練してたんじゃないか?

 でも、なれなかったから、せめてそのフリだけでもと思って、短剣を太ももに提げてたんだろ?」


 アーネストはすべてを言い当てられ、「ううっ……!」と落雷に撃たれたようにたじろいだ。

 そばに寄ってきたマネームーンが、「身体は正直まね。素直になるまね」と肩に手を置く。


 アーネストは、人情刑事にほだされた凶悪犯のようにうなだれた。


「そうよ……。わたしの子供の頃のいちばんの夢は『聖騎士』だった……。

 聖騎士になれば、大好きな武器も扱えるし、お慕いしているピュリア様をお守りすることができる……。

 そう思って、ずっと剣術の練習をしてきたわ。

 でも、いくら聖騎士の試験に挑戦しても、受からなかった……。

 わたしが愛用しているナイフは、骨董市で見つけた、聖銀のナイフによく似たもの……。

 惨めよね。そうやって、夢を叶えられなかった自分を慰めていたんだから…………。

 笑いたければ、笑うといいわ」


 「ムホホホ」と無遠慮に笑うマネームーン。

 「そうかい」とクズリュウ。


「じゃあ、そのレプリカを身に付けて、本当に聖騎士みたいに振る舞うんだな。

 あきらめた夢を拾いあげて、これからも『聖騎士になりたい』っていう気持ちを持ち続けろ」


「そ……そんなことをして、なんになるっていうの……!?

 そんなの、虚しいだけじゃ……!」


「虚しくなんかないさ。同じ豚でも、夢を見るのと見ないのじゃ、大きな違いがある。

 放し飼いの豚と、養豚場に詰め込まれた豚の違いだ。

 お前が夢を持ち続け、それに向かって進む気持ちがあるならば、お前はいつでも柵の外に飛びだせるんだ」


 不意討ち気味に襲い来る、紳士で真摯な態度のオッサン。

 アーネストはすっかり、このモードになったクズリュウに弱くなっていた。


 そして、トドメを刺される。


「それに、お前が本気なら、俺も本気になろう。

 俺がいつか絶対に、お前を聖騎士にしてやる」


 それは、何の根拠も感じられない言葉だった。

 しかし、本当にそうなるのではないかと、不思議な可能性を感じさせた。

 そして、なによりも、


 ……ずぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!


 アーネストのハートを撃ち抜くだけの、威力があった……!


 しかし彼女は、自分のその気持ちに気付いていなかった。

 ただただ心をかき乱されてたように、わたわたと慌てる。


「ふっ……ふふふ、ふざけないで! そうやってまた、人をからかって!

 あなたみたいな人間のクズの言うこと、信じられるもんですか!」


「まあ、なんでもいいさ。とにかく夢があるなら、あきらめるなってことだ。

 まずは、そのレプリカを身につけるところから始めるんだ。

 形から入るってのは大事だからな」


 「そ、そうかしら……?」と半信半疑な様子で、レプリカのナイフを眺めるアーネスト。

 見ているうちにウズウズしてきて、ローブの裾をめくりあげようとする。


 しかし、下腹部のあたりによっつの瞳が集中していることに気付き、「み、見ないで!」と背を向ける。


 クズリュウとマネームーンの視線をガードしつつ、彼女は太もものナイフを外す。

 外したナイフは近くにあった空いている棚に置き、レプリカのナイフを装着した。


 そのレプリカは本物ソックリで、アーネストは本当に自分が聖騎士になったかのように、ウットリしてしまう。

 背中を向けたまま「うわぁ、最高っ!」とすっかり上機嫌になっていた。

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