第15話

15 聖女たちの開店準備

 クズリュウは城を出たその足で、城のすぐそばにある役所へと向かう。

 インクが乾いたばかりのような推薦状と、ギルド認可に必要な書類を窓口に提出。


 すこしばかりの手数料をおさめ、彼の『ヘルボトム』は正式に『下級ギルド』として認められる。

 アーネストは認可証を見ても、まだ実感がわかないようだった。


「ギルド開設の許可を得るのは、すごく大変なことのはずなのに……。

 こんなにあっさり、やってのけるだなんて……」


 ダマ小隊長とのやりとりが、走馬灯のように彼女の中で駆け巡る。

 それでふと大事なことを思いだし、クズリュウに詰め寄った。


「ちょっと! あなた小隊長さんに、ピュリア様の真写しんしゃを見せたでしょう!?」


「そうさ、これがみっつめの使い道ってやつだ」


「最低! ピュリア様は他の人には見せないようにっておっしゃってたじゃない!」


「別にいいじゃねぇか。真写しんしゃは取り返したんだし、見られただけなら減るもんじゃないんだし」


「ぐぐぐっ……! ピュリア様の真写しんしゃを出しなさいっ!」


 アーネストはクズリュウの肩を掴んで、ガクガクと揺さぶる。


「お前も欲しいのか? なら好きなだけやるよ。

 原版はマネームーンが記録しているから、いくらでも量産できるし」


 アーネストは「そうだった!」とばかりに、吊り目の矛先をマネームーンに向ける。


「マネームーンさん! ピュリア様の恥ずかしいお姿の記録を今すぐ消しなさいっ!」


 マネームーンはガクガクと揺さぶられながらも、「やなこったまね」と一蹴する。


「というか、マネの記録はマネの意思では抹消できないまね。クズ様の許可がないと」


 「マネームーンさんに、記録を消すよう言いなさい!」と、再びクズリュウを揺さぶるアーネスト。

 彼女はオッサンとメイドに弄ばれるように、ヘトヘトになるまでふたりを揺さぶり続けた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 城下町にある転移屋を使い、ビイル山にある転移屋に戻ったクズリュウたち。


 ピュリアとママベルは、留守番あいだに特にすることもなかったので、酒場と宿屋の中をひたすら掃除していたらしい。

 クズリュウたちが酒場のスイングドアをくぐると、中は新築みたいにピカピカになっていた。


「あっ、おかえりなさいませ、おじさま」


「ちりんちりーんっ。おかえりなさい。お昼ごはん、できてますよぉ」


 華やぐ笑顔で迎えてくれる、おるすばん聖女たち。

 彼女たちの手作りの豪華なサンドイッチで、そのまま昼食となった。


 クズリュウは両手に持ったサンドイッチを頬張りながら、聖女たちに檄を飛ばす。


「昼飯が終わったら、すぐに邪竜のいる洞窟にいって、開店準備をするぞ!

 昨日の営業は夕方までだったが、今日は夜も大忙しになるから、しっかり食っとけよ!」


 「「はい!」」と声を揃えるピュリアとママベルは、もうすっかり従業員の顔。

 アーネストだけがそっぽを向いていた。


「やっぱり……それで小隊長さんに、邪竜の居場所を教えていたのね……」


「それ以外に、なんの目的があるんだよ!

 アーネスト、お前には新しい仕事をやってもらうから、覚悟しとけよ!」


「はあっ!? わたしは聖女よ!? 聖堂の仕事だったらやるけど、他の仕事なんて嫌よ!

 絶対にやらないんだからね!」


 と、この時のアーネストは固く決意していた。



 ――これ以上いいように使われて、なるもんですか……!

 こんな男の人なんかに、絶対に負けたりしない……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 昼食を終えた一行は、徒歩でビイル山を横断し、目的の邪竜の洞窟へと向かう。

 ビイル山は『悪魔の山』と呼ばれるほどにモンスターの多い山なのだが、昨日の戦闘であらかた駆逐されており、道中でモンスターに遭遇することはなかった。


 しかし洞窟はそうはいかないだろうと、洞窟の入口に着くなり、アーネストとママベルは猛反対。


「ピュリア様を、洞窟に入らせるだなんてとんでもない!

 もしモンスターに……いや、絶対にモンスターに襲われるわ! 絶対反対よ!」


「ちりんちりーんっ。ママもそう思うわぁ。

 だからピュリア様にはここでお留守番していただいて、そのぶんママたちが働いて……」


 でもクズリュウは姫巫女だからといって特別扱いせず、その反対を却下。

 ピュリア自身も「わたくしも、みなさんといっしょにお仕事をしたいです」と熱望。


 結局、この論争はクズリュウとピュリアのコンビが勝利をおさめ、ひとりも欠けることなく洞窟に入ることになった。

 アーネストは隠しナイフを手に、ママベルはおたまを手に、ピュリアの護衛をつとめる。


 しかしクズリュウが先導する道には不思議とモンスターはおらず、何の障害もなく最深部へとたどり着いてしまった。

 聖女トリオは、タヌキに化かされている最中のように、夢うつつ。


「わたくし、洞窟に入るのは初めてでして……。

 洞窟というのはモンスターさんがたくさんおられると伺っていたのですが……」


「ちりんちりーん。拍子抜けするくらい、ぜんぜんおりませんでしたねぇ……」


「た……たまたまよ! たまたま、運が良かっただけでしょ!」


 洞窟の最深部は広い部屋になっていて、天井にある大穴からは太陽の光が降り注いでいるため視界には不自由しなかった。

 奥には邪竜が横たわり、グルル……と安らかな寝息をたてている。


 邪竜は下級ランクで、邪竜の中では小柄な種類であったが、それでも大岩のように大きい。

 遠巻きに見ても迫力満点で、聖女たちは初めてサファリパークに来た子供のようにおっかなびっくりだった。


「おい、見学はそのへんにして、開店準備をするぞ!」


 と、クズリュウは手をかざし、2軒の店を出現させる。

 それは『聖堂』と『酒場』だった。


「まずは酒場でパーティ料理の仕込みをするんだ! それも100人分!

 客がここに来るまでに終わらせるぞ!」


 なぜ邪竜との戦いに、100人分ものパーティ料理などが必要になるのか……。

 聖女トリオはそんな疑問を抱いたが、差し挟む余地も与えられず、追い立てられるようにして酒場に入れられた。


 そして、ひとあし早い戦闘が巻き起こったかのように、厨房は大忙し。

 クズリュウとピュリア、ママベルとアーネストの2チームに分かれ、料理の仕込みを行なう。


 しかしアーネストは料理がまったくできず、足を引っ張りまくってしまったので、途中でマネームーンと交代となった。

 「料理ひとつできないなんて、本当に役立たずのメスブタまね」と冷たく言い放たれ、ガーンとショックを受けるアーネスト。


 彼女が膝を抱えて酒場の隅でうずくまっているうちに、仕込みは終了。

 時を同じくして、洞窟の最深部には100名規模の大軍団が到着した。

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