第16話
16 聖女たちの営業開始
ダマ小隊長が受け持っているのは、50人規模の隊である。
しかし今回は邪竜の討伐とあって、さらに50人の追加人員を引きつれていた。
クズリュウの教えてくれた邪竜の情報が本当であれば、大いなる出世の足掛かりとなる。
もちろん邪竜を倒すのは大変だが、もしできたなら、兵士や冒険者にとっての最大の名誉となるからだ。
だからこそダマ小隊長は、自分の権限をはるかに超えるキャパシティの兵を、強権を持って手配した。
しかしそこまでして洞窟に行ってみたところで、何もいなければ、いい笑い者となってしまう。
彼にとって、これは大いなる『賭け』であった。
そう。それだけ欲していたのだ。
他の小隊長たちを遥かに引き離すほどの、大手柄を。
小隊長の身分で邪竜を倒したとあれば、ワンランク上の中隊長……いや、ツーランク上の大隊長の座は約束されたようなものだからだ。
しかし、あれほど辛酸をなめさせられたクズリュウの情報である。
虚偽や罠の可能性はじゅうぶんにあった。
それでもダマ小隊長は、邪竜の存在を信じる。
いや……ある少女を信じた、といったほうが正しいのかもしれない。
邪竜の住処である、洞窟の最深部にある広間に到着したダマ小隊長。
その奥で安らかに眠るターゲットを確認し、軽く頷く。
そして広間の入口にぽつんと建っている、見覚えのある聖堂を見やり、
「うむっ……!」
と深く頷いた。
邪竜の調査を部下に任せ、彼はまっすぐにその聖堂へと歩いていった。
ポーチの階段をゆっくりと登り、重厚な両開きの扉を押し開く。
すると、奥から光があふれだす。
そこには、舞い降りたばかりの天使のような少女が立っていた。
「……あっ、小隊長様。ようこそおいでくださいました」
ピュリアの穏やかな微笑みと、鈴音のような声を向けられただけで、ダマ小隊長の心臓は肋骨が折れんばかりに暴れ出す。
そう。ダマ小隊長はクズリュウから例の
その気持ちは次第に膨らんでいき、ついにはこう思うようになる。
邪竜討伐に行けば、またあの聖女に会えるのでは……!? と。
その読みは見事的中し、再び天使と相まみえた。
ダマ小隊長は高鳴る気持ちを抑えるように、紳士的に振る舞う。
「せ……聖女殿、昨日はなにかと世話になった。
ここに聖堂があるということは、今日もあなたに厄介をかけると思う」
「はい、わたくしにできることでしたら、なんなりとおっしゃってください。
えっと……」
と、話の途中でピュリアはメモのようなものを取りだし、ふむふむと頷いたあと、再び顔をあげる。
続けざまに「メンバーズカードはおもちですか?」と聖女にはもっとも縁遠そうな単語を飛び出させていた。
「あ……ああ、これのことだな」
ダマ小隊長が差し出したメンバーズカードと、メモを見比べるピュリア。
「えっと、アイアンランクのお客様の場合は……」とつぶやいたあと、
「まぁ、アイアンランクだなんて、とっても素敵です。
いつも『ヘルボトム』をご愛顧くださり、誠にありがとうございます」
それはだいぶ台詞口調だったが、それだけでダマ小隊長は天にも昇る気持ちになる。
持っててよかった……! と。
そこに水を挟むような声が割り込んでくる。
「よぉ小隊長。今日もたっぷりサービスしてやるから、存分に死んでけ」
聖父姿のクズリュウであった。
「ふん、やはりここで聖堂を開き、軍票をせしめるつもりだったか」
「そうだ。でもこれで罠じゃないってことがわかっただろ?」
「貴様に金を払うのはシャクだが、相手が邪竜ともなれば、多数の死傷者が出るだろう。
もし蘇生に失敗したりしたら、許さんからな」
すると、隣にいたピュリアが困り眉になったので、ダマ小隊長は慌てて取り繕った。
「あ、いや、聖女殿。今のはこっちの男に言ったのであって、あなたに言ったのではない。
あなたなら何回失敗してもぜんぜん構わぬ。むしろ練習のような気持ちで、気軽にやってくだされ」
「ならピュリアの担当分だけは、いま使ってる奇石よりもっと安いヤツにするか。
成功率は1パーセントくらいになっちまうけど、別にいいよな」
「貴様っ、ふざけるのもいい加減にしろっ!」
わあわあと言い合いを始めるクズリュウとダマ小隊長。
ピュリアはキョトンとなっていたが、あとからやって来たママベルはクスクス笑っていた。
「ちりんちり~ん。うふふ、ふたりとも仲良しさんですねぇ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ダマ小隊長は聖堂前に兵士たちを整列させると、聖堂のポーチの上で叫んでいた。
「それではこれから邪竜への攻撃を開始する!
当初の作戦どおり、弓矢隊の一斉曲射にあわせ、白兵隊は突撃せよ!
ヤツはまだ眠っているが、総攻撃を開始した時点で、目を覚ますはず!
そこからは持久戦だ! 陣形を崩さぬように、気合いと根性で戦線を維持するのだ!
そのためには救護隊が鍵となる!
救護班は負傷者の治療ではなく、負傷者をこの聖堂に運び込むことに専念せよ!
この聖女殿たちは、我らを援護するために、こんな所まで来てくれたのだ!
彼女たちを失望させぬ戦いをするのだぞ! いいなっ!
「おおーーーーっ!!」
そしてついに、邪竜との戦いが始まる。
邪竜はクズリュウの情報のとおり、深い眠りについていて、少々の攻撃では起きなかった。
矢が雨のように降り注ぎ、ウロコに剥ぐほどの一撃によって、ようやく目覚める。
「ギャォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!」
耳をつんざく咆哮こそが、真の戦いの合図。
そこからは竜の爪でズタボロになった兵士たちや、ドラゴンブレスで黒焦げになった者たちが次々と聖堂に運び込まれてくるようになった。
聖堂は聖女トリオ3人で切り盛りしており、昨日の戦いと同じくてんやわんや。
クズリュウとマネームーンは聖堂の窓から、じっと戦況を見守っている。
「そろそろかな」「そろそろまね」などとつぶやいていると、怒声がふたりの背中を叩いた。
「ちょっと! ノンキに外なんて見てないで、こっちを手伝いなさいよ!
あなたはクズだけど、聖父としての腕は確かなのが取り柄じゃない!
マネームーンさんは聖女じゃないけど、負傷者の介抱くらいはできるはずでしょう!?」
まるで八つ当たりするかのように、ヒステリックに喚き散らすアーネスト。
蘇生に失敗したのであろう、手にしていた奇石はボロボロと崩れ去っている。
そしてクズリュウは彼女を横目で見やりながら、聖堂の出口のほうへと向かっていた。
「こい、アーネスト」と鼻先で外に出るように促す。
「はあっ!? この忙しいときに、なにを言ってるの!?
ここは3人でもいっぱいいっぱいなのよ!? それなのに、わたしが抜けたりしたら……!」
「大丈夫だ。マネームーンがお前のかわりをやるから」
「真打ち登場まね」と祭壇に歩み寄るマネームーン。
メイド服が早着替えのように瞬時に、聖女のローブへと変わっていた。
「ええっ!? マネームーンさん、奇跡を起こせるの……!?」
答えを待つまでもなく、マネームーンは両手に持った奇石で、ふたりの死者を同時に生き返らせていた。
それは、どちらもアーネストがやって失敗してしまい、これ以上の失敗を避けるために、ピュリアが担当することになっていた死体たちだった。
「え」
「あ、レイプ目になったまね」
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