第14話

14 クズの儲け話

 静まり返った執務室の中で、羊皮紙にガリガリとインクを刻む音だけが響いていた。

 部屋の主であるダマ小隊長は、憤然とした表情でペンを走らせる。


 その様子を、満足げに見守るクズリュウとマネームーン。

 入口のあたりで突っ立ったままのアーネストは、魂が抜かれたように真っ白になっていた。



 ――ふ……普通の人ですら入るのが大変な、お城の中にやすやすと入って……。

 お金持ちや貴族の人でも簡単には入ることができない、お城の執務室にまで入り込んで……。


 昨日、あんなに憎まれていた小隊長に、推薦状をもらうだなんて……!

 しかも本当に、1エンダーも払わずに……!


 この人……本当に、いったい何者なの……!?



 彼女が呆然としているうちに、推薦状が書き上がる。

 追い払うようにしてシッとよこされたその紙は、書斎机を滑ってクズリュウの足元に落ちた。


 しかしクズリュウはまったく気にしない様子で「毎度」と拾いあげ、コートの内ポケットにしまう。


「これで用はすんだのだろう!? さっさと出て行け! そして、二度とワシの前に顔を見せるな!」


 塩を撒くみたいに唾を吐き飛ばすダマ小隊長。

 しかしクズリュウは離れるどころか、ますます彼に近づいていった。


「まあまあ、そう言うなって。

 さっきも言っただろう? こちとら長い付き合いを希望してるって」


「ほざけ! ワシにとって! これほどまでに! 金輪際! 関わり合いたくないと思った人間は! 貴様が初めてだっ!」


 言葉を切り、憎しみを込めるように一言一句を強めるダマ小隊長。

 これにはアーネストも思わず、「うんうん」と頷いてしまう。


 しかし自分の倍以上もある大男に凄まれても、クズリュウとマネームーンはまったく怯まない。


「そうカリカリするなって」「カリカリするのは梅だけでじゅうぶんまね」


「推薦状を書いてくれたお礼ってわけでもないんだが、いい手柄のネタをやるよ。

 下級邪竜の居場所を手に入れたから、タダで教えてやろう。

 しかも、力を使い果たして深い眠りについている、今が狩りどきのヤツさ。

 これが証拠だ」


 クズリュウはまたしてもコートの懐から、1枚の真写しんしゃを取り出す。

 ダマ小隊長が受け取り拒否するのを読んでいたのか、彼の目の前にある机にパサリと投げた。


 その真写しんしゃには、洞窟の暗がりで丸くなって休む1匹の竜の姿がアップで写っている。


 ダマ小隊長はこれ以上、クズリュウと言葉輪を交わすつもりはなかった。

 しかし『力を使い果たした下級邪竜』と聞き、警戒しつつも問い返す。


「……たしかに下級邪竜のようだな。だがなぜ、コイツが力を使い果たしているとわかる」


「目のところを見てみろよ、瞬膜だけでなく、ウロコがおりているだろう。

 普段の邪竜は寝込みを襲われるのを警戒して、瞬膜だけを閉じて眠る。

 いわば、薄目を開けて寝ているようなもんだな。

 しかし力を使い果たした邪竜は、目の上にあるウロコをおろし、外部の情報を完全に遮断して寝るんだ。

 そのほうが、力が早く回復するからな」


「……これは、いつ撮ったものだ?」


「2日ほど前だ。邪竜の深い眠りは3日目があたりがピークだから、寝込みを襲うなら今日が絶好のチャンスだろうな。

 これを逃すと眠りはじょじょに浅くなっていくから、もう小隊規模の人員で狩るのは無理になるだろう」


「……罠じゃないだろうな?」


「そんなわけないだろう。俺はもう欲しいものは手に入れたんだから、お前さんを罠にハメるメリットなんてない。

 それにこれが罠だったら、俺は邪竜と組んでることになるぜ?

 邪竜と組むだなんて、人間である俺にそんなことできるわけがないだろう。悪魔王サタンじゃあるまいし」


 クズリュウは鼻で笑いながら、コートの内ポケットに手を突っ込む。

 1枚の地図と、1枚の薄い鉄板を、邪竜の真写しんしゃの隣に置いた。


 地図は、昨日『プチ戦争』が行なわれたビイル山のもので、山の中腹あたりに赤い×印が付けられている。

 その×にある洞窟に、件の邪竜がいるのだろう。


 ダマ小隊長は薄い鉄板に興味を移し、「これはなんだ?」と手に取る。

 小さなトランプのようなそれは『ヘルボトム カスタマーカード アイアンランク』と彫り込まれていた。


「ソイツはうちのギルドのお得意様に発行するカードだ。

 俺のギルド、『ヘルボトム』系列店を利用するときに提示すると、利用額に応じてポイントが貯まる。

 貯まったポイントは支払いのかわりに使えたり、『特別』なサービスと交換できるんだ。

 本当は『ウッドランク』からスタートなんだが、お前さんは『特別』な人間』だから、『特別』にアイアンランクにしておいた」


 『特別』という単語を特に強調するクズリュウ。

 ダマ小隊長の眉が、ピクリと動く。


 そのわずかな変化を見逃さず、クズリュウは一気にたたみかけた。


「『アイアンランク』はすごいぜ、貯まるポイントが『ウッドランク』の倍になるんだ。

 この意味がわかるか? 使えば使うほど、普通のヤツらよりも倍も得するんだ。

 持ってるだけで、ウッドランクのヤツらは羨ましがるだろうなぁ」


 それまでダマ小隊長は苦虫をガムがわりに噛んでいたかのような表情を貫いていたのだが、今は満更でもなさそうだった。

 「ほう……」と良いもののようにカードを眺める彼に向かって、クズリュウはそっと耳打ちする。


「ポイントを貯めると受けられる、『特別』なサービスはすごいぜぇ?

 真写しんしゃに写ってた聖女が、とても口では言えないような、あんなことやこんなことを……!」


 すると、ダマ小隊長の顔がボンと赤熱した。


「なっ……!? そ、そんなハレンチなサービスなど、ワシは興味はないぞ!」


「そうか、残念だなぁ。でもポイントは他にも使い道があるから心配するな」


 クズリュウはあっさりそう言って、傍らにいたマネームーンに指示する。

 マネームーンの両手には薄い木の板の束があって、それをドサッと机の上に置いた。


 「なんだこれは?」とダマ小隊長は赤みの残る顔で問う。


「こっちはウッドランクのメンバーカードさ。お前さんの部下たちに配ってやってくれ。

 このカードを使い始めたら、部下たちはきっとアイアンランクの凄さに気付く。

 そしたらそのカードを持ってるお前さんは、部下たちからもっと尊敬されるようになるぜ」


 ダマ小隊長は「尊敬?」と、その言葉に飢えていたかのように反応する。

 しかしすぐに取り繕うように咳払いをひとつ。


「……オホン。今でも部下たちはワシを尊敬している。

 だがまあ、使えば得をするカードというのであれば、部下たちも欲しがるだろう。置いていけ」


「そうこなくっちゃ。それじゃ、俺たちはこれで失礼するよ」


 クズリュウはそれまで粘着するようなしつこさだったが、すべてが終わったのか、あっさりとダマ小隊長に背を向ける。

 しかし途中で何かを思い出し「あ、そうそう」と振り返りもせず言った。


「下級で、いくら力を失ったとはいえ、邪竜は邪竜だ。

 狩るときはお前さんの持ってる最大の戦力で、それに軍票もありったけ持っていったほうがいいぞ。

 じゃあな」


 クズリュウはピッ、と指先だけで挨拶したあと、静かなるメイドと、抜け殻のようになっている聖女を引きつれ、城をあとにした。

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