第10話
10 地獄の仕入れ
クズリュウはリーダーから受け取った硬貨をマネームーンに渡す。
マネームーンは脇に携えていた石板をちょこちょこいじったあと、唖然としているエンジェルハイロウのメンバーに見せた。
「ここにいる面々のツケは、あと500万
クズリュウはその事実を受け取って、メンバーたちに告げる。
「そういうこった。このツケを完済したら、仕入れをしてやるよ」
すぐさま異論が噴出した。
「ふっ、ふざけんなっ! 500万なんて金、あるわけないだろっ!」
「このクソガキっ、どこまで腐ってやがるんだっ!」
「もう頭きた! この店をブッ壊してやるっ!」
彼らにとってクズリュウは、ずっと格下の扱いであった。
怒鳴りつけさえすれば意のままに操れた存在が、生意気にも言い返してきたので誰もが頭に血が上る。
「わあっ!」と一斉に暴れだそうとしたが、店員そして店に危害を加えようとしても、できなかった。
「さっき言っただろう、『デミリタライズ』がある限り、この空間ではなにも傷付けられないって。
だが……」
クズリュウは言葉の途中で、虚空に向かって、ピン! と指を弾いた。
すると、メンバーの額が、バチンッ! と破裂するような音をたてる。
メンバーは額を銃弾で撃ち抜かれたかように、「ぎゃあっ!?」とのけぞった。
「い……いってぇ! なんだこりゃ!?」
「デコに、焼きごてを押し当てられたみてぇに痛ぇっ!?」
「このクソガキっ! いったいに何をやりやがった!?」
「店員側は『デミリタライズ』の制限を受けない。
それどころか、ロクでもない客には自由に制裁を加えることができるんだ」
と、クズリュウは隣にいるマネームーンを見やる。
メイド服姿の少女の手には、血のついた草刈鎌が握られていた。
「店で暴れようとする客に対しては、俺はデコピンくらいですませてやるが……。
こっちのマネームーンは、そうじゃないみたいだな」
「万引きしたら、七代まで腕を切り落とすまね。器物破損はフリをするだけでも……」
「ひっ……ひぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
百戦錬磨の冒険者たちが、痩せたオッサンと小柄な少女を相手に、腰を抜かさんばかりになっていた。
「わ……わかった! ツケを払う! ツケを払うから、在庫を補充してくれっ!」
リーダーは血相を変え、金貨の詰まった腰のポーチごとクズリュウに差し出す。
他の冒険者たちも、伝説の不良にカツアゲにあったいじめられっ子のように、慌てて財布ごと献上した。
マネームーンは財布を回収し、一瞬にして中身を数える。
「クズ様。財布込みで、合計で200万
「さ、財布は返してくれよ! 誕生日に婚約者からもらったんだ!」
と手を伸ばしたリーダーの手を、品定めするように見つめるクズリュウ。
「この指輪で、プラス10万ってところだな」
「10万!? コイツは100万はしたんだぞ!?
あ、いや! この指輪は渡せない! 先月、婚約で交わしたばかりの大切な指輪なんだ!
もし渡したら、結婚がご破算になっちまう!」
「まあ、なにを出してツケの埋め合わせするかは好きにしろよ。
こっちは500万
なんにしても、早くしたほうがいいんじゃないか?
店の外で戦ってる仲間たちも、そう長くは持たないだろうからな」
「ぐうっ……!」
外から飛び込んでくる悲鳴だんだんと大きくなってきているので、リーダーは焦った。
なにせ彼らは、世界一の冒険者ギルド『エンジェルハイロウ』。
百歩譲って邪竜に敗れるならまだしも、その道中にいるザコを相手に敗走するのは、世界一のプライドが許さなかったのだ。
リーダーは自分の腸をソーセージにして差し出すような思いで叫ぶ。
「みんな! 俺は今から大切な婚約指輪を、このクズに渡す!
だからみんなも金になりそうな持ち物を、クズに渡すんだ!」
「えぇーっ」とどよめきがおこる。
しかしこの武器屋が利用できなければ、敗戦は確実なことは、誰もが理解していた。
メンバーはしぶしぶ、ヘソクリや宝飾品、そして高価な副装備などを外す。
それらを積み上げ、ちょっとした宝の山を作り上げていた。
それでも500万
クズリュウは、仕入れはツケを払い終えたあとの額からすると譲らなかった。
そのため仕方なく、リーダーはメンバーの入れ替えを行なう。
店内にいたメンバーをドラゴニアンを食い止める役割にし、かわりに外で戦っていた者たちを店内に入れる。
入れ替わりで店に飛び込んできた、新たなるメンバーたちは疲労困憊。
リーダーは休ませてくれるために店に入れてくれたんだろうと、床にへたりこんでいた。
そんな新メンバーたちを、居残りメンバーたちが取り囲み、追い剥ぎのように持ち物を奪う。
「お……おい、なにをするんだっ!?」
「うるせぇ、俺たちも有り金ぜんぶ差し出したんだ! だからお前らも、持ってる物をぜんぶだせ!」
居残りメンバーはもはやクズリュウの手下と化していて、店に引き込んだメンバーの身ぐるみを剥いでいた。
宝の山はどんどん高くなっていき、そしてついに、倍額の1000万
「よーし、それじゃ、500万
その頃にはメンバーたちはすっかり飼い慣らされていて、「やったーっ!」と大喜び。
「新しい装備さえありゃ、ドラゴニアンなんか怖くねぇ!」
「そうだ! それどころか邪竜だって、勝ったも同然だ!」
「やっぱり、俺たち『エンジェルハイロウ』には、クズの店が無くっちゃな!」
「これからも、よろしく頼むぜ!」
クズリュウはかつての仲間たちに囲まれながら、マネームーンから渡された石板を操作する。
石板にはネットショッピングのような映像が映し出されており、その中からいくつかの商品を選択し、決済をすませていた。
「よし、これがベストチョイスな装備だ。これだけありゃ、あっという間に戦いの決着がつくぞ」
「でかしたぞ、クズ!」
ずっとカラッポだった店の棚に、次々と武器や防具らしきシルエットが現れる。
光に包まれたそれは、次々と現実の商品となって、具現化していった。
それらはメンバーにとっては待望のアイテムのはずで、最初のうちは希望に満ちあふれた表情をしていたのだが……。
次の瞬間には、彼らは奈落の底に突き落とされたような、今にも絶望に押しつぶされた表情に変わっていた。
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