第9話

09 帰ってきたクズ

 邪竜のいる洞窟へと歩を進めながら、『エンジェルハイロウ』のメインメンバーたちは、雑談に花を咲かせていた。


「クズがいなくなって10日かぁ。ヤツはもう、このまま帰ってこねぇんだろうなぁ」


「そのほうがいいだろう。だって、ヤツはメインの俺たちの顔を見るたびにツケを払えってウザかったからな」


「俺なんてあまりにうるせーから、いなくなる直前にあたりに、ヤツの顔面にパンチをブチ込んでやったんだ。

 そしたらわんわん泣き出しちまってよ、余計うるさくなってまいったぜ」


「おいおい、クズがいなくなったのはお前が原因なんじゃねぇか!」


「いやいや、そういうお前もしょっちゅうクズのこと蹴ってただろ!」


「そうだったっけ? なんにしてもいなくなってくれてせいせいしたぜ! ぎゃははははは!」


 クズリュウがいなくなって、メインメンバーたちはスッキリした様子だった。

 しかし彼らの前を歩いている、サポートのメンバーたちは真逆の様子で、誰もがゲッソリとやつれている。


 なぜならば、クズリュウがいなくなったことで、食事や寝床などの準備もしなくてはならなくなったからだ。


 クエスト中の食事となれば、今まではクズリュウが『どこでもショップ』で酒場を出してくれて、クエスト参加メンバー全員ぶんの料理を作ってくれた。

 食材や調理器具を持ち運ばなくて良いうえに、上げ膳据え膳なのはすごく有り難いことである。。


 さらにキャンプとなれば宿屋を出してくれるので、テントや寝袋を運ばなくてすみ、設置の手間もかからない。

 そのうえ、酒場の料理がまずかったり、宿屋のベッドが硬かったりしても、責められるのはクズリュウのみ。


 他のサポートメンバーたちはそれをいいことに、メインメンバーたちといっしょにクズリュウをいじめていた。

 しかし今や、それらの責務や重圧が、因果応報のごとく自分たちにのしかかってきている。


 キャンプの料理がまずいと殴られ、テントの地面が固いと蹴られ、もはや彼らは心身ともにボコボコであった。

 今も、案内のペースが少し遅いというだけで、後ろから蹴り上げられている。


 サポートの者たちは身体じゅうのズキズキとした痛みを感じながら、心の中で叫んでいた。



 ――クズリュウ……! お願いだから、もどってきて……!

 もう二度と、いじめたりしないから……!



 そうこうしているうちに、一行は洞窟の中に入る。

 洞窟の中は迷路になっておらず、ひたすら広い一本道が続いていた。


 そして、途中の大広間で、モンスターの集団と遭遇する。

 先頭のサポートが叫んだ。


「モンスター! ドラゴニアンです!」


「ドラゴニアンか! やっぱり、この洞窟には邪竜がいるんだ!」


「よぉし、がぜんやる気が出てきたぜぇ! 竜のできそこないどもを、ぶっ殺せーっ!」


「俺たちは、天使だぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 蛮声とともに、ドラゴニアンとの戦闘開始。


 ドラゴニアンというのは、竜のウロコから生まれたとされる、邪竜の番人ともいえるモンスター。

 二足歩行のトカゲのような見目をしており、その性質は、仕えている邪竜によって様々。


 今回この洞窟にいたのは、体高が3メートルはある、トロールのように大柄なドラゴニアン。

 1匹あたりの戦闘能力はかなり高そうであったが、数は10体ほど。


 エンジェルハイロウのメインメンバーたちは総勢100名ほどだったので、1匹につき10人ほどの徒党を組んで襲いかかる。

 しかしドラゴニアンの攻撃はすさまじく、一撃で盾は吹っ飛び、鎧は粉々になった。


 一瞬にして丸裸同然になってしまっても、メインメンバーたちは慌てない。

 みなが心をひとつにしたかのように叫んだ。


「おい! クズ! 防具がいかれちまった! 武器屋を出せっ!」


 しかしその声は、ドラゴニアンの鳴き声に混ざり、虚しく洞窟内に響きわたる。

 メンインメンバーたちは「くそっ!」と地団駄を踏む。


「そうか! クズのヤツ、いないんだった!」


「あの役立たずのクソガキっ! いない時まで足を引っ張りやがってぇ!」


「おい、サポートども! かわりの装備をよこせっ!」


 しかし物陰に隠れていたサポートたちは、ひょっこりと出した顔を左右に振っていた。


「なに!? かわりの装備もねぇだと!? このクソどもがっ!」


「クズがいないって知ってたなら、気を利かせてスペアの装備を持ってこいよ!」


「ふざけんなっ! このクエスト失敗したら、ぜんぶテメェらのせいだからなっ!」


 いままではクズリュウに頼めば、いくらでも装備が手に入っていたので、彼らは防具の大切さをすっかり忘れていた。

 使い捨て感覚で敵に突っ込んでいき、壊れたら新しいのをもらえばいいや、くらいに思っていた。


 それを用意してくれていた人物は、もはやここにはいない。

 かに思われたが、


 ムクムクムクッ……!


 突如として戦場の真ん中に現れた、1軒の家。

 ドラゴニアンたちは仰天していたが、人間たちは天の助けのように歓喜する。


「見ろ! あれは武器屋じゃないか!?」


「クズだ! クズのヤツが帰ってきたんだ!」


「でもなんで、戦ってるど真ん中に建てるんだよ!?

 武器屋を建てるなら、敵のいねぇ安全地帯にしろよな!」


「相変わらず使えねぇヤツだなぁ! まあいいや、なんとかあそこに駆け込んで、防具をもらおうぜ!」


「待たせたバツとして、しこたま蹴り上げてやるとするか!」


「俺は最高級の防具をブン取ってやるぜ!」


 まるで山賊のような言葉を吐きながら、メインメンバーたちは「うおーっ!」と家へとなだれこむ。


 そこはたしかに武器屋であった。

 それも普通の武器屋に比べて広々とした店内で、客用の出入り口が北側と南側の2箇所もある。


 商品棚の間隔も余裕があって、かなりの大柄な客がいてもすれ違えるだけの、ゆったりしたスペース。

 しかし肝心の棚はどこもカラッポで、商品はひとつも置かれていなかった。


 そして「よう」と迎えてくれた店主を目にした途端、メインメンバーたちはギョッと後ずさる。


「お……お前……何者だ!?


「あっ!? お前もしかして、クズか!? ちょっ、ちょっと見ないうちに、ずいぶんフケたなぁ!?」


「し、白髪に眼帯に黒いコートなんて……ししっ、死神かよ!」


「ま……まあ、なんでもいいや! 防具をよこせ!」


「なんで在庫を仕入れとかないんだよ! このクズがっ!」


 多少ビビりつつも罵ってくる、かつての仲間たち。

 クズリュウは気にもせずに肩をすくめていた。


「仕入れたいのはやまやまなんだが、もうカラッケツなんだ」


「またその話かよ! お前はほんと金の話ばっかりだな!」


「この戦いが終わった払ってやっから、さっさと仕入れろ! でねぇと、顔面パンチするぞ!」


 メンバーのひとりがクズリュウの胸倉を掴み、脅すようにサッと拳を振り上げる。

 今までのクズリュウであれば、それだけで「ヒッ!」と縮み上がり、震えながら仕入れをしていた。


 しかしこの新生クズリュウは、眉ひとつ動かさなかった。


「言ってるだろ、カラッケツだって。いま金をもらわなきゃ、薬草ひとつ仕入れられねぇんだ」


 胸倉を掴んでいたメンバーは「ふざけんなっ!」と拳を振り下ろそうとしたが、腕が動かなかった。


「なっ!? なんで、殴れねぇんだ……!?」


 クズリュウの影が伸びるように、ひとりのメイド少女が現れる。


「この空間には『デミリタライズ』のスキルの力が働いているまね。

 この中では、他人を傷付けることは一切できないまね」


「ぐっ……! ぐぐっ!」


 歯を食いしばってなんとか腕を動かそうとするメンバー。

 後ろにいたリーダーが、見かねた様子で割って入った。


「わ……わかった! 金は払う! 払うから、仕入れをしてくれ!」


 リーダーは腰のポーチから数枚の金貨を掴み取ると、クズリュウに差し出した。


「これで、ありったけの盾と防具を仕入れろ!

 あと、ドラゴニアンの硬いウロコを破壊するための徹甲矢もだ!」


 クズリュウは受け取った金貨を、ひーふーみーと数える。

 そして、かつて純真無垢だった頃の彼からは、想像もつかない嫌らしい笑顔で言った。


「これじゃ、アンタのツケの足しくらいにしかならないぜ」

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