第8話
08 ふたつの夜のはじまり
前代未聞のスキル、『ラッキースケベ』。
その毒牙の最初の被害者になってしまったのは、姫巫女ピュリア。
彼女はいつも物静かで楚々としていて、急いでいる時でも走ったりすることはない。
そしてとても恥ずかしがり屋であった。
ローブの裾が少しでもめくれてふくらはぎなど晒されようなら、それだけで真っ赤になってしまうほどである。
しかし彼女はたった今、生き恥のような痴態を晒してしまった。
しかもその姿を
人間のクズのような、オッサンの手によって……!
ピュリアはなおもうつむいたままだった。
もはや全身がカッカと火照っており、存在しない穴に身を隠すように小さなっている。
ママベルはあまりのことに「まあ」と口をあんぐりと開けて固まっていた。
そしてアーネストは、クズリュウに向かって火花が出るような視線を向けている。
「ピュリア様があなたに好意を持っていて、それで『ラッキースケベ』が発動しただなんて、絶対ウソよっ……!
だってあなたみたいな人間のクズを好きになる女の人なんて、この世にひとりもいないんだから……!
この、女の敵っ……! いますぐその
しかしクズリュウは、クラス委員をからかうワルガキのように、わざと挑発的に言った。
「やーだね、この
「いったい、なにに使うつもりなのっ!?」
「まず、高く売れる。聖女を好きな野郎はこの世にごまんといるからな」
すると、ピュリアがハッと顔を上げた。
赤熱した顔を、いまにも泣きそうなどに歪めて訴える。
「お……お願いです! それだけは、お許しください!
おじさまに見ていただく分には、恥ずかしいですけれど、耐えてみせます!
あの、それでもその
「ピュリア様っ!? なに言ってるんですか!?」と目を剥くアーネスト。
「そう慌てるな、今のは使い道の例を示してやっただけだ。売ったりはしねーよ。
でも俺がその気になれば、売るどころかタダでバラ撒けるってのを忘れるなよ?」
と、クズリュウはアーネストに向かって念押しする。
「くっ……! このわたしを脅してるのね……!?」
「そうだ、これがふたつ目の使い道ってやつだ。
逆らったら首を絞めて従わせることもできるが、そうすると身体が傷モノになって商品価値が下がっちまうからな。
こうやって精神的な方法で屈服させるほうがスマートだし、屈辱を与えれば与えるほど商品としての深みも出る。
豚は苦しめて殺したほうが、肉がうまくなるのと同じ原理だな」
「だいぶいい顔になってきたまね」とマネームーンが合いの手を入れる。
「こっ……この、外道っ!」
「なんとでも言え。さーて、それじゃ夜も遅いし、そろそろ寝るとするか。
俺は宿屋を出して寝るから、お前らもここの後片付けが終わったら宿屋で寝ていいぞ」
「えっ、宿屋さんも出せちゃうの?」とママベル。
「こんなモンスターだらけの山で寝るだなんて、自殺行為だわ!」とアーネスト。
「大丈夫だ。昼間の戦闘でここいらのモンスターはあらかた倒された。
モンスターの復活には時間がかかるから、しばらくのあいだこの山は安全なはずだ。
ずっと酒場で宴会してたが、モンスターのお客さんは来なかっただろ?」
伸びをしながら酒場を出ていくクズリュウ。
外に出ると「宿屋、オープン!」と2階建ての宿屋を出し、アクビとともに中に入っていく。
もはや何度も見た光景であるというのに、聖女トリオはやっぱり呆気に取られていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
酒場の後片付けを終えた聖女たちは、宿屋に一泊した。
どの部屋で寝るかで相談になったのだが、アーネストが真っ先に提案する。
「あの男はきっと、寝込みを襲ってくるに違いありません!
身を守るために、3人同じ部屋で寝ましょう!」
しかし、受付カウンターにいたマネームーンが、
「逆らえないメスブタ相手に、なんでわざわざ夜襲をかける必要があるまね」
ぐうの音も出ない正論だったが、アーネストは同じ部屋で寝ることを強く推進した。
3人で泊まれる部屋はスイートしかなかったので、スイートルームを利用。
アーネストは部屋中をキッチリと施錠し、さらに家具を移動させて簡単には入ってこられないようにバリケードを作った。
「ピュリア様、わたしがベッドの中で寝たフリをして番をします。ですのでご安心してお休みください」
さらに不寝番まで買って出る始末。
しかし、いちばん良い時でせんべい布団の寝具しか体験したことのなかった彼女たちは、スイートルームのベッドのあまりの気持ち良さに、あっけなく陥落。
アーネストは「ぜったい睡魔なんかに負けたりしない!」と決意した30秒後には、安らかな寝息をたてていた。
それは、住む所を奪われ、サバンナに生きる草食動物のように、眠れぬ夜を過ごしてきた少女たちにとって……。
久しぶりともいえる、安らかで深い眠りであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
聖女たちが、安らかなる眠りを謳歌していた頃。
ビイル山の中腹にある森の中では、キャンプを張っていた冒険者の一団が起きだしていた。
夜の森は星明りも届かずとても暗いので、ランタンや松明はほとんど役に立たない。
魔術師たちが明かりを灯す呪文を唱え、視界を確保していた。
照明弾のようなまばゆい光に照らされる冒険者たち。
一行のリーダーらしき勇者が、寝静まった森を起こすかのように叫んでいた。
「それでは、この先にある洞窟に向かう!
極秘入手した情報によると、その洞窟の最深部には下級邪竜がいるという!
ソイツを倒せば、我ら『エンジェルハイロウ』の冒険者ギルド部門の名は、さらに轟くであろう!
……いくぞっ!」
リーダーの合図とともに、冒険者たちは一斉に拳を掲げる。
「俺たちは、天使だぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
彼らは颯爽と、森の木々を踏みならして進軍を開始。
森でキャンプを張って夜を待ったのは、情報の邪竜は昼行性であったから。
下級とはいえ邪竜のような大型モンスターとの戦いともなると、奇襲攻撃は必須。
まともにやりあったら、命がいくつあっても足りないからだ。
特に、『どこでもショップ』を使えるサポーター、クズリュウがいなくなって初めてのクエストとなれば尚更である。
しかし当の『エンジェルハイロウ』のメインメンバーたちは、まだ誰もそのことに気付いていなかった。
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