第7話
07 ラッキースケベ
小一時間後、酒場のステージそばに設えられた長テーブルの上には、いろとろどりのごちそうが並ぶ。
鶏の丸焼きに部位まるごとのローストビーフ、お頭つきの魚に舟盛り、大皿のグラタンにピザ、山盛りのポテトにずんどうに入ったスープ、花畑のような野菜サラダやフルーツの盛り合わせ。
それらをほとんどひとりで作り上げたママベル。
彼女は椅子にぐったりと横たわり、まるで絶頂に達してしまったかのように、熱っぽい吐息とともに大きな胸を上下させていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はふぅ……。ちりん……ちりん………。
こんなにたくさんお料理をしたの、初めて……。ママ、困っちゃうくらい、しあわせぇ……」
それからすぐに、宴がはじまる。
上座のクズリュウが、ビールの入ったジョッキを掲げ、乾杯の音頭を取る。
「今日は、俺のギルド『ヘルボトム』の門出の日だ!
さっそく豚どもから搾り取れたうえに、使い手のありそうな奴隷が3匹手に入った!
最高のスタートが切れたから、パーッといこうぜ! かんぱーいっ!」
あまりにも歯に衣着せぬ挨拶に、ピュリアとママベルは手にしたジューズを「か、かんぱーい」と申し訳程度に掲げる。
アーネストはやっぱりここでも、フンとあさっての方向を向いていた。
「わたしたちは食べないわよ。あなたみたいな人に施しを受けてたまるもんですか。
さすがにこの首輪でも、飢え死にまでは阻止できないでしょう」
彼女は徹底抗戦の構えを見せていたのだが、
「それでは、有り難く頂戴いたします。いただきます、おじさま、ママベルさん」
「ちりんちりん、ピュリア様。たくさん召し上がってくださいねぇ。
ママもいただきまぁす。もうお腹がペコちゃんでペコちゃんで……」
仲間の聖女ふたりは陥落どころか抵抗の意思すら見せず、さっそくごちそうに手を付けていた。
「ちょ!? ピュリア様、ママベルさん!? どうして!?」
「アーネストさん、わたくしたちの教義を思い出してください。
お金は頂きませんけど、食べ物の施しは受けてもよい、と」
「ちりんちりーん。それに出された食べ物は、ぜんぶきれいきれいに食べないと駄目だったでしょ?
アーネストちゃん、好き嫌いは駄目よぉ?」
「好き嫌いで言ってるんじゃないわよ! その料理は……!」
「たとえどなたがの手が入っていようとも、できあがったお料理に貴賤はありません。
作ってくださった方と、命を捧げてくれた食材に感謝をしつつ、頂くのが礼儀というものです」
母親のような落ち着いた様子のピュリアに諭され、アーネストもやむなく料理を口にする。
そこから先は、あっという間だった。
「うっ……ううっ、こんなおいしいものをいただいたのは、初めてです……!」
「ちりんちりぃん……! こんなおいしいお料理を作って食べられるだなんて、ママ、困っちゃうくらい、しあわせぇ……!」
「うっ……! ぐうっ! なんで、なんでこんなに美味しいのよぉ!」
聖女たちはさめざめと泣きながら料理をパクつく。
「まるで懲役明けまね」とマネームーン。
「どうやらお前たちは、ずっと偽善を振りかざして、ここまで生きてきたようだな。
俺にくれた昼飯も、ライ麦パンの切れ端で作った干からびたサンドイッチだったじゃねぇか。
都会の路地裏にいる野良犬のほうが、もっといいもの食ってるぞ」
「うっ……うるさいわね! わたしたちは感謝の気持ちさえあれば、それでいいのよ!」
「その感謝とやらで、ハラが膨れたか? 感謝でそんな泣くほど嬉しい気持ちになったか?
……まあ、そんな過去のことはどうでもいい。お前たちは『ヘルボトム』のメンバーになったんだ。
しっかり食って、しっかり俺のやり方を叩き込んでやるからな」
口に含んでいたものを、こくんと喉を鳴らして飲み下したピュリアが、控えめに手を挙げた。
「あの、おじさま。『ヘルボトム』というのはギルドさんなんですよね?
やっぱり、聖堂ギルドさんなのでしょうか?」
「いや、ヘルボトムは総合ギルドだ。
聖堂ギルドはもちろんのこと、ありとあらゆるギルドを展開する。
お前たちも聖女だからって、聖堂でノホホンとしていられると思うな。
いろいろ仕込んで使い倒してやるから覚悟しろ。
いまこうやって栄養を付けさせてやってるのは、骨までしゃぶるためなんだからな」
ふと、クズリュウはなにかを思いだした様子で、隣に立っていたメイド少女に声を掛ける。
「おいマネームーン、『メニュー』だ」
マネームーンは「かしこまりまね」と、どこからともなく取りだした例の石板を渡す。
クズリュウはその石板をちょちょいと操作して、メイドに返した。
直後、ばきんっ! と大きな音がしたかと思うと、ピュリアの座っていた椅子の後ろ脚が弾け飛ぶ。
「きゃっ!?」
とピュリアは悲鳴とともに、椅子ごと後ろに倒れこむ。
幸いケガは無かったようだが、勢いあまって後ろでんぐり返しが失敗したような体勢でひっくり返っていた。
「ま○ぐり返しまね」とメイドが形容するように、少女のローブのスカートは完全にめくりあがり、はしたなく大開脚、レースのついた純白のショーツが丸出しに。
「「ピュリア様っ!?」」とアーネストとママベルが助け起こそうとしたが、それより早く、マネームーンの瞳がレンズのように輝いた。
パシャッ! と音がしたあと、口からベーと一枚の紙が出てくる。
アーネストは警戒の色を滲ませながら、「な、なに、今の……?」とピュリアを抱き寄せる。
ピュリアはサッと顔を伏せ、スカートの裾をきゅっと握りしめていた。
「マネームーンには魔導
クズリュウに言われ、マネームーンがじゃじゃんと公開した
そこには姫巫女のあられもない格好が、総天然色で鮮明に切り取られていた。
「なっ……!? なんてことをっ!?
さてはその
「違うまね。これは先ほどクズ様が新しくゲットした『ラッキースケベ』のスキルの効果まね」
「らっきー」「すけべ……?」と目を瞬かせるアーネストとママベル。
ピュリアはうつむいたまま何も言わなかった。
「『ラッキースケベ』は、クズ様の作り出した店舗内にいる奴隷に、エッチなハプニングをもたらすスキルまね。
ピュリアの椅子の脚が折れてパンモロしたのは、そのスキルの力まね」
「おっ……女の子の気持ちに関係なく、無理やりエッチな目に遭わせるだなんて……!
なんて……なんてふしだらなスキルなの!?
マネームーンさん! いますぐその
でないと、ただじゃおかないわよっ!」
とうとう激怒して立ち上がるアーネスト。
しかしマネームーンは眉ひとつ動かさない。
すべてを見通すようなジト目で、ぼそりとつぶやいた。
「『ラッキースケベ』のスキルは、女の子側に一定の好意がないと発生しないまね」
「えっ」
「クズ様への好感度に応じて、ラッキースケベの発生確率はあがり、その内容はより過激になっていくまね。
クズ様への好感度がゼロだと、ラッキースケベはそもそも発生しないまね」
アーネストは「まさかっ!?」と足元のピュリアに視線を移す。
「ピュリア様!? そんなことはありませんよね!?
ピュリア様があんなクズに好意を抱いているなんて、絶対にありえませんよね!?」
ピュリアはうつむいたまま答えない。
しかしアーネストの問いを否定するかのように、かぁ~っと羞恥の色が増していく。
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