第2話

02 戦力外通知

 この世界における、庶民の憧れの職業、それは『冒険者』であった。


 前人未踏の地下迷宮ダンジョンを探索し、巨大なモンスターと渡り合う。

 家柄や身分によって優劣が決まるのではなく、己の身体と技能さえあれば、一攫千金も夢ではない。


 その憧れの存在になるためには、『スキル』と呼ばれる、生まれながらにして与えられる技能が必要であった。

 剣技のスキルを持つ者は優れた戦士になれ、魔術のスキルを持つ者は偉大なる魔術師になれる。


 冒険者ギルドにおける『メイン』と呼ばれる者たちであった。


 それらのスキルを与えられなかった者でも、冒険者になることは可能である。

 冒険中の手助けとなるスキルを持っている者は、『サポート』としてギルドに雇用された。


 しかしどのギルドでも『サポート』は使い捨てのような存在。

 『メイン』に比べて給料が安く、また当然のように激務であった。


 そんな酷い扱いまで受けて、なぜ『サポート』の者たちはギルドに居続けるのか……。

 それは、『サポートとしての功績を認められれば、メインに昇格できる』とそそのかされていたから。


 その実情は虚像もいいところで、サポートからメインに昇格した冒険者は皆無といっていいほどに少ない。

 いわば、派遣社員を正社員というエサで釣って、都合良く使い倒すための方便でしかなかったのだ。


 完全なる、『やりがい搾取』……!


 さらに搾取されている者は、えてして気付かない。

 傍から見れば恐ろしく異常な状況に置かれているというのに、それが当たり前だと思ってしまうのだ。


 それどころか、自分がメインになれないのは、自分の努力が足りないせいだと勘違いし……。

 自分の大切な時間ばかりか生命いのちまで削って、さらに組織に尽してしまう。


 いつか人間になれると信じている豚が、すすんで腹の肉を抉り、人間に差し出すかのように……!


 そして、とうとう骨と皮だけになってしまった豚が、ここにもひとり。

 彼は邪竜のクエストから戻るなり、ギルド長から呼び出されていた。


「クズ君さぁ、明日からフリーエージェントね。……わかる? フリーエージェント。

 簡単にいうと月給制じゃなくて、クエストの出来高で報酬を支払うことなんだけどさぁ。

 なんか傭兵みたいでカッコいいっしょ?」


「えっ? でもムナクソンさん、サブはクエストの出来高の報酬は、もらえないはずじゃ……?」


 するとムナクソンと呼ばれたギルド長は、一瞬「チッ、気付いたか」みたいな顔をした。


「そ……その点については大丈夫だって! クエストごとに働きをランクで評価して、そのぶんの報酬を支払うから!

 最高のAランクと評価されたら、一気に100万エンダーがもらえるんだよ!? 

 いままでの月給の10倍だよ!? すごいっしょ!?」


「あの……ちなみにBランクだといくらなんですか?」


 するとムナクソンは、一瞬「チッ、それ聞く?」みたいな顔をした。


「Bだとちょっと、ほんのちょっと月給より安くなるけどさ、がんばってAを取ればいいだけじゃん!

 それにこのままだとクズ君、一生メインになれないよ!? なんでかわかる!?

 積極的にリスクを取ってないからだよ! リスクを取らなきゃステップアップできないんだから!」


 瞳孔の開ききった目で諭され、クズリュウはつい首を縦に振りそうになってしまう。

 しかし催眠を解くようにぶるんと頭を振り払った。


「あの、せっかくですけど僕、フリーエージェントはお断りします。

 だってフリーエージェントになると、有給も無くなっちゃうんですよね?」


 するとムナクソンの態度が急変した。


「はぁ、バッカじゃねーの。だいいちお前、休みすぎなんだよ」


「そ……そうですか? メインの人たちは年休150日ありますけど、僕らサポートは3日しか……」


「当たり前だろ! メインのヤツらは命賭けて戦ってんだから!

 サポートなんて3日でも多過ぎだ! お前らなんか死んだ時に休めばじゅうぶんなんだよ!」


「そ、そんな……!」


「それにクズ君のサポートに、メインのヤツらから苦情が来てるんだよね。

 武器屋の在庫はぜんぜんないし、酒場の酒やツマミは安物だし、それどころか大聖女の胸を触ったんでしょ?

 ぶっちゃけクズ君さぁ、仕事ナメてるっしょ?」


「それは誤解です! ショップの質が下がっているのは、メインのみなさんがお金を払ってくれないからで……!」


「あーもう、言い訳なんて聞きたくない。欲しいのは反省だってわかんないかなぁ?

 まあいいや、とにかくクズ君はフリーエージェントって決まったから。

 イヤなら辞めてもらってもいいけど、もうどのギルドも拾ってもらえないと思うけどねぇ」


 ムナクソンは再就職の妨害をチラつかせながら、フリーエージェントの契約書を差し出す。


「なんたって、ウチの『エンジェルハイロウ』は、総合ギルド……。

 冒険者だけでなく、商人や鍛冶屋、学会や聖堂、それどころか裏社会にまで幅を効かせている、名実ともに世界一ギルドなんだから、ねぇ……?」


 クズリュウは黙って、その契約書にサインするしかなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 クズリュウは絶望の淵に立たされていた。

 いや、もはや淵どころか、奈落の底に真っ逆さまの状態に置かれている。


 なぜならば、とうとう『限度額』いっぱいまで使い切ってしまったのだ。

 『どこでもショップ』の仕入れは自動的になされる仕組みとなっているが、もちろん金は支払わなくてはならない。


 クズリュウは月給の全額をつぎ込んでいたのだが、それでは足りずにある制度に手を出す。

 それは『ファントムファイナンス』という、『どこでもショップ』のスキルに付帯している事業者融資制度。


 この制度を利用すれば、無担保で10億エンダーまでの借り入れができる。

 クズリュウはここから借りた資金で、『エンジェルハイロウ』に尽してきた。


 しかしそれがついに、天井張り付きとなってしまったのだ……!


 クズリュウはフリーエージェントとなったギルドからの帰り道、夜の公園で頭を抱えていた。


「どうしよう……給料は入らなくなったし、お金も借りられなくなった……。

 こうなったらやっぱり、がんばってSランクを取って、稼ぐしか……!」


「やっぱり豚は、どこまでいっても豚なのですね」


 冷たい手で背筋を撫でられるような声に、ハッと顔をあげるクズリュウ。

 目の前には、シルクハットを目深に被ったマント姿の男が立っていた。


 赤い肌に青白い瞳、尖った耳に尖った顎。

 この世の者とは思えないほどの、不気味で妖艶なる美しさを醸し出す青年だった。


「あ、あなたは……!?」


「『ファントムファイナンス』の債権回収担当の者です。

 クズリュウ・ダストバーンさん、あなたには支払い能力がないと判断されましたので、強制回収にまいりました」


「そ……そうなんですか? お支払いしたいんですけど、僕はお金をぜんぜん持ってなくて……」


「そうでしょうね。ですから、私と一緒に来てください。

 これからあなたの心と身体で、10億エンダーを支払っていただきます」


「心と身体? それでどうやって……? でもわかりました、それで借金が返せるのでしたら、喜んで。

 あ、でも何日くらいですか? あまりに長いようだったら、ギルドに断っておかないと……」


「ざっと100億年です。でもご安心ください、あなたたち人間の時間では、およそ10日ほどですから」


「なんだかよくわかりませんけど……10日くらいだったら大丈夫だと思います。

 でも10日ということは、1日で10億エンダーも稼げるんですね、悩んで損したなぁ」


「そのみずみずしい肉体に、なんの疑いもなく他人を信じる曇りなき心。

 白い豚は黒き悪魔たちの大好物なのですよ。さあ、こちらへどうぞ」


 ……バッ! とマントが広げられる。

 その奥に蠢くものたちを目にした途端、クズリュウは全身の血を抜かれたように蒼白になった。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 しかしその悲鳴は誰にも届かない。

 謎の男は誰も居なくなったベンチの前で、ただひとり佇んでいた。

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