第3話
03 助けられた男
クズリュウは行方不明となったが、誰も彼のことを心配する者はいなかった。
『エンジェルハイロウ』のメンバーたちはみな、彼のことをバックレたクズだと罵っていた。
そして、それから2週間後のこと。
とある山道を、3人の少女が歩いていた。
3人とも敬虔なる礼拝者のような、純白のローブを身にまとう。
何色にも染まっていないそのローブは、この世界における聖女の証であった。
しかしそのローブは、よく見るとツギハギだらけ。
そう、彼女たちは貧乏聖女たちだったのだ。
その先頭に立って歩いていたのは、高校生くらいの少女。
彼女はキッと釣り上げた
その鋭さのあまり、首を振り回すたびに、黒髪のポニーテールがパタッパタッと頬を打つ。
しかしそれでも足りないとばかりに、エルフ族特有の長い耳までアンテナのように斜め上に立て、警戒に余念がなかった。
「急ぎましょう、ピュリア様、ママベルさん。
このビイル山は、別名『悪魔の山』と呼ばれているほどに、モンスターが湧き出る洞窟がいくつもあります。
明るいうちに、峠を越えてしまわないと」
すぐ後ろにいたのは大学生くらいの、長い髪をゆるく1本に編んだおっとり顔の少女。
先頭の少女と同じくエルフ族のようだが、気合いの入り方は対象的であった。
山道にすっかりへばっていて、細い眉と長い耳を困ったように斜め下に倒している。
大きな胸の上に乗ったカウベルのタリスマンを鳴らしながら、ふうふうと喘ぐ。
「ちりんちり~ん。アーネストちゃん、ちょっと早すぎじゃないかしら。
このままじゃママ、困っちゃう。ちょっぴりお休みしたいわぁ」
「なにを言ってるの、ママベルさん! 陽が沈んだらこの山はモンスターだらけになるのよ!?」
すると、いちばん後ろにいた少女が、厳かに口を開いた。
「アーネストさん、アーネストさんおかげで旅路は順調です。
ここまで来れば峠まではあと少しですので、ここでお昼ご飯にしてはいかがでしょうか?」
彼女は腰まで伸びたロングヘアで、まだあどけないながらも目が覚めるほどに美しい顔立ちをしている。
年の頃は中学生くらいで、先のふたりと同じエルフ族。
この中ではいちばん歳下だが、誰よりも落ち着いていて、長い耳ですら穏やかに水平を保ったまま。
それがなおのこと、彼女のただならぬ高貴さを演出していた。
「ピュリア様がそうおっしゃるなら……わかりました」
少女たちは道端にちょうどいい岩を見つけたので、そこに腰掛けひと休み。
岩の上でちょこんと正座して、弁当の入った包みを広げた。
しかしふと「う……」と呻き声を耳にする。
見ると、岩陰にひとりの男が倒れていた。
白髪にボロボロのコートにズボンで、まるで行き倒れの死神のような不吉な見目だった。
普通の旅人なら関わりたくないと、そのまま立ち去るのだろうが、少女たちは違った。
ピュリアは真っ先に岩から降り、男を助け起こす。
「もし!? もし!? しっかりしてください! どうされましたか!?」
男が仰向けになった瞬間、少女たちは「ヒッ!?」と息を呑む。
男は眼帯をしていたのだが、まるで亡者でも取り憑いているかのように苦悶の表情が浮かび上がっていたのだ。
しかしそれは目の錯覚だったのか、すぐに消え去り、無地の眼帯に戻る。
そして今度は男が苦悶の表情を浮かべ、声を絞り出していた。
「うっ……ううっ……は、ハラが……!」
「お腹を空かされているんですね!? では、こちらをどうぞ!」
ピュリアは朝からなにも食べていないのだが、なんの迷いもなく弁当のサンドイッチを差し出す。
男はピュリアに抱かれたまま、ガツガツとそれを平らげた。
「ちりんちり~ん。よっぽどお腹がペコちゃんだったのねぇ。ママのもどうぞ」
「し……仕方ないわねぇ、これも食べなさい」
男は結局、少女たちの昼食をすべて食べ尽くしてしまう。
男は、土埃にまみれたコートの袖で口を拭うと、
「自分たちがハラペコなのに他人に施すなんて、豚以下だな」
とんでもない暴言に、アーネストは「なっ!?」と髪の毛が逆立つほどに驚いていた。
「あなた、助けてもらっておいてその言い草はなんなの!?」
「俺は助けてくれなんて一言も言ってないぜ。
『ハラが』って言ったら、お前さんたちが勝手にメシをよこしたんだろうが」
「なっ、なんなのこの人!? こんなに無礼な人、初めてだわ!」
見かねたピュリアが割って入る。
「あの、わたくしたちは旅の聖女です。
こちらがアーネストさんで、こちらがママベルさん、そしてわたくしはピュリアと申します。
おじさまのお名前はなんとおっしゃるのですか?」
しかし男はにべもなかった。
「自分から名前を教えるだなんて、マジで豚以下だな」
「ひ……姫巫女のピュリア様に向かって豚以下だなんて、無礼にもほどがあるわ!
ピュリア様、ママベルさん! もう行きましょう! こんな男の相手をする必要はないわ!」
「まあ待てって、お前たち見るところ、聖堂を追い出されたクチだな?」
すると少女たちは目を丸くした。
「なぜ、おわかりになったのですか?」
「わかるさ。こんな山道を聖女だけで歩いてるんだからな。
護衛も付けられないなんて、ニセ聖女か野良聖女くらいのもんだ」
『野良聖女』というのは、聖堂に属していない聖女のことである。
「くっ……! わたしたちを犬か猫みたいに! そういうあなたは行き倒れてたクセに!」
「そうだ、だから似たもの同士ってこった。だから俺の聖堂で働かねぇか?」
「ちりんちりん? あなたは聖父様なの?」
「まあ、ニセモノよりはホンモノに近い聖父かな」
「ウソばっかり! あなたみたいな礼儀しらずな聖父様がいてたまるもんですか!
聖堂があるっていうのもウソなんでしょう!?」
「じゃあ見せてやろうか。でも、タダってわけには……」
……ドゴォーーーーーーーーーーーーンッ!!
すると、行く先の道のほうから、爆炎が噴き上がった。
聖女たちは驚きのあまり、落雷にあったウサギのように、ピョンと飛び跳ねて立ち上がる。
見ると、森を切り開いた広場があって、人間の兵士とモンスター軍団が交戦していた。
男は座り込んだまま「どれどれ」と、手をひさしのようにして争いを眺める。
「お~、50対50くらいの戦いか、プチ戦争だな」
そのノンキな声とは対象的に、姫巫女ピュリアは使命感に満ちていた
鈴音のように凜とした声で、颯爽と言い放つ。
「大変です! わたくしたちも戦いのお手伝いにまいりましょう!」
「やれやれ、このお姫様はまるで、善意の狂犬だな。
少しでも困ってるヤツを見ると、誰彼かまわず噛みついていきやがる」
そう言う男は戦場を見つめながら、獲物を見つけたハイエナのように舌なめずりしていた。
3人の清らかな少女たちと、ひとりの汚いオッサンは広場へと駆けつける。
そこではモンスター軍団の爆炎魔法により、人間軍の兵士たちは死傷者が続出していた。
少女たちは手分けして、負傷者の治癒にあたろうとしたが、
「くっ、負傷者の数が多すぎる! わたしち3人じゃ、とても手に負えないわ!」
「ちりんちりんっ! ママも困っちゃう!
せめて聖堂があれば、強力なグループヒールが使えるうえに、亡くなった子たちも生き返らせることができるのにぃ!」
わたわたしているアーネストとママベル。
ピュリアは水のように透き通った声で、ふたりを落ち着かせようとする。
「でも、こんな山奥に聖堂があるはずもありません! わたくしたちだけで、できる限りのことをいたしましょう!」
そしてオッサンは眠たそうな声で、「さぁて、ひと仕事といくか」と伸びをしていた。
天まで伸ばした手を、ついでのように地平に向かってかざす。
その瞬間、まるで天地すらも我が物だといわんばかりの、大胆不敵な表情に豹変した。
「聖堂、オープンっ……!」
すると、目の前の地面から土煙が噴き上がる。
木々を揺らす地響きとともに、聖堂のマークが付いた白い石造りの建物がせりあがってきた。
……ずずんっ……!
その夢でしかあえりないような光景に、とうとうピュリアだけでなく、アーネストとママベルまで石化してしまう。
オッサンは振り返りながら、事もなげに言った。
「今日からここが、お前たちの小屋だ」
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